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一日の始まり


 気持ちの良い朝一番、僕はボックスの前に座っていた。珍しく自然に起きたため、なんだかちょっと落ち着かない。

 しねって言われて起こされないと落ち着かなくなって来てるあたり、僕はそろそろヤバイのではないかと思う。


 しかしそれもこれも後々には全て改善されているはずなのだ。そのための塵を積もらせている真っ最中なんだから。


 昨日は、取り敢えず僕の掲示板を作って何ともないことを書き込んで床についた。


 この魔通掲示板がどれほど効果を持っているのか、それはひとえに今日の結果にかかっている。


 取り敢えず、どんなにしねと言われていようと、閲覧数とコメントさえあればいい。そうすれば僕の書き込みが国民に読まれているということなんだ。読まれない書き込みなんて悲しすぎる。


「……よし、意を決して」


 僕は高鳴る鼓動を必死で抑えながら、ボックスのボタンに触れた。魔力が供給されボックスの液晶に画面が表示される。


「…………」

 あれ、えっと……うん? おかしいなぁ、寝ぼけてるのかな。


 一度ボックスの電源を切り、再度起動する。ゆっくりとした速度で液晶に光が灯る。


「…………」

 いやいやいや。おかしいって、絶対。なにこれ、故障? 試作段階だとしてもこれは酷くないかい? だって――。


『僕の掲示板への書き込みが五桁超えなんだけど』。


 綺麗な模様で彩られた魔通掲示板。そこにはランキング形式で人気の高い掲示板が表示されている。これもモニカ王女の粋な計らいで『こうすれば人気に拍車がかかる』との事だった。でもこんなの、ランキングに乗らなきゃ意味ないじゃんと思っていたのだが。


 僕の掲示板は2位に10倍近い差をつけて1位に君臨していた。

 閲覧数:10819、コメント数:10616、:しおり数:10807。

 2位は王宮のレストランオーナーが綴る『絶品レシピ徹底解説!!』で閲覧数は1102。


 なんだこれは。見すぎだろ。書き込んでから7時間くらいだよ、何があったの? しかも夜中だよ? 場所も限られてるし。


 ボックスは試作段階のため置かれている場所が限られている。だからそうやすやすと使えないはずなのだが。


 深呼吸を繰り返しながらページを下げていくと、ある書き込みが目に入った。

 『教会に三千人押し寄せる。ギルドにも二千人、王宮にも千五百人。ボックスブーム到来か!?』


「…………」


 みんな暇すぎだろ。そして僕のこと好きすぎでしょ。

 いや、もう分かってるよ。どうせ書いてあるのはしねでしょ? そんなの周知の事実だよ。でもさ、この閲覧数はおかしいって。


 何か為になることを言ったわけでもなく、美少年が書き込んだわけでもなく、美しい文章でもない。


 ともすれば、これはもう愛なんだろう。ラブである、フォーリンなラブだ。


 そして、これだけ愛されている僕も、正直全く悪い気がしない。寧ろ非常に嬉しい。たとえしねでもこれはうれしい。


 もう英雄な気分だ。というか、もう英雄だろこれ。『しんでほしい英雄』だよ、立派な英雄じゃないか。


 試しに、専用に設けられたフィルター機能を使用してみる。『しね』の単語が入ったコメントを除外することができる。


「…………」


 コメント:4。


「……うぅぅ」

 

 なんだろう。この『4』という数字がなにか僕に語りかけてきている気がする、


「大丈夫、泣かないで。僕がそばにいるよ。これは4人を意味しているんじゃないよ、『4』という存在、そう、僕自信が君の味方なんだよ!!」

 ありがとう、『4』君。でもさ、それって結局マイナス3人だよね。じゃあいいや、君帰っていいよ。君一人より4人の方が断然嬉しい。

 

「……4か」

 

 あまりに悲惨な数字にさっきの喜びなんて後の祭りになってしまう。けれども、この4人が誰なのかはとても気になる。


 調べてみると、モニカ王女、防具屋のお爺さん、名無し、カリン、と名前が刻まれていた。しかしその内カリンさんのは、態々しとねの間にスペースを設けてフィルターに引っかからないような工夫が施されていた。愛が強い証拠だね!!


 モニカ王女は『お疲れさま!!』の一言。お爺さんは『ツケ返せ』。ツンデレお爺さんマジ可愛い。名無しさんは……何も書いていない。空コメントだった。


 しかしまぁ、この魔通掲示板は凄まじい効果が期待される事が分かった。まだ正規に実施していないため、これが王国全土で普及された時のことを考えると少し怖くなっても来る。さらに言えば、結局これだけのコメントもほぼしねの一言。よくよく考えてみれば、ちょっと目頭が熱くなってきた。


 ……やっぱり酷いや。だってこれ一分間に一回しねって言われても七日半言われ続ける計算だよ。もうわけわかんない。


 この仕打ちに耐えられるかは僕の心のレベルに懸かっているなと改めて思う。ちなみに今は無理。なんでさっきに嬉しいとか思ったんだろう、泣きたい。


 自分の掲示板から目をそらすように、他の掲示板を見ていくと、普及している場所が少ないためか、建てられている掲示板の数はそれほど多くなかった。僕のを含めて、その数11個。特に思うところなく、一番最下位の掲示板を覗いていてみる。


