可愛さ
僕は今、王宮を出て直ぐの玄関口のようなところにいる。
目的は単純明快、祠へ行くためだ。
朝起きて、ご飯を食べながらパンドラをチェックし、その圧倒的なアクセス数に腰を抜かしつつ、その中に勇者への思いに変化が見られるコメントを探す。その方法はとても簡単で、特別に用意されたフィルターを使えばいい。それで、『しね』と書き込まれたコメントが全て隠れてしまうのだ。
今回の結果は、しね以外が書かれたコメント数は3。モニカ王女と、名無しの二人。モニカのコメントはまぁ置いておいて、しねと言わない人が増えたことは単純に嬉しかった。前は名無しが一人だったから、新しく僕への殺意が和らいだ人が一人増えたってことなんだと解釈して、勝手に喜ぶ。
内容は、一つは前回と同じまっさら白紙。多分、同一人物なんだろう。一応、これも嫌がらせと取れるけどしねって言われないだけまだ全然良い。寧ろ勝手に恥ずかしがっているのかなとか妄想できるからかえっていい感じ。
そして、もう一つ。これはちょっと特殊なコメントだった。
「いつか、絶対僕が魔通界の帝王になってやる。それまでその座はお前に任せる」
うん、多分たけしだろうね、これは。返そうか迷ったけど、とりあえずスルーしておいた。面倒事になるのはゴメンだからね。無視が一番。
そして朝の準備を終えた後、装備を整えて鬼の形相レベッカの吐き出す唾に戦々恐々としながら王国を後にしたのだ。
「レベッカはブレないなぁ。いつか本当に殺されそうで落ち着けやしない。本気出せば、あっさり殺せそうだからな、アイツ」
金髪美形の鬼女を思い返し、全身を悪寒が走る。たまらなくなって後ろを振り返るも、圧倒的な迫力で立ち誇るプラトー王国が見られるだけだった。朝日が眩しいというのに、気分は夜中の裏通りだった。
「同じクラスだった頃はもっと違う感じだったと思ったんだけどな」
急遽強制卒業させられた士官学校の頃を思い出し、頭をかく。その時は別にそんな嫌われてなかったと思う。僕が勇者になったのがそんなに嫌だったのかな。僕何かしたかな? そりゃあ、授業サボったりはしたけどさ、それだけでここまで嫌われるかな。モニカにはちょっと悪戯もしたけど、レベッカは完全にタイプな娘だったからそんなことできなかった。それどころか、まともに話せていたかどうかもよく分からない。
でも、これは裏を返せばほとんど接点がなかったって事だから、そこまで嫌われる事もないはずなんだけど。
「まぁいいや」
楽観的な僕、うん、嫌いじゃない。
しばらく歩いていると、道は石畳から緑へと変わっていく。視界は一気に開け、吹き抜ける風が心地よい。
「あれ?」
気持ちの良い風が吹き、いつも通りの緑溢れる大草原。そこを見慣れた生き物が元気に駆け回っている。しかし、その生き物は昨日まで祠で生活していたはずの、凶暴なモンスター。
「なんで大草原にコボルトが……?」
かなりの数のコボルトが、それこそ以前、まだ人懐っこいモンスターが大草原を生活拠点としていた頃の風景のように、追いかけっこをしていたり、日向ぼっこをしていたり、木陰で休憩していたりと、自由な振る舞いを見せていた。
凶暴だったその性格は、見るからに温厚になり以前のコボルトなど微塵も感じさせないものだった。
「どうなってるんだ?」
出てきた疑問はこんな陳腐なものだった。つい昨日まで、命をかけて戦っていた相手が、突然穏やかになって草原をかけているのだ。唖然とするのも普通というものだろう。中には僕の股を潜ったりなんかするやつもいる。状況が違えば、僕はそのコボルトに股間を噛みちぎられていたかもしれないし、逆に僕が経験点の糧としていたかもしれない。
