五章・竜と未来とただの剣士(3)
『私は三柱教の者だ! 数多くの男性を誑かし財産を巻き上げてきた詐欺師め、貴女のような人間に魔女を名乗られては善良な他の魔道士達が迷惑します! そればかりか自分を諫めようとした者達を痛めつけ、公衆の面前に全裸で吊るして辱めた罪、絶対に許しはしませんよ!』
『あら? その物言い、もしかして私に負けた方々の中に親しい方でもいました? それとも魅了の魔法でお財布にした連中の誰かでしょうか? プフーッ』
『くっ……噂で聞いていた通りの性格。反省の色も見えませんし、もういいです! この私が直々に捕らえてさしあげます!』
『うるっさいですね! それとさっきから貴女、私とキャラが被ってますわ!!』
『は!? どこがです!?』
『口調が丸被りじゃないですの!! こちとら必死に練習してようやく板について来たとこなんですから真似しないで下さる!?』
『真似じゃありません!! 私は元々こういう話し方です! 貴族なんですよ!?』
『へっへーん、貴族だかなんだか知りませんけど真似は真似ですぅー。ここらの界隈じゃ、お嬢様言葉は私専用と決まってるんですよ~だ』
『そ、そんな、誰がそんな決まりを!?』
『私に決まってるじゃないですの? 何を言ってるんですか貴女?』
『こちらのセリフです! 自分で決めたって、何の効力も無い勝手な自分ルールじゃないですか!! 貴女、法律や戒律というものをわかっているのですか!?』
『お馬~鹿さん。ルールなんて自分で決めるものですわ。他人が勝手に決めたことに縛られて何の意味がありますの? そんなこともわからないだなんて、プフフーッ!! 所詮は教会なんかの犬ですわね』
『こっ……この……!! 話になりません!!』
「……」
アイビー社長がじっと私を見つめてきます。視線が痛い。
前言撤回。やっぱり私にとっても恥ずかしい過去でした。
「これがスズちゃんの生みの親……なんていうか、思ったより子供っぽいというか」
「クソガキね」
「わ、若気の至りで……」
「?」
「でも、ま……」
再び映像を見つめるアイビー社長。オトギリの視点なので本人は映っていません。ですけれど声を聴く限り──
「この頃はまだ、オトギリも可愛らしいわね」
「そうですね……」
この後に何が起きたかを知っている私は複雑な気分。彼女が今のような人格に変貌してしまった原因は、やっぱりあの一件でしょうし。
映像は記憶の通りに歴史を辿ります。ついにかつての彼女と私が戦い始めました。双方ホウキを召喚しての空中戦。昔の私は驚いた表情。そう、びっくりしましたあの時は。
『私にここまでついて来られるなんて、貴女なかなかやりますわね』
『侮らないで下さい! 私の魔力は大陸最強とも言われているのです!』
『いや、それは私ですよ?』
『わからないでしょう! 実際確かめてみるまでは!』
『それもそうですね』
そして私達は何度もぶつかり合いました。お互いに魔力障壁を展開し、シブヤの上空で超高速の騎馬戦を行ったのです。
勝負は全くの互角。けれど長引けば長引くほどに差が出てきました。
『ハッ……ハァ……ハァ……ど、どうして……』
『もうそろそろやめにしません? 貴女の魔力障壁、どんどん弱くなってますわよ』
『そ、そんなはずがありません! どうしてこんな……何故こんな差が!? そもそも何で貴女は疲れていないのですか!?』
『なんでと言われましても』
魔力の強さとは量、出力の上限値、そして回復速度を総合的に見たものです。たしかに魔力量と出力なら彼女は私と互角でした。けれど回復速度はそうではなかった。
『私、どんなに魔法を使っても何故かあっという間に回復してしまいますの。だから実質的に魔力量は無限です』
『そんな人間、いるはずがないでしょう!?』
『現にいるじゃないですか、ここに』
「んっ……」