 その管理者に思わず吹き出す。

 なんとそいつは、自分の顔写真を掲示板に貼り付けひと目でわかるような仕様を施していた。


 『たけし』である。


「なんだこいつ!! このキメ顔、馬鹿じゃねぇの、ハハハハハッ!!」

 思わず笑い転げる。斜め上空を見上げて哀愁漂う表情を浮かべたその画像は、どうにも面白すぎた。


 しかし、面白いのはそれだけじゃなかった。


 閲覧数:3、コメント数:0、しおり数:1(管理者自身を含む)。

 いやいやいや、その括弧書き入れちゃダメでしょ。もうそれで全てを説明しちゃってるよ。このしおり数1絶対本人じゃん。

 多分閲覧も僕の1とたけしの2だよ絶対。


 そのまま下にいって、書き込みの内容を見てみる。そこにはこんなことが書いてあった。


 『あぁ、今日も月が輝いている。しかしながら、何故か少し見劣りしてしまうような気がするのは何故だろう……オォゥ、シットゥ!! 僕が輝きすぎていたからだ!! ごめんよ、ブライトムーン。でも君も充分美しいのさ。ただ、僕が美しすぎ――』


「ブッフゥゥっ!?」


 あまりの文章構成に腹が千切れるかと思った。たぶん僕は今酷く下品な笑い声と顔を晒しているだろう。でも構わない。

 だってこれから先生きていても、これ以上笑える出来事に出会える自信がないからだ。こいつアホだわ。いや、天才か。


 この文字数が間に合わず絶妙なところで途切れているのも高得点だが、それ以上にもう何が何やら分かったもんじゃない。

 ときより混ぜる異国言語がいい味を出し、アホみたいに過大評価した自己の記述がもう手に負えないレベル。

 こんな笑える文章、今まで数多の書物を蓄えてきたがこれに相当するものなど万に一つもない。


「…………あ、コメントが更新された」

 

 読んでいる最中に、コメントが追加されたようだった。嫌な予感がしたが、的中した場合、また笑い転げることになるから止めてほしい。もし、この文章を褒めまくっていたらそれは十中八九……


 『あなたの書き込み読みました。あなた様は素晴らしく美しいのですね。本当に月が見劣りしていしまいます。ちなみに、後半途切れているのは多分「美しすぎるだけなのさ!!」じゃないですか? 多分ですけど(多分というより80%くらい)』


 たけしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ!!


 自演が下手すぎるよ!! もう絶望的だよ!! 僕をどれだけ笑わせてくれれば気が済むんだ。ヒィ、ヒィ……助けて。


 すると、またコメントが更新される。今度は何が書き込まれたのかとお腹を抱えながら覗いてみると。


『しね』


「あ…………」


 これを見た瞬間、なんか言いすぎてしまったなというすごい罪悪感に襲われた。僕はこの言葉を彼の一万倍言われているわけだが何かこのしねは重みが違う気がする。多分こんな感じで言われれば、塞ぎ込むほどショックだ。


「…………」


 僕は今度たけしに会ったら、何か奢ってあげようかななんて思った。あいつにも十分言われているけど、僕は言われ慣れているしあっちは子供だ。フォローが必要だろう。


 ボックスをそっと閉じて、僕は今日のレベリングの準備をする。


 その最中も、魔通掲示板の利と害の二面性が頭の中をグルグルと周り、それからしばらく考えて、このボックスを『パンドラの匣』という呼び名で呼ぶことにしてみた。自分への戒めのため、そしていつもの癖で調子に乗ってしまわないようにするためだ。


 ■


 久しぶりの外出。大草原を歩いて王宮を目指すその道を彼女はこれでもかと噛み締めている。


 栗色の切り揃えられた髪は今日もきれいに整えられて、ゆらゆら風と戯れる。いつも作業着で包んだ細身の体は、涼しげなシャツにゆるく着飾ったカーディガンというとても女の子らしい格好で色付いている。


 彼女、村ではシェリルという名で呼ばれる少女は、村長のお使いで王国の教会へと向かっている。


 普通、教会へのお使いはもっと年配の人が責任をもって務めるのだが、何故か今回は彼女がその役を務めることになった。


「なんだか村の人たち、そわそわしてたな……こんな可愛いお洋服も用意してくれたし」


 この服は、今日突然村の人たちから貰った物だった。勿論、こんなもの貰えないと断った彼女だったが、いいからと結局押し切られてしまった。この服を買うお金で作業着幾つ買えるかな……と、いかにもな事を考えてしまうのを彼女は必死に食い止める。


「傷治しの薬草と、畑の肥料だよね。ちゃんと貰ってこないと」


 心ではそう言い聞かせるが、やはりどうにも気持ちが浮き足立ってしまう。楽しみで、期待で、希望で胸が高鳴り心躍るようだった。


 今にも飛び跳ねてしまいそうな両足を留めるのは中々に気持ち悪い。


「プラトー王国……一体どんなところなんだろう。ちょっとくらいなら寄り道してもいいかな……」


 そういえば、と彼女は王国には同年代の人達がいるんだなと思い出す。今まで同い年の子と遊べる状況になく、その行為自体ちょっとした都市伝説的なものを感じ始めていた。


 頻繁には会えなくても、一人くらい友達作りたいなぁなんて少女は思いを馳せる。そうするとまた胸のあたりがもぞもぞと騒ぎだそうとする。こんなにワクワクしているはいつ以来だろうかと彼女は真剣に考えてしまう。


 そうして考え込んでいる間に、今の大草原では珍しく対面からすれ違う人間がいることに彼女は気づかなかった。


 高価な防具に、繊細な作りの片手剣。これといった特徴もない剣士だが、王国からやってきているとなると話は別だ。


 そんな王国唯一となった剣士と何事もなかったかのようにすれ違うシェリル。


 今の彼女は心ここにあらず、といった様子でそれは剣士も同じだった。


 お互いがお互いを気にも留めないですれ違い、その二人の距離はどんどんと遠くなっていく。


「「さぁ、今日も頑張ろう」」


 二人は相手の声を自分の声で相殺し、決意新たに一日の幕切れを祝福した。

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