コボルトの変貌ぶりとともに、祠近くの村も以前では考えられない賑わいを見せているようだった。補給地点としてこれから使っていく予定だったがアリスとの出会いによってそれも無くなったその村、名前をコボルト村と言った気がする。またド直球な。
「コボルトが大草原に戻ってきたことを喜んでいるのか? それにしたってすごい賑わいだ。祭りでもやってるのかな」
村の玄関口は、これでもかという程の人で埋め尽くされていた。最前列に立つ老人は、壇上に立ち何かを告げている。その老人とふと目が合う。ちょっと会釈くらいしておこうかなと頭を下げようとしたその時、その老人は壇上を降りてこちらに一直線に向かってきた。
「え、え、ちょ、え? なになになに!?」
「そこのお方、そこの旅のお方!!」
すごい形相でやってきた老人は、その体に鞭打つように草原を走って僕のもとまでやってきた。息を切らし、膝に手を付きながら呼吸を整える。
「……大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ、いえ、心配には及びません……オェ」
いや、これが心配に及ばなかったら何が及ぶの? めっちゃ吐きそうですよ、おじさん。あ、苦悶の表情になった。ちょっと風味が香ったのかな、逆流物の。
「私、コボルト村の村長なのですが……失礼ですが、あなたは王国から?」
村長と名乗る老人は、村長らしくない縮こまったような態度で聞いてきた。
「ええ、ちょっと祠に用がありまして」
「もしかして、王国の勇者様ですか?」
「えっ」
一瞬黙る僕、凍る空気、場が静寂に包まれる。嫌だよ、王国の外の村の村長さんにも酷く冷酷な言葉を浴びせられるのは。今の僕は少し気分がいいから一人くらいならなんとかなるけど、もしあのたくさんの村人までもが僕にしんでほしいと思っているのなら、もう僕はご期待に添ってあげる方針を取るよ。
「……えーと」
「違いましたか?」
「……いや、その通りです」
「やっぱり、そうでしたか!!」
あぁ、どうしてそんなに嬉々とした表情で僕を見つめるんだ。どうせ今から練りに練った究極の悪口なんかよりもよっぽど愚直で貫通力のある一言を吐き出すんだろう。そうして僕のろ紙程度の表皮を貫いて豆腐ハートを粉々にするんだ。くそ、せめて木綿の耐久度なら耐えられただろうにっ!!
「この度は、本当に有難うございました!!」
「――へ?」
僕の放った突飛な感嘆は、訳の分からない言葉となって口から飛び出た。同時に僕の豆腐がまだ綺麗な方形を描いていることに驚愕する。まさか、二段構えではあるまいな!?
「えーと、今なんと?」
「ですから、今回はありがとうございました、と」
こいつ、まさかの三段構えか!? どれだけ僕を上げて落としたいんだ。そんなことしなくてもチョップすれば僕の心は砕け散るというのに、コボルト村の住民怖い!! 助けて!!
「まさかまたコボルトたちがこの草原に帰ってきてくれるとは思ってもみませんでした。それもこれも、勇者様もおかげです」
「……僕のおかげ?」
「はい、さっき祠近くにいた麗しい女性から話を聞いたんですが、なんでもプラトー王国の勇者様がコボルトたちを草原に放ってくれたらしく」
え?
「コボルトたちが草原に帰ってきたのはその勇者様のおかげだと」
いやいやいや、何を仰る。
「……いや、僕は別に何もしていませんよ」
「あぁ、やっぱり。その女性が、勇者様は確実に自分を謙るので、逆にそれが今回の功労者こと勇者様の証ですと仰っておりました」
アリス、恐ろしい子!!
