四章・魔素の真実(1)
まずはこれで! 私は速度を重視し、無詠唱で無数の小さな星くずを周囲に撒き散らしました。昔、赤ん坊の時に天井を星空に変えたあれです。
「ヒメツルッ!!」
全身血まみれ、何故か穴ぼこだらけのくせに敵は絶好調の様子。笑いながら見えない腕を伸ばしてきました。片方は頭上から。もう片方は下から大回りして背後に。
「見えてますわよ!!」
十分に引き付けてからホウキを操って素早く回避。
そしてすかさず反撃に転じます。
「ッ!!」
瞬間、彼女も気が付いたようです。私の放出した星くずがそのためのものだったことに。
そう、たとえ目に見えずとも、そこにたしかに存在しているなら可視化するのは簡単な話。煙なり霧なり、そして星くずなりを散布してやればいいのです。物質がそこを通過したなら必ず軌跡を残します。
この場合、無数の星くずの消されていく場所。そこが敵の攻撃の軌道。それさえ読めてしまえば対処は難しくありません!
「これでっ!」
飛行速度なら誰にも負けません。一瞬で距離を詰めた私は至近距離から全力の魔力弾を放ちました。やっぱりこれも速度重視です。とはいえ私の魔力弾は並の魔法使いの大魔法より強力ですよ!
けれど相手はニヤリと笑い、魔力障壁で私の魔力弾を左右に断ち割りました。
「えっ!?」
「出力に大差があるならともかく、その程度、私にとってはそよ風です!」
「くっ!?」
再び見えない腕が迫って来ました。やむなく一旦距離を取ろうとします。
ところが何かにぶつかり動きを止められました。
「