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終章・私達の号砲(1)

 馬車はガタゴト揺れながら進み続ける。幾重にも魔力の働きを阻害する呪印が施された護送車だ。中の囚人には魔素を吸収する装置までもが拘束具の上から取り付けられている。さらに外にはビーナスベリー工房の魔法使い達が十数名。史上ここまで厳重に扱われた罪人は他にいないだろう。

「どこまで連れて行く気です?」

「もうすぐわかる」

 護送車にはアイビーも乗っていた。この状況でならひょっとしたら殺せるかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎる。ほとんど不可能だとわかっていても、やっぱり諦めるのは難しい。

 だって自分のこれまでの人生は、生き延びることと彼女への復讐が目的だったのだから。

「あれは、二十年前だったわね」

「……」

「密かに魔素の研究を続けていた貴女達の存在に気が付き、私達は対処に向かった。けれども貴女と彼だけは取り逃がしてしまった」

「そうよ……」

 父と母が逃がしてくれたのだ。この女に捕まったら殺されると知っていて、あの最後の瞬間に“なんとしても生き延びろ”と願い、自らを犠牲にして脱出させてくれた。

 自分達の一族にとって“森妃(しんぴ)の魔女アイビー”の名は恐怖の象徴だった。魔素の研究を禁じ、研究者を不当に弾圧するこの幼子の姿をした悪魔のせいで、今までどれだけの数の先人が葬られてきたことか。

 ソコノ村を襲撃させたヒイラギは父の助手だった男だ。脱出後に一度はぐれてしまったものの、数年後、魔力の高さに目をつけた貴族に養子として引き取られ、名を変えて生き延びていた彼女を見つけ出し接触してきた。共に両親の仇を討とうと言って。

「ふっ……」

 自嘲の笑みを浮かべる。今になって思えば矛盾していた。両親の願いは生き延びることだったのに、こんな怪物に戦いを挑むなんて愚かしいにも程がある。結局今回も思惑通り踊らされ、この有様じゃないか。

 アイビーにもヒメツルにも関わらなければ良かった。そうすれば今頃はどこかの貴族の若者とでも結婚して、子供を作り、幸せに暮らしていたかもしれない。


 そういえば、あの妊婦のお腹の中の子は無事だったろうか……。


「髪や眉は薬を使って色を変えているの?」

「……ええ、そうです」

「たしかに生え際、だいぶ紅くなって来ているわね。もう少し待ってからの方が良かったかしら?」

 何が良いと言うんだろう? どうせ自分は死罪だ。誰も死刑囚の髪の色なんて気にしたりしない。

 メイジ大聖堂への放火のことも、教皇から許可を貰って動いていたことも洗いざらい話してしまった。あの短剣に、クチナシの一撃にやられた時から、これまで秘密にしていたことが馬鹿らしく思えるようになった。本当に“妄念”を断たれてしまったように、気が付いたら全てを聴取で語っていた。

 失脚したことにより、これまで暴徒の鎮圧や戦争への武力介入という名目で多くの命を奪ったことが改めて問題視されるだろう。ソコノ村とココノ村での凶行も当然罪に問われるはず。だからどのみち、自分にはもう明日なんて残されていない。この髪がかつてと同じ色になることは、おそらく二度と無い。

