エミリの思いとリルへの手紙
エミリ目線と若干その後。
私、怖い顔の人苦手なんです。 初めてオルグラント様付きの侍女としてお城に来て、彼を見たときの衝撃といったら。まるで、野生のホッキョクグマに睨み付けられたみたいに、固まっちゃいました。でも、ホッキョクグマは白いですけど、オルグラント様は色々と黒いので、黒いホッキョクグマみたいです。デスクに座って、書類を ちょちょいと さばくホッキョクグマ…想像では可愛いのに、現実は凶悪です。私、怖い人苦手なのに…あ、ちなみに クマも苦手です。でも、白と黒のクマは好きなんですよー。可愛いですもんね。
それで私、怖くて怖くて 声も掛けられなくて、どうしよう、って困ってたんです。そしたら、赤い髪の綺麗な女の人が声を掛けてくれたんです。そうです!その人がなんと、アーキーさんなんですっ!アーキーさんは、困っている私に優しくしてくれて…地獄に女神様でした。
私、それからアーキーさんに たくさんお仕事を教えてもらって、どんどんアーキーさんと仲良くなれました。
あるとき、二人で休憩中に、アーキーさんが こんな事を言ったんです。
「私がエミリのこと名前で呼んでるんだから、エミリも私のことを リル、って呼んで?」
って。私、すっごく嬉しくて。その頃には もうリルさんのことが大好きでしたから、そう言ってくれたのが 涙が出るほど嬉しくて。
「ありがとうございます!リ、リルさ…はうっ?!」
初めて名前を呼ぶのが、ちょこっと恥ずかしくて。期待するように私を見るアーキーさんも すごく可愛くて、私は ちょっと噛みながら名前を呼びました。そうしたら、アーキーさんの名前を言い終わると同時くらいに、アーキーさんの後ろのドアが すっ と開いて、黒いホッキョクグマが私を睨み付けて来たんです!私、殺されるか食べられるのかなって思って、ブルブル震えました。
「エミリ?!どうしたの?こんなに震えて…!」
「う、後ろに、クマが…」
クマ?とアーキーさんは首を傾げたあと、くるり、と後ろを振り返りました。でも、そのときには もう、音も無くドアは閉められていました。
「何にもないみたいだけど…具合が悪いなら、お家で休んでもいいのよ?無理しないでね?」
心配そうに背中をさすってくれるアーキーさんは、本当に女神のようです。でも、黒いホッキョクグマが怖くて、仕事が辛いです…
何か困ったことがあったら、ジャックに相談します。ジャックは私の婚約者なんです。小さいときから そう決まっていたので、恋人同士のキャッキャッ、ウフフもなく、プロポーズも ありません。でも、私はジャックを好きだから、好きな人と結婚できるから幸せなんですよ!
今日も、ジャックのお家にお邪魔して、色々とお話を聞いてもらっていました。
「エミリ、ハンカチを貸してあげた騎士さんは、話しかけられたら走って逃げるんだよ。僕が新しいハンカチを買ってあげる。男に花を贈るって言われたら…そうだね、適当に笑って左手の薬指を見せてあげて。それが正式な返事の仕方だよ。それと、知らない男に着いていったら駄目だよ。そんな時は、鳥(連絡)を飛ばしてくれれば、すぐに駆け付けるから」
「はーい、了解です!」
ビシッ、と敬礼をする私を、ジャックは綺麗に笑いながら頭を撫でてくれました。ジャックは いつも私を助けてくれます。頼りになる自慢の婚約者ですよ!
「…でも、オルグラント様か。残念だけど、僕は彼には手を出せないからね…エミリを泣かせたのは許せないけど」
「駄目!オルグラント様に手を出したら、その手を真っ黒焦げにされちゃいますよ?動物園でも、注意してって言ってるもん。絶対に手を出さないでくださいって!危ないから、絶対に触っちゃ駄目です!」
私の必死のお願いが伝わったみたいで、ジャックは面白そうに笑ったあとに、そういう意味じゃないんだけどね、って笑ってました。
ジャックは時々難しいことを言うので、よくわからない時があります。ジャック、頭が良いんですよ。
「アーキーさん、だっけ?名前を呼べなくて今は悲しいかもしれないけど、近いうちに、きっと名前で呼べる日が来るよ。だから、今は名字で呼んだらいいと思う」
「本当?そうなったら嬉しいです!…でも、ジャックはどうして そんなことがわかるんですか?」
不思議に思う私に、ジャックはいたずらっぽく笑うと、
「だって、職場に同じ名字が二人なんて、ややこしいでしょ?」
と言いました。なんのことだか、わかりません。でも、ジャックがそう言うと、それが現実に なる気がするから不思議ですね。
こんな感じで、私は黒いホッキョクグマに怯えて、アーキーさんに助けられて、ジャックにお話を聞いてもらって、毎日を過ごしていました。そんな時です。
黒いホッキョクグマが、私に聞いてきたのです。
「女性は何をプレゼントされたら喜ぶのだ?」
ある日のこと。執務室の掃除をしていたら、どこからかオルグラント様が現れて、私に そんなことを聞いてきたんです。最近やっと怒ってない状態のオルグラント様とは、震えずにお話できるようになりました。黒いホッキョクグマは、まだ怖いんですけど…
「ええと…もしかして、アーキーさんにプレゼントですか?」
私にはオルグラント様と女性が結び着かなくて、オルグラント様の身近にいる女性、アーキーさんのことかなって軽い気持ちで聞いてみたんです。そうしたら、
「…君は質問に答えるだけで良いのだ」
ギラリ、と睨み付けられました!騙されました!一瞬で黒いホッキョクグマに なりました!
「あ、あああの、薔薇とか、すす素敵だと…」
体がブルブル震えて、声も同じくらいに震えちゃっています…怖いです!
「ふむ、薔薇か…色は?」
「ぴっ、ぴんくが、かかかわ可愛いでし…」
ピンクの薔薇は、ジャックが毎月私に贈ってくれる私の大好きな花です。いつも優しいキスと一緒にくれる一輪の薔薇は、私の宝物です。だから花と言われて、とっさに口から出ました。
ジャック、助けて下さい。もう私のライフはゼロです。怖くて怖くて、冷たい汗が止まりません。
「やはり花…ピンクの薔薇…うむ、助かった。褒美に これをやろう」
そう言うと、黒いホッキョクグマは私に何かを放り投げて、黒いもやを残し、消えてしまいました。
私は、ぽけっと立ったままでいました。怖かったからです。そうしたら、アーキーさんが来て、「また こんなに撒き散らして!」と怒りながら黒いもやを窓の外に箒で掃き出しました。全部掃き出したアーキーさんが、手にあめ玉を1つ持って、「これ落ちてたんだけど、エミリの?」と聞いてきました。でも私は知らないふりをしました。あんなに怖い思いをしたのに、そのご褒美があめ玉一個なんて、何だか悲しいです。
次の日、物陰からピンクの薔薇の花束を持ってそわそわとアーキーさんを覗き見ているオルグラント様を見つけました。私は見ないふりをしました。でも私は運が悪いみたいで、そんなオルグラント様を何度も見ました。見るたびに花束が くたびれていっているのに気付くと、花が可哀想になります…
その後、アーキーさんに無理矢理花束を押し付けて、落ち込んでいるオルグラント様を よく見かけました。
あれ?って思いました。恋愛小説を日々愛読する私は、すぐにビビっとひらめきました。オルグラント様は、アーキーさんが好きだったんですね!
でも、それがわかっても私には どうすることもできません。人の恋路に ちょっかいを出すと、馬に蹴られて死んじゃうって、ジャックが教えてくれました。私は愛するジャックのために、まだ死ねませんからね。アーキーさん、頑張ってください!私はアーキーさんを 見守り隊になりますよ!
そしてある日、私はジャックと一緒に宝石店にいました。ジャックの希望で婚約指輪をオーダーで作るんですけど、参考になるデザインがあれば、と見に来たんです。すると、なんとそこにオルグラント様が来たのです!私はジャックの手を引いて近くのショーケースに隠れて、こっそり店員さんとの会話に聞き耳を立てました。オルグラント様と宝石店が似合わなすぎて、強盗に来たのかとハラハラしたんです。
オルグラント様は熱心にアクセサリーを見たあと、何点か包んでもらっていました。良かった、ちゃんとお客様だったんですね!そして、今度は指輪のコーナーへ…えっ、そこは…そんな、ダメですよオルグラント様、そこは婚約指輪のコーナーです!