「え、えーと。その女性は他に何と?」
「はい、その方は村民が勇者様をどう思っているかを気にしておりましたが、恐れ多くも私どもの村は他の国との関わりも密接なために、王国に関する情報には少し疎いところがありまして、勇者様に関しても名だけは入ってきているものの人物像などは知り得ておりませんでして、お答えできなかったのです」
「そ、そうでしたか」
アリスはちゃっかし、僕の王国での扱いを汲んで事前調査をしてくれていた。勝手に人の功績をでっち上げてみたと思えば、僕の名声を気にしてくれたりとちょっと動向が不安定なアリスだが、この功績はおそらく彼女のものであり、さらに言えばもしこの村の人たちが僕のことを嫌っていてもそれはアリスが気にすることではなく、僕がどうにかすべき問題だ。アリスが僕の傍にいてくれるだけで、僕は充分満足なんだ。
「今は村のものが、帰ってきたコボルトと早く触れ合いたい、とちょっとした騒ぎになっておりまして。また今度、日を改めてご御礼申し上げます。その際にはぜひ村にお越し下さい。手厚い歓迎でおもてなしさせて頂きますので」
「それはご丁寧に、どうも」
あれがちょっとした騒ぎなら、大きな騒ぎにもなれば死人が出るなと余計なことを考えつつ、僕はいつの間にか適当に応答していた。
最後に律儀にも一礼した村長は、またも足早に村へと引き返していった。
ぎゃあぎゃあと蠢きながら大勢の人がおしくらまんじゅう状態と化しているにも関わらず、勝手に脇を抜けて外に飛び出る村人がいない辺り、ただの位置取りなんだろうな。お目当てのコボルトにいち早く駆け寄り、戯れる。そんな至高のひとときを誰よりも先に味わうために、彼らはそのスタートラインを巡って身を削っているんだ。なんだか格好良く聞こえるけど要は道具屋のセールで激闘するおばさん達のようなものなんだよな。そう達観すると途端に汗臭さと惨めさがにじみ出て来て妙な気分になる。とても良い気分とは言えない。
ようやく村までたどり着いた村長を見送って、再度止まっていた歩みを再開する。
少し歩いて見えてきた祠の入口には、既に一人の女性が立っているようだった。遠目でも分かるその凛々しさと可憐な佇まいは、まさしくアリスそのものだった。今日はワンピースに麦わら帽子という組み合わせで清楚な印象を受ける。
「ヴァンさん、こんにちは」
「もしかして、ずっとここで待っていたの?」
「はい、祠の奥で待っているのは失礼ですし、かと言って他に待つ場所もありませんでしたし、ここで待たせてもらっていました」
行儀よく、前の方で手を組んでにこやかに首をやや傾げたアリスは、そのしっかりと光を捉えた双眸で僕を見た。
「アリス、村の村長に嘘ついてたでしょ?」
「嘘ではないですよ」
彼女はきっぱりと言い切った。
「昨日私は祠を出ることになったが故に、コボルトたちに草原に帰るように言いました。最初は反発されましたけど、直ぐに聞き入れてもらえました。それもこれも、ヴァンさんが私の元へ来てくれて、私を人間にしてくれて、突き詰めればあの時ヴァンさんが私に本を読んでくれたからなんです。だからこれはヴァンさんのおかげと言って差し支えないんですよ」
「おうおう、屁理屈なら負けないぞ」
「えっと……迷惑でしたか?」
「え」
あぁ、狡いよなぁ。綺麗な女性の上目遣いとかどう対応すればいいんだよ。ましてや僕だよ? 普段から好き好んで僕と話す人はおらず、唯でさえコミュニケーションに難が出てき始めた僕だよ? そんな目で言われたら地べたでも舐めちゃうよ。
「もういいよ、でも取り様によっては嘘とも取られちゃうからね。その辺は気をつけなきゃ」
「すみません……」
「……」
うん、何か僕が悪いみたいな感じになっちゃったね。でもいいよ、こんな娘が悪いような状況よりかは、僕が悪い状況の方がはるかにマシだからね。それにこの娘は良かれとやってくれたことだし、それだけ僕も思われてるってことだから素直に嬉しいんだよ。でもさ、これをいざ王国でやられた時だよ。絶対王国民にボコボコにされるよね、僕。彼女が『いや、違うんです。私が悪いんです!!』とか言えば言うほど僕に回ってくるよね。あぁ、どうしよ。
「まぁいいや。アリス可愛いから許す」
「……?」
楽観的な僕再登場。イかすぜ!!
「あ、そういえば僕の嫌われ具合についても聞いてくれてたんだね。心配してくれてありがとね」
「いえいえ、コボルト村の人たちは知らないみたいでよかったですね!!
