作家
最終話です。やっぱり授業中クオリティです。
初めて僕の小説を読んだ時、怜亜先輩は確かに泣いていた。
「空君。君の書く小説は、君の創る物語は、まるで光の様よ。この世界を、きっと、君はたくさんの人に届けなくちゃいけないわ」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも幸せそうに笑って怜亜先輩は言った。
今だってそうだ。ずっと作家になりたかったのは、僕じゃ無くて怜亜先輩の方なのに。それなのに、怜亜先輩は本当に嬉しそうに笑う。
「どう、して、…ですか」
気付くと口から言葉が発せられていた。どうして?何で?何で、貴女は―――――…。
「意地悪な事っ、いっぱい言ったのにっ…」
「優しいところも、ちゃんと知っているわ」
「先輩の事っ、敬って無いのにっ…」
「空君は口で言うより、行動で示してくれているじゃない」
「…っ、作家にっ、なりたかったのはっ、怜亜先輩の方なのにっ…」
「…そうね。でも、空君もなりたかったでしょう?だって、小説を書いている時の空君は、本当に幸せそうだもの」
怜亜先輩の優しい声が、粉雪の様に僕の心に降り積もる。
僕が作家になりたかった?小説を書いている時の僕は、幸せそうだった?そんなの僕は知らない。けど、物語を書き終えた時の、あの何とも言えぬ安らかな、澄んだ気持ちが、それが真実である事を、蝶々の様にヒラリヒラリと舞い降りて来て告げる。
「…それに、いずれ私も作家になって、次々にヒット作を出すんだから。だから、ねえ、空君。君に何があったのかは知らないけれども、自分に嘘を、吐かないで?気付かないフリして、見捨てて行かないで?空君の事が分かるのは、空君だけなんだから」
怜亜先輩の力強い声が、僕を震えさせる。ああ、そうか。この人は僕の事を良く知ってるんだな。だから僕は、怜亜先輩の前では本音を出せるんだ。
「分かって、ますよ…」
微笑んで、言った―――――。
僕は中学の頃、酷いイジメに遭っていた。学校中の男子から。あれは、結局のところ、ただの妬みだったと思う。
僕は一時期、モデルの仕事をしていた。自分で言うのも何だけど、勉強は昔から出来た。問題を見ると、答えが頭に浮かぶのだ。今まで、必死になって勉強をした事は、一度も、無い。順位はいつも一という数字だった。
運動神経も、多分良い方。いくつかの賞を受賞した。バレンタインに貰ったチョコレートの数も、ファンの女の子の分も合わせると凄い事になった。
だから男子の方は、僕が気に入らなかったんだと思う。イジメに遭ったのはごく僅かな期間だった。けれど、内容が酷かった。今でも、ふとした事で思い出すと、吐き気がする。
だから僕は顔を隠した。人と接する事を極力避けていた。だけど、怜亜先輩に出会ってしまった。僕の外じゃ無くて、内を見て、それでも好きだと言ってくれる怜亜先輩に。
翌日、僕は眼鏡を掛けずに学校に登校した。
「ねえ、モデルのソラがウチの学校に来てるんだって!」
「え!?嘘、何で?」
「分かんないけど、ウチの制服着てたって友達が言ってた!」
「それって転校して来たって事!?」
廊下で、教室で、階段で、色とりどりの声が飛び交う。僕は教室の扉に手を掛け、一気に引き開けた。
「おはよう」
キャー、と、女子が黄色い声を出し、男子が口をぱっかり開けて棒立ちする。
「ななななな、何で、ソラが…?」
男子の一人が僕を指差し、言う。
「何でって、言われてもな…」
僕は困って頭を掻く。どうしよう?正直に言っても信じてくれなさそうだ。僕が考えあぐねていると、教室の扉からひょっこり、と怜亜先輩が顔を出した。
「いたいた、空君。緊急の連絡があるのよ」
ひょこひょこと僕の前まで歩いて来る。
「すみません。何ですか?」
「ええと、そう。お母さんから連絡が来たのよ、空君のお母さんから。それでね、やっぱり受賞の電話が、空君が居なかった時にきていて、すっかり言い忘れていたんですって」
「何で家の母親と怜亜先輩の仲、そんなに良いんですか!?」
「あら、取り次いで貰う時に、少しずつお話をして、少しずつ仲良くなったのよ」
「何ですか、それ!」
怜亜先輩と話していると、固まっていたクラスメイトの一人が僕を指差した。
「ま、まさかっ、茜沢、空…?」
「ああ、うん、そうだよ」
微笑んで即答すると、教室中に叫び声が響いた。
「伊達眼鏡掛けてたんだ。前に行ってた中学校でイジメに遭って、顔を隠してた。けどやっぱり、自分を隠すのはおかしい、って思って。だから、また、よろしくお願いします」
クラスメイト達に向かって、僕は頭を下げた。自分の気持ちに嘘を吐かずに、正直に。
「では、街の人にインタビューをしてみましょう。すみませーん」
置かれたテレビから、元気なアナウンサーの声が零れる。
「え?好きな作家ですか?…うーん」
声を掛けられた女性は、考え込むような仕草をしてから、直ぐに顔を上げた。
「茜沢空と、天翔怜亜ですね。言葉の使い方が綺麗で―――――」
『空君、私も作家になったのよ』
『そうですか、おめでとうございます』
『もうっ冷たいのね』
『そうじゃありませんよ』
『じゃあ何だって言うの?』
『だって』
―――――――――――――――信じてましたから。
これにて完結です。
ここにきて何を書いたら良いのか分からない罠。なんてこったい。
二人は作家としての道を歩み始めます。それは平坦な道では無いのでしょう。しかし、それは彼らが自分で選んだ嘘偽りの無い道なのです。だからきっと、最高の笑顔で物語を創り続けていけると思います。
最後に、少しでも面白いと思って下さった方が居れば、幸いです。




