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勘違い、勘違い、そして勘違い

「済みません、お力になれずに」


「いや、いいのよ。本当に力にならないといけないのは私なんだから。ギルドと王国軍の衝突はできるだけ早く解決できるように頑張ってみるわね」


 ギルドでの聞き込みは滞りなく終了した。しかし、有力な情報は得られなかった。わかってはいたことだが、ギルドは自分たちは何もしていないのに王国軍のやつらがいちゃもんつけてきやがるんだ、という旨の主張ばかり。結局僕たちが聞きたかった問題の本筋は聞き出すことができなかった。


 あと、レベッカの嫌がらせを可愛いものだとか言ったと思うけど、それは間違っていた。結局ギルドでは三時間くらい話し合いをしたのだが、その間話の大筋はギルドの管理者が担当しており、レベッカはそのあいだずっと僕の隣で唾を吐きかけていた。


 もうどうやったら口が乾かずにそれだけの唾を吐けるのかというくらいの頻度で、しつこく三時間ぶっ通しで吐きかけられていた。


 もはや甘いつばを使った間接攻撃ではなく、耳の裏とか膝の裏とか、防具の関節部分の隙間とかそういうイヤラシい箇所ばかりに吐きかけてきた。


 重ねてすごいのが、モニカやほかのギルドメンバーに気づかれないようにやっているということだ。先頭に用いれば凄まじい戦果が期待できるであろう光の速さの動きで周りの視線が離れた瞬間に


 ッぺ、ッぺ、ッぺ――


 と、一心不乱に唾を吐くのだ。もうそこまでされれば僕はもうお手上げだ。幼子の遊び相手になるかのように全てをレベッカに任せてなるようになるのを待っていた。結果、話し合いが終わる頃には僕の体はレベッカのよだれ塗れになっており、腕を曲げれば関節のところでねちゃねちゃ音が鳴り、心底テンションとモチベーションが下がることとなった。


 一度どこかの国の書籍で、美しい女性に唾を吐きかけられる喜びというフェチズムについて語っているのを見かけたことがあるが、きっと著者は馬鹿なのだ。


 なんというか、他の言葉を使うまでもなく、馬鹿なのだ。


 もう二度と気軽にレベッカを軽んじる発言はしないように気をつけることを心に刻んだ


 そんなこんなで、僕はちょっとモニカに匂いや見た目を気味悪がられながら、次の場所を目指すことになっていた。


 次の場所は、王国軍だ。ロストリオンには鉄道を使っていくことになる。遅めの昼食を車内で食べながら数時間の電車旅だ。


「やっぱりこのお弁当にして良かったわね」


「そうだね、すごく美味しい!!」


 結構豪華な食事は久しぶりであり、そもそも戦闘能力が乏しいので魔獣の肉をあしらった食事などずいぶん前からしていなかったのだが、せっかくだからと今回注文したのはプラトー王国では見かけることのない猪型の魔獣肉が使われており、思った以上においしい。そんな食事を楽しみながら、話はギルドでの事情聴取へと向けられていく。


「結局表面上はギルドと王国軍の立場争いなのよね」


「まぁそれは想定の範囲内だけどね」


 車窓に広がる広大な草原を恨めしそうに見つめるモニカはギルドでの収穫の少なさに辟易しているようだった。


「僕たちの話し合いでもギルドについては表面上の問題以上に掘り下げることはなかったじゃん。現状ギルドは情報が少なすぎるから、しょうがないよ。問題は王国軍だよ」


「それもそうね。王国軍だけはギルドとの問題の他に、各村での問題っていう明らかにおかしな事件が上がっているものね」


「いくら王国軍だって、流石に王女の前ではそう簡単に嘘をつくことなんてできないはず。一体どんな理由で村の交易に口出ししているのか、楽しみだね」


 僕らの考えでは、どこかの外国とつながりを持っていて、その国への賄賂的な意味合いが強いのではないかという見解だったが、それもあくまで現状の条件で絞られる選択肢の一つだ。実際に話し合いに行くのと行かないのとでは天と地ほどの差がある。生の声はそれほどに大事なのだ。


 だからこそ、国民はみんな僕のことをしっかり罵るのだ。思うだけではなく、ちゃんと声に、文字にしてアウトプットする。その点においては、我が国民は非常に優秀なのだった。


