17. 変化、到着、再開
♢
「何々? 『ネームドボス討伐の実績で昇格試験が受けられる』……つまりはC級になれるのか。通りでアイツが無理に挑む訳だ」
自室のパイプ椅子に腰かけ、スマートフォンの画面に映し出された攻略サイトの掲示板を見る。
学校の授業と放課後のスーパーでのバイトを終わらせ、夕食の準備や片付けといった一通りの家事を手早く済ませた、夜の九時半。
【簒奪大猿】を倒した後二人は森を抜けたところにある簡易宿舎でログアウトし、今夜もまたゲーム内で合流する約束を交わしていた。
「しかし、夜遅くにゲームなんて前までは考えもしなかったな。身体強くてよかった」
そろそろ待ち合わせの時間だと判断。
デスクの端に置いた最新型のVRヘッドギアへ手を伸ばそうとした──まさにその刹那。
静かな部屋に、カチャリと扉の開く音が響いた。
「お兄ちゃん。これ、保護者宛の手紙なんだけど──って、どうしたの?」
「Gが見えたと思ったがゴミだっただけだ」
瀬奈が部屋に入ってきた瞬間。目にも留まらぬ速度でVR機器をベッドの陰へと押し隠し、椅子から跳ね起きるように立ち上がる。
脅迫されてゲームをしているなど、家族には口が裂けても言えなかった。
「まぁ何でもいいけど。これだけ渡しておくね」
「おう。ありがとな」
「……お兄ちゃんさ。何かあった?」
「ん?」
妹特有のどこか揶揄うような小悪魔的な笑みを浮かべ、ジロジロと不躾に蓮司の顔を覗き込んでくる。
弟や他人にはしっかり者ではあるものの、蓮司に対しては素を見せる事もある。
「なんて言うか……ちょっと元気になったって言うか。昔のお兄ちゃんみたい」
「!」
「あ! もしかして、店長さんと何かあったり⁉︎」
「……なんで美琴さんが出てくるんだ?」
「ウッソ気づいてないの⁉︎ こりゃ罪な男だ全く」
「何でもいいが兄ちゃんもう寝るから、お前も夜更かししたらダメだぞ」
「あーちょっと! まだ尋問は──」
まだまだ居座る気だった瀬奈の背中をやんわりと部屋から押し出し、扉をきっちりと閉めた。
静けさを取り戻した六畳一間の部屋。蓮司は深々と一息をつく。
(むしろ肉体的には疲れてんだがなぁ)
自覚している現実の疲労感に苦笑しつつ、蓮司は再びベッドの陰からヘッドギアを取り出した。
♢
「ヤブキさ、ちょっと変わってきたよね」
「お前までそれを言うか」
「え?」
無事に合流を果たした二人は、始まりの街『スターティア』を後にし、第二の街である『ネクスリム』を目指して足を進めていた。
道中に湧き出るエリアモンスターたちを作業半分でなぎ払いながら進む。【簒奪大猿】を打ち倒した取得経験値も加味され、二人のレベルはすでに40の大台を超えていた。
「ゲームのこと、自分から調べてきてくれるなんて。楽しくなってきた感じ?」
「ずーっと他人におんぶにだっこは性に合わねぇってだけだ。クリアの為にもな」
「素直じゃないなぁ。まぁいいけど」
このゲームに足を踏み入れてから早三日目。
妹の瀬奈に指摘され、そして目の前の相棒にも同じことを言われ──ヤブキ自身自分の中にある確かな変化を自覚するには十分すぎる時間だった。
(まぁ実際……悪くねぇ)
激痛判定に伴う精神的な摩耗や疲労感すらも一瞬で吹き飛ばしてしまう、胸の奥底から湧き上がる確かな充足感。
「あ、見えてきたよ! あれが第二の街にして『技術の都』──『ネクスリム』さ」
クロードが足を止め、木々の合間から広がる景色を指し示した。
ヤブキの遥か眼下──重厚な石造りの外壁に囲まれた、巨大な都市の全貌が広がっていた。
街の至る所に聳え立つ巨大な煙突や歯車群からは、白い蒸気がモクモクと夜空へ向かって立ち上り、機械と魔導が融合した異国情緒あふれる幻想的な街並みを形作っている。
「まぁ……まずは武器屋だな」
「はいはい。もうこの際、好きなの作るがいいさ」
***
「これまた随分と集めてきたな。アンタまだD級なんだろ?」
「お褒めに預かり光栄だ。これで何が作れる?」
『ネクスリム』の街に足を踏み入れて早々、二人は煙と熱気の立ち込める鍛冶屋へと駆け込み、カウンターの上にこれまで集めてきたすべての素材をドサりとぶちまけた。
かつて始まりの街で【狼牙の手甲】を誂えた時とは比べものにならないほど、量も希少価値も跳ね上がった鉱石や魔物の素材群が、無造作に山をなしている。
「長剣……それと手甲を作ってもらいてぇ。そこにあるもんは何でも使ってもらってかまわねぇし、金ならこいつが払う」
「ここぞとばかりに欲出してきたね」
「依頼料で1500ゴルだ! 数時間後にまた来な!」
親方の豪快な笑い声と共に、威勢の良い槌の音が響く。
「とほほ……一文無しだ」
「金は計画的に使わないとな」
「誰が言ってんの⁉︎」
懐が完全に寂しくなったクロードの悲痛な溜息を背に受けながら、ヤブキは満足げに鍛冶屋の店先を辞した。そのままの足で、次なる目的地である『冒険者ギルド』へと向けて街道を進んでいく。
「せっかく街に来たし、まずは昇格試験受けよっか。ランクが上がるとその分いい依頼も受けられるしね」
「お互い金がねぇんだ。しばらくは金稼ぎに没頭するとしよう」
「……しばらく、ねぇ」
『スターティア』のものよりも一際大きく、古代の神殿を思わせる石造りの堅牢な冒険者ギルド。
目的の建物へと到着した二人だったが、隣で軽口を叩き合いながら歩くヤブキの鋭い視線は、周囲の人波への警戒を片時も怠っていなかった。完全に顔が割れてしまっている以上、立ち振る舞いには気をつけなくてはならない。
(よし、まだバレてねぇな。このまま人混みに紛れちまえば──)
また面倒な有名税や絡み事に巻き込まれる前にと。
足早にギルドの巨大な門をくぐり抜けようとした──まさに、その刹那。
「だからさぁ。やっぱりまだ『スターティア』にいるんじゃないの? 初めて数日でここくる初心者なんていないって」
「いーや! あの人の強さみたでしょ⁉︎ 絶対もうあの猿を倒してこの辺のどこかに──」
ギルドの重厚な扉を開けて正面から歩み出てくる、妙に見覚えのある男女の姿。
それぞれの手には杖と長い鞭。何やら深刻そうに言い争いながら歩いていた様子だったが──
「あ」
「あ?」
ふとこちらと視線が交錯した瞬間、男の方が弾かれたように目を見開いた。
「‼︎あーーーー‼︎ ヤブキさん‼︎ やっと見つけましたよ! あの後すぐどっか行っちゃうんだから! あ、侍の方もご一緒でしたか!」
「だからいきなりうるさい! 困ってるでしょ!」
賑やかなギルドの前庭に、甲高い大声が響き渡る。
その叫び声に反応した女の方もこちらへと素早く顔を向け、二人は距離を詰める。
「えっと……どなた?」
「……ショウゴ、エリナ」
「はい! その節はお世話になりました!」
急に距離を詰めてくる二人にポカンとするクロードを横目に、ヤブキは喉を鳴らした。
初日にテイマー専用の討伐依頼を手伝ってやった、野良の二人組。
思いがけない再会に喜びたい気持ちは山々だったが──次の瞬間、ヤブキの皮膚にツンと刺さるような異様な気配が押し寄せた。
前に立つ二人の肩を掴み、一言。
「場所を変えよう」
案の定、ショウゴの大声によって周囲を行き交う無数のプレイヤーたちの視線がヤブキへ集中し始めていた。




