やっぱり勇者なんです
「なのなのなで決めたの」
「え?」
何言ってるんだこの女は。人がせっかく無礼を詫びたと思っていたら途端にふざけたことを言いおって。
「花占いみたいなやつ。『誰にしようかな、神様の言うとおり、なのなのな』っていうやつで選んでたら、たまたまヴァンに当たっちゃって」
「…………」
思った以上に酷かった。なんだそれは、もう怒る気力もなくなってきたぞ。もしかして最初からそうして俺から怒気を消すための策略だったのか?
「そんなんで決めた相手が部屋に来たっていうのに、なんで最初はあんなに落ち着いていたんだよ」
「忘れてたの」
「は?」
「だから私がヴァンを勇者にしたことを忘れてたの。最近忙しかったし無自覚に選んでたから。すっかりと……」
やっぱりバカだよ、この娘。よく王女になれたね、何が理由? バカっぽさで売っていく感じなの? だったらやっぱりこの国は末だわ。
「もういいや。なんかいろいろ言いたかったけど、言う気失せた」
この調子だと勇者剥奪も無理なんだろう。この重すぎる称号を背負ってこれから生きていかなきゃいけないと思うと、気が重い。
「あ……あのね、それだけじゃなくてね」
うん? まだ何か用があるのか。早く帰らせてくれ。なんだかすごく疲れたんだ。
王女様は、うつむきながらもじもじと手遊びしていた。うん、王女なんだからもっとクールに決められないものかな。そこそこ可愛いから許すけど。
「士官学校で仲良くしてくれたのヴァンだけだったし……それで、えっと、勇者と王女だったら位とか無視してお話できるかなって……」
この王女、途中からキャラ変わってないか? こんな女々しいひとだったっけ? 僕が知るモニカはこうもっと高圧的な感じだったような気がするんだけど……。
まぁいいか。とりあえず今は早く帰りたい。寝て全部忘れたい。
「……せめて、まともな会話ができるようになってくれ」
「う、うんッ…………って、え!?」
部屋をあとにして、長い廊下を突き進む。あぁ、本当に勇者になっちゃたんだなぁ。ってことは強制的に剣持って戦わされるんだろうなぁ。僕、剣士の職業レベル1ですよ? 何倒せるんですか。豆腐とかですか?
先のことを考えても、気に病むばかりだった。
■
翌日の朝も、民の罵詈雑言の嵐で目が覚めた。なんだか慣れてきたきがする。しねも言われ慣れれば、単語自体短いからか耳障りでもない。
「いやぁ、勇者になったはいいものの、何すれば良いのかわかんないな」
剣士御用達『ダンジョン』にだってほとんど行ったことないし、その数少ない経験も剣士仲間に連れて行かれたようなものだ。
「取り敢えず、何すれば良いか聞いてみるとするか」
なってしまったものは仕方がないので、取り敢えずできることをしてみることにする。それにモニカ王女、いや、モニカと話したとき、クラスで他愛もないことでそこそこ盛り上がっていたことを思い出した。王族だからか、なんなのかは分からないが、モニカは友達が少なかった。勿論僕も友達なんてほとんどいなかった。だから友達が少ない同士、案外仲は良かったのかもしれない。
そんな彼女と、また同級で話せるというのは、案外良いものかもしれない。そう少しだけ思った。
でもやっぱり勇者というのは気が重く、湾曲した猫背を引きずって罵声の飛び交う住宅街をのそのそと歩くのだった。