「ホントにね。でも王国に一歩入ったその瞬間から、とんでもないこと言われることになるからね。あ、そんなこと言われても言い返したり抗議したらダメだよ?」
「どうしてですか? ヴァンさんはこんなにもいい人なのに」
本当にアリスを王国に連れて行きたくなくなった。こんなにも綺麗で純白なイメージを持っている彼女を王国に連れて行くだなんて……酷すぎる。
「うーん。本当の僕は結構なクズだからね、王国の人はそんな奴が勇者になったのを良しとはしていないんだよ」
「そんな……クズだなんて。そんなことありませんよ!! 私が証人になりますっ!!」
ワンピースで包まれた大きな胸を両腕で挟むようにして、アリスは身を前屈む。ねぇ、ホントにこの娘ウチくるの? やっぱ死ぬって、僕。
「まぁまぁ、そこは僕と一緒に我慢して頂戴。僕は勇者としての行動で国民の評価を持ち直してみせるからさ」
「……分かりました。だけど、一つ気になっていて、なぜヴァンさんは勇者になったんですか? 自分からではなさそうですけど」
「それは……近いうちに話すことになると思うから、その時になったら話すよ」
そこまで話したところで、ちょっと強い風が草原を突き抜けた。草木が一斉に揺れ、アリスのワンピースが大きく歪む。と同時に、彼女が被っていた麦わらの帽子が風に乗って翻った。
少し先に落ちたその帽子を拾って、彼女に被せてあげる。
「――あ」
「じゃあそろそろ行こうか。ホントは行きたくなくて駄々こねたいくらいだけど、アリスを早く招待したい気持ちもあるし、何より待たせちゃてたしね」
心の中の僕は、それはもうカサカサと素早い動きで全国民を脅かすあの黒光りする獣の如きカサカサっぷりで四肢を藻掻き『このまま何処か異郷の地でアリスと暮らしたい!!』と気持ちの悪い挙動を披露しているが、それを実践したら間違いなくドン引きされ、品格を失い、彼女の夢をモンクの兜割りで叩き壊すことになりかねない。いや、なる。
さっさと踵を返して、自分の本心を必死で抑えながら悠然とした姿で王国にはいってやろう、そう決意し僕は重い一歩を踏み出して。
「…………」
不意にその前進が阻まれた。後ろから進むのを抑制されたのだ。その行為に直結していたのは、か弱く細々として繊細なアリスの指だった。
「ん? どうかした?」
「あの……手を――繋いでも良いですか?」
親指と人差し指だけで抓まれた僕の上着をじっと見つめながら徐々に赤面するアリス。湯気が出るかと思うほど紅潮し、しまいには『うぅ~~』と唸りながらどんどんと抓む力を強くしていく彼女に、僕は新鮮で良好な血液の巡りを感じた。全身を電撃が走り、素直なカルチャーショックが脳内を迸る。
ヤバイ可愛い!!!!! いやマジで、これなに? そういう小動物なんですか? それとも何かフェロモン的な何かを分泌しているんですか? なんで指二本で服抓まれただけでこんなに萌えるんですか? 落として上げられたからかな、レベッカの冷たい死の宣告からのこれだからかな? いやもうどうでもいいよそんなこと。とりあえず脳内でこの状況に整理をつけるためにデュアルコア的な何かで一気に処理するよ。あ、デュアルコアっていうのはこの前本で読んでかっこよかったから使ってみただけです。
まぁとりあえずさ、この可愛さは何かもう比喩で表現しきれないというかそもそもこんなにも可愛さ溢れるこの状況を言葉で説明すること自体間違っているというかこの全身を走る電撃は体験してみないと味わえないわけでじゃあ何が言いたいかというと結局のところ僕はほとんど女の子と話したことがなくて勇者になってからも女の子に話しかけられるようにはなったけどその内容が『しね』の二言以外皆無だっという事実の影響で僕の女性に対する免疫は非常に低下しておりその状況下においてこのアリスの行為は反則どころかもうお金を払ってもいいレベルと認可され僕は今ここで手持ちの全財産を――
「はぁぅぁあっ!?」
「!?」
なんだかいけない境地にブッ飛んでしまう寸でのどころでどうにか我に返ってきた僕は、開口一番奇怪な言葉でアリスを戸惑わせていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、問題ないよ」
お互いが落ち着きを取り戻したところで、アリスがまだ自分の指が僕の上着と接していることに気づく。
「あぁああぁっ!? ごめんなさい、いつまでも!!」
「……うん、反則だなこれは」
「え、えっと」
さっきまで僕の上着を抓んでいた手をもう片方の手で包み込むようにして胸に充てがう彼女。僕はその手を取って、彼女の指二本を僕の指二本と結ぶ。
「これなら恥ずかしくない……と思う」
「わわわわ、私はちょっと恥ずかしいですけど……頑張りますっ!!」
ぎこちないフォームで歩き出した僕たちは、コボルトたちの暖かなムードと、ちょっとニヤケた様な視線で祝福されながらゆっくりとその場を後にした。
前回評価下さった方、本当に有難うございました!!
とても励みになりました!! これからもよろしくお願いします!!