ナスベリさんが震えます。クチナシさんも、アイビー社長も、そして私も。
感覚が流れ込んで来たからです。この時オトギリの感じた“恐怖”が。彼女はこの瞬間、初めて私を“怪物”と認識したのです。
だから、自らも同じ“怪物”になることを選んだ。
『だったら、もう……』
『……? なんですの? 今、貴女から何かが──』
『だったらもう、これしかないでしょう!!』
『うぐッ!?』
映像の中の私が突然、見えない手によって首を掴まれます。そのまま締め上げられ頭の中は混乱の極み。そのせいで飛行制御が出来なくなり、夕暮れ時のシブヤの空を滅茶苦茶な軌道で飛び回りました。
『うあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!』
『ぐう、う……っ!?』
鬼気迫る表情のオトギリに締め上げられたまま、とうとうどこかの建物に墜落しました。屋根と床を突き破り、書庫らしき黴臭い部屋で本棚をいくつも薙ぎ倒してようやく止まります。
他に人影はありません。
『必要なんだ! 実績が! 信頼されるために!! 生き延びるために!! 父さんと母さんの願いを果たすために!!』
『な、なに……を……?』
『いいから死ね! 誰にも止められなかったお前を! あの“最悪の魔女”を倒せば誰も私を疑わない! 二度と傷付けられない! そうしたら、あいつに、アイビーに復讐することだって……!!』
『ふ、ふざけないで!!』
瞬間、私は高圧の魔力噴射で魔素の腕を弾き飛ばし、難を逃れました。別にそうなるとわかっていたわけではなく、怒り任せに放出したらそうなっただけです。
けれど、その行為が彼女のプライドをさらに深く傷付けた。
『防いだ……? この術を……どうやって? 皆が必死に研究してようやく操れるようになったのに。私達の四百年の努力を、お前みたいな奴が……なんで、そんな簡単に』
『げほっ……なんだかわかりませんが、とにかく簡単に殺されてやったりするもんですか。私は絶対、私の自由を脅かす者を許しません!』
『許さない? 許さないのはこっちだ……お前は今、私の父祖達の誇りを踏み躙ったんだ。偶然持って生まれただけの力で!!』
彼女の金色の瞳が怒りと憎悪によって赤く染まった──そう思った時です。
突然、書庫全体が炎上しました。何の前触れも無く突然に。
『えっ!?』
『あ……ああっ、そんな……ち、違う!! 私じゃない!!』
オトギリは酷くうろたえていました。あの時は私にも、果たして自分が無意識にやったことなのか、それとも彼女の仕業なのかわかりませんでしたが、今なら何が起きたか理解できます。
「魔素災害……」
「そうね、オトギリがヒメツルに対抗しようと集めた魔素。それが彼女の中の怒りを触媒にして最も近いイメージを再現した、その結果だわ。
おめでとうスズラン。メイジ大聖堂の放火は貴女の実母の仕業じゃなかった。真犯人はオトギリだったのよ」
「……はい」
言葉とは裏腹にアイビー社長の目は私を咎めています。この後どうなったかは、誰もが知る話。だから私の正体を知っている彼女は怒った。
『ちょっと!! 消火活動を手伝いなさいな!?』
『わ、わたし……わたしは、ちが……』
『何もできないなら、さっさと消えなさい! 酔いどれマダムの千鳥足!』
『!?』
私はうろたえるばかりだったオトギリを突風で外へ放り出し、その後、あまりに火勢が強すぎて消火は無理だと判断すると、出来る限り多く、大聖堂の中にいた人達を救出しました。時間が惜しかったので彼女と同じように手荒な方法で脱出させただけですが。
それでも全員は無理だった。半分以上の人々が逃げ遅れ、炎と煙に巻かれてあの建物と共に息絶えた。
だから私は歴史的建造物への放火と大量殺戮の罪を着せられた。オトギリが自分の犯行だと言わなかったため、現場に残っていた私が犯人だと思われたのです。