 そんなことを考えているとき、ふと昨日のシェリルの話を思い出す。


「……実際二人になる機会はそんなにないしな。聞けるときに聞いておこう」


「え?」


「あ、いやさ。モニカって好きな人とかいるのかなって」


「ブヘアっつ!?」


 突如、モニカは食べていた触手のような形の植物を吐き出して混乱をあらわにする。咳き込むモニカの背中をなでつつ、落ち着くまで少し待つ。


「……ふぅ、びっくりした。突然なによ」


「いや、ごめん。そんなに驚くなんて思ってなくてさ、別に深い意味はなくて、ただなんとなくっていうか」


「…………ふぅん」


 モニカに意味ありげに腕を組み、目を細めながらこちらを見下ろしてきた。何がしたのかよくわからないが、腹は立つ。


「じゃあ聞くけど、あなたは好きな人、いるの?」


「え、僕?」


 なんでこう女っていうのは質問を質問で返してくるのか。僕が聞いているんだから僕の質問に答えろという話だ。


 そのとき、横の廊下を歩いていた婦人が僕を見るなり、


「うわっ、こんなところに勇者が、気持ち悪い!! あぁ、気持ち悪い!!」


 と言い残して小走りで去っていった。それを風切りに、怒涛の十五連気持ち悪い波状攻撃を浴び、いつのまにかモニカへの憤りもどこかに消えていた。


「……相変わらず、災難ね」


「お気になさらず」


 でも、好きな人と言われてもなかなか困る。たぶん、モニカの言う好きな人は愛的な意味で好きな人ということなんだろうけど、そうなるとめぼしい人はいない。だけど普通に好きな人ならたくさんいる。どっちで答えればいいのか。


 あぁ、聞いてしまえばいいのか。普段ならちょっとききにくい類の質問だけど、モニカと僕の仲なら大丈夫だろう。なんて軽いノリで聞いてみることにした。


「あのさ、モニカの言う好きな人っていうのは――」


 そのとき丁度うるさい子供たちが脇を叫びながら走っていき、僕の声はかき消されてしまっていた。子供たちが走り去ったのは、ほとんど僕の言葉が終わりかけていた時だった。


「――僕ってことになると思うんだ」


「ブへ二ヌァッ!?」


 またもモニカは聞き取ることが不可能な難解な言葉で感嘆し、触手を飛ばした。僕はただ《モニカの言う好きな人っていうのは、愛的な好き? それとも友達的な好き? その違いによって答え大きく変わるじゃん? 例えば、シェリルにその質問をすれば、友達的な好きの方が僕ってことになると思うんだ》と言っただけなんだけど。


「……ずいぶん、自信があるのね」


 ん、自信? どういうことだろう。あぁ、シェリルに友達的に好きと思われている自信っていうことか。まぁその点に関しては、コボルト村の人からも慕ってくれているって聞いているし、変に謙遜しなくてもって感じだしね。


「まぁ、変に謙遜してもね。なんとなく話は聞いているし、そうだといいなって思っただけだよ」


「フヒィニニャアァ!? そうだといいなって、そうだといいなって!?」


 膝をバンバン叩きながら興奮するモニカ。もはやその行動には収拾をつけられそうもないので放っておくことにする。


「それでモニカ、どっちなの?」


「……そのとおりよ」


「……え? ちょっとよく聞こえない――」


「普通に好きよ!! もう二回も三回も言わないんだからねっ!!」


 言ったそばから、モニカはぷいっと頬をふくらませてそっぽを向いてしまった。チラチラこっちを見ているけど、一応そっぽを向いてしまったということにしておこう。


 ……でもなんだかモニカは怒ってしまったようだ。あれ、ちょっと待てよ、そもそもモニカの返答ちょっとおかしくなかったか?


 愛的な好きか、友達的な好きか、どちらを答えればいいかを聞いたのに、普通に好きだ、と言われた。これは何かおかしいな……。


 ……あぁ、そうか。シェリルの話の続きだったのか。僕がシェリルに好かれている自信があるとかないとか、そういう話の方の返答だったのか。


 だとすると、色々混ざってよくわからなかった結果、モニカはシェリルに対する自分の気持ちを答えた感じになったのか。僕もちょっと聞き方が悪かったな。シェリルの話のあとに、それでどっちなの? なんて聞いちゃったから、モニカはシェリルの話の続きかと思ってしまったのであろう。申し訳ない。


……いや待てよ、これ僕の本来の目的をショートカットで完遂したんじゃないか?


 だって僕はモニカがシェリルをどう思っているのかを聞こうとアプローチをかけた。するとモニカはいつの間にかシェリルに対する自分の気持ちを言っていた。


 なんと!! 超ビンゴ!!


「僕スゲエええええ!?」


「今度は何っ!?」


「あ、ごめん」


 ちょっと取り乱したけど、これは我ながらファインプレー。普通に好きと言っていたから、友達的に好きってことだろう。すごいぞ僕、早速仕事をしてのけた。


 そうとなれば、善は急げ。報告してしまおう。確か国の主要都市をつなぐ列車にはボックスが用意されていたはずだ。早速シェリルに連絡してあげよう。きっと家にいるだろうし。


「ちょっと席外すね」


「う、うん。ごゆっくり」


 なんだかモニカの顔が赤いようだけど、女の子同士でも、友達的な好きを伝えるとなると、恥ずかしいものなのだろうか。


 そうだとすれば、ちょっとだけ申し訳ないことをしたな。


 でも、その分早速シェリルの役にたったぞ!! 報告報告!!


 僕はスキップなんかしながらボックスのもとへと向かった。


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