小説
「ライトノベルも面白いし、文学作品も面白いわ」
怜亜先輩が目を細めて言う。
「文学作品はやっぱり流石、といった感じで、守られてきた面白さがあるし、ライトノベルは会話が可愛くて優しくて、さくさく読めてしまうの」
頬を紅潮させたまま、怜亜先輩は顔を上げて僕の方を見た。
「ライトノベルは邪道だ、何ていう人もいるけれど、私はそうは思わないわ。だって、その物語にはその物語の、一番の伝え方があるでしょう?」
怜亜先輩がそんな風に、文学作品とライトノベルについて熱く語っている間に、僕はただひたすらに、愛用のシャープペンを動かし、文字を刻み続けていた。
ルーズリーフが黒く染まっていく。
「ねえ、空君。『月と夜の物語』の続き、書けた?」
怜亜先輩が可愛らしく首を傾げて言った。
「五ページ程。怜亜先輩こそ、『夕日の空に沈む海』の続き書いたんですか?」
「ええ。短編だから、もう完結したわ」
文芸部に所属している僕と怜亜先輩の主な活動は、ルーズリーフに物語を綴ることだった。たまに小説大賞に応募したりもする。
「じゃあ、読ませて下さいよ」
「駄目よ。だって少しでも長く『月と夜の物語』を読みたいもの。私の小説を読んでいる間は、空君は小説を書くことが出来ないでしょう?」
「何ですか、そのとんでもなく自分中心な考え方は」
僕はため息を吐きながら言った。怜亜先輩は、「だって空君の書く小説好きなんだもの」とか何とか僕以外の男の人が見たら一目惚れしそうな綺麗な笑顔で言っている。
怜亜先輩が僕の小説を楽しみにしているように、僕だって怜亜先輩の小説を読むのを楽しみにしているのだ。―――――口が裂けても言わないけど。
「ねえ、空君。出来ている五ページ、先に読んでしまっても良い?」
まるで新品の玩具を前に手が出せない子供の様に、もし効果音を付けるとしたら、《ウズウズ》といった感じで怜亜先輩が僕に言う。
「どうぞ」
「わぁっ。ありがとう!」
大喜びする怜亜先輩を横目に見ながら、この人の精神年齢は幼稚園児並なんだろうな、と思った。
サラリ、と僅かに音を残して、最近僕が書いていた小説、『月と夜の物語』が終わった。
「怜亜先輩、終わりましたよ」
僕のリングファイルにはさんである小説うぃひたすらに集中して読んでいる怜亜先輩に声を掛けた。
「はーい」
顔を上げずに、怜亜先輩が言う。相変わらず凄い集中力だな、なんて思って眺めていると、いきなりバッと顔を上げた。
「空君、早くっ早く次のページをちょうだいっ」
右手を僕につきつけ、焦った様に怜亜先輩は言った。
「はい」
僕は急かされるまま、怜亜先輩の手の上に書き上げたばかりの数ページを乗せる。
「ありがとう!」
さっきまで「早く早く」と僕を急かしていた口が、にっこりと三日月形になり、直ぐにルーズリーフに綴られた言葉の集まりへと目を落とす。
「先輩、『夕日の空に沈む海』こっちに寄越して下さい。暇なんで」
僕が言うと、怜亜先輩はせかせかと自分のリングファイルを取り出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
渡された小説を、僕は読み始めた。
怜亜先輩が、口癖の様に言っている言葉がある。
「私は光の様な物語を書きたいの」
嬉しそうに顔を綻ばせて、道端に咲く美しい花の様に、ひっそりと笑う。
怜亜先輩は光の様な物語を書きたい、と言うが、僕は怜亜先輩は今と同じ様に、水の様な物語を書くのが合っていると思う。怜亜先輩が綴る言葉の羅列は、まるで清い水の様に、心の中にまで深く入り込み、したたかに奥の方を突く。清浄で花の様な良い香りが微かに鼻をかすめ、思わず心が躍ってしまうような優しさと安らかさがあるというのに、したたかに、したたかに、心を打つのだ。不意に突かれた心は、悶え、苦しみ、そして徐々に晴れていく。やがて読み終える頃には、妙に晴れ晴れとした気持ちになり、どうしようもない清さに体を沈められているのだ。
パタッ、と音を立てて、怜亜先輩のリングファイルを閉じた。
「お帰りなさい、空君。どうだったかしら?」
僕の正面の席に座っていた怜亜先輩が、僕に向かっていった。怜亜先輩は、小説を読み終えた時、必ず「お帰り」と言うのだ。物語の世界から帰って来た証、と言って、笑いながら。
「面白かった、です」
俯いて言うと、怜亜先輩は頬を桃色に染めて目を細め、そう、と言った。
「空君の小説も、面白かったわ。凄く。…光、みたいだった」
「怜亜先輩の小説は、水みたいでした」
僕が言うと、怜亜先輩はまた、そう、とだけ返してきた。
「ねえ、空君。小説大賞に応募しましょうか」
不意に、怜亜先輩が綺麗な笑顔でそう言った。
「別に良いですけど、何で急に?」
「今回のは結構自信作なのよ?もしかしたらひっかかるかも知れないわ」
「そうですか、頑張って下さい」
「何他人事みたいに言ってるの、空君。君も頑張るのよ!」
怜亜先輩に言われ、僕はしぶしぶ頷いた。
「分かりました。頑張ります。…面倒臭いけど」
「空君!」
「分かりましたって。ちゃんとやりますよ」
「よろしい」
腕を組んでうむうむと頷く怜亜先輩は、何だか少しハムスターみたいに見えた。
怜亜先輩も空君も可愛いです。自慢の子供達です!(笑)
親馬鹿な自分乙ですね。
皆さんにも好きになってもらえると嬉しいです。