オルグラント様は、鬼のような顔で真剣にショーケースを端から端まで眺めていました。一時間経ったところで、ジャックに連れられてお店を出たので、それから後はわかりません。
帰りの馬車で、私はジャックに聞いてみました。
「オルグラント様、アーキーさんにプロポーズするんでしょうか?」
「そうなんじゃないかな?」
「…でも私、オルグラント様とアーキーさんがお付き合いをしていたなんて、知りませんでした」
「うーん…まだ恋人じゃないと思うよ(身辺調査ではオルグラント様の一方通行って上がっているからね)」
「えっ?恋人じゃないのに、プロポーズをするんですか?」
「………色んな人がいるから、色んなプロポーズもあるんだよ、エミリ」
「やっぱり、プロポーズというと、白馬に乗って“結婚してください”って言うんでしょうか。素敵です!乙女の理想ですね!」
「――エミリ、前と理想が変わったの?」
「えっ?なんのことですか?」
「…いや、いいんだ。(前に理想のプロポーズを聞いた時は、大好きな花とキスをくれることって言っていたんだけど…忘れていたから、反応がなかったのか。――白馬か、よし。早めに調達しよう)」
難しい顔をして、ジャックは手帳に何やらメモをとっています。いつでも仕事熱心なジャックは、本当に素敵です。
でも、せっかくプロポーズのお話になったのに、全然気のない素振りです。小さい頃から婚約が決まっていたからといって、私だって、プロポーズはして欲しいんです。ずっと待っているんですよ?ジャックのプロポーズを。今なんて、乙女として はしたないと思いながらも、急かすみたいに自分の理想まで語ってしまいました。
いけない、なんだか私らしくないですね。ちょっとマイナス思考になっちゃいました。
私のことはちょっと 置いておきまして、アーキーさんとオルグラント様のお話に戻ります。
アーキーさんが実家に帰っちゃった時は、本当に どうなるかと思いました…オルグラント様がお屋敷でお仕事をするので、私とアーキーさんはオルグラント様が戻るまで、お休みになりました。
なのに、お休みが始まってすぐにお城に呼び出されて、お城に行ったら凶悪な黒いホッキョクグマが、アーキーさんは侍女を辞めさせるって言うんです!
私は目の前が真っ暗になりました。アーキーさんという女神様がいなかったら、とても私にはオルグラント様のお世話は勤まりません。
だから私は あのとき、アーキーさんが来てくれるのを願って、お城の門で待ってたんです。
綺麗な純白のドレスを着たアーキーさんと、同じ純白に身を包んだオルグラント様。
周りの人たちには無理矢理に見えたかも知れません。でも、私には分かりました。指輪の交換の時、自分の指に光る指輪を見て、アーキーさんの目が潤んだのを、私は見逃しませんでしたよ?
幸せになってください。アーキーさん。私の女神様。
もう何通目のお手紙でしょうか?こないだ庭に咲いた薔薇が可愛かったので、押し花にして、封筒に入れておきました。よかったら栞に使ってください。
アーキーさん…じゃなくて、リルさん。なかなか慣れませんね。アーキーさんなんて呼んだら、オルグラント様に また睨まれてしまいます。怖いですよね。
でもオルグラント様は、リルさんと結婚してから 大分柔らかーくなったと評判ですよ!凶悪な顔は たまに出ますが、前よりも優しくなったって皆が言っています。
早くリルさんに会いたいです。式からずっとオルグラント様がリルさんを独り占めしているので、もう三ヶ月もリルさんに会ってないですよね。オルグラント様にリルさんの復帰を それとなく聞いてみたら、今は体力作りが仕事だって言っていました。もしかして、マラソン大会に出るんですか?それなら私、応援しますね!
そうそう、私も報告があるんです。なんと、私のところに白馬の王子様が来たんです!
凛々しい白馬にまたがるジャックは、とてもとてもかっこよくて、そんな彼が私の旦那様なんて、嘘みたいです。うふふ、そうなんです。ついに、ジャックがプロポーズをしてくれたんです!
式はまだ先ですけど、リルさん、来てくださいね!絶対ですよ!
…あらら、いっぱい書くことがあったので、長くなっちゃいました。私、ジャックに 要点をまとめて書いた方がいいよってよく言われるんです。でも仕方ないですよね。伝えたいことが たくさんあったんです。
それでは、リルさん。またお手紙書きますね。
あなたのお助け迷子笛のエミリより。