「着いたわ」

「そう」

 処刑場か、それとも死を待つまでの監獄か。どちらでもいい。小さく嘆息しながら立ち上がる。扉が開けられ、先にアイビーが飛び降りた。

 そして、振り返ってあどけなく笑う。

「さあ、ご対面よ」

「えっ?」

 ずっと暗い箱の中だったから外の眩しさに目が慣れない。ここはどこ? 刑場や監獄にしては緑の匂いが濃い。鳥の囀りが聴こえる。目の前に誰か立って──い、る。


「オトギリ……」

「ああっ、よかった……やっと会えた……!!」


 護送車から降りた彼女を、その二人は涙しながら強く抱き締めた。まだ顔は確かめられない。でも、その声と感触で理解する。

「どう、して……?」

 父と母だ。間違いない、死んだはずの自分の両親。

 随分歳を取ったけれど、それでもわかる。二十年経って薄れていた記憶が、この二人に名を呼ばれ触れられた途端、鮮やかに蘇ったから。

 アイビーが肩を怒らせる。

「あのね? 勝手に人を悪魔扱いしてたようだけれど、そもそも殺してなんかいないわよ。貴女達の一族が勝手に自爆した場合以外は、誰一人ね」


 彼女は真相を語った。四百年前から繰り返されてきた魔素の研究。それに携わった者達の誰一人として、事故で死んでしまった数名以外、手にかけてなどいなかったのだと。


「だ、だって、父さんも……母さんも……」

「すまなかったオトギリ。誤解だったんだ。父さん達も親からそう聞かされて育ったから、アイビー様に捕まれば殺されると思い込んでいた。でも実際は違ったんだ」

「みんな、ここへ連れて来られるだけだったのよ。魔法使いの森の聖域に。ここの木々は魔素を吸う力が強いから誰も魔素を悪用することはできないの。ここから外へ出ることは許されていないけど、殺されたりなんてしないのよ」


 その真実は、優しくもあり、残酷でもある。


「じゃ、じゃあ私は、今まで何のために……」

 醜く足掻き、傲慢に振る舞い、多くの命を手にかけて、それら全てが無意味だったと今さら教えられて、どう受け止めたらいい?

 戸惑う彼女の前でアイビーは笑みを消す。

「貴女の罪はけして許されない。数え切れないほど殺めてきた。その罪はしっかり贖ってもらう」

 けれど、と言葉を続ける。

「死んで終わりなんて、そんなの贖罪じゃないわ。生きて苦しんで、殺した分だけ誰かの助けになって、そうやって償っていきなさい。まずはここからそれを始めるのよ。あの子からの伝言も受け取って来た。頑張って、だそうよ」

「……」

 脳裏にヒメツルの顔が浮かぶ。あの女は、あんなに口が悪くて性格も最悪なのに、そのくせ平然と他人に優しくする。悪党が当たり前のように皆を守り、救ってしまう。

 どうしてだ? どうして、彼女やアイビーのような人間が存在できる?

「あんなやつ……大っ嫌い……」

 罪を被ったのだって、どうせ、本当は自分を庇ったからだ。そのくせ、そうじゃないと適当な理由をこじつけ、自身を納得させているに違いない。

 何が“最悪の魔女”だ、あんな偽悪者。

 本物の悪党には遠く及ばない。

 もう優しくしないで。

「嫌いなままで、いさせてよ……」

「ま、好きにするといいわ」

「オトギリ……」

 泣いている彼女を、両親は、再び強く抱き締める。

「一緒に償っていきましょう。お父さんもお母さんもついてるわ」

「これからは、ずっと一緒だ」

「う、うう……っ」

「それじゃあ、そろそろ行くわね」

 そう言って立ち去ろうとするアイビーを、オトギリは涙を拭って呼び止める。

「待って! ヒメツルに伝えて!」

「ふむ」

「この借りは、必ず返す。それと、ごめんなさいって……貴女にも」

「承った」

 アイビーは片手を上げ、それから苦笑を浮かべた。

「でもね、どうせなら“ごめんなさい”より“ありがとう”が聞きたかったわ。あの子もそう言うと思うわよ?」

「それは……まだ、気持ちの整理がつかないから」

「なら安心なさい。時間は十分残っているはずよ。きっとこの先、何年でも、何十年でもね」

 そして今度こそ、アイビーと彼女の部下達は去って行く。

 振り返れば、森の中に作られた集落には他にも見知った顔がいくつもあった。本当に皆、この場所で生きていたのだ。

 だったら自分も、ここから始めよう。

 この先の長い贖罪(つぐない)の日々を。

 両親と共に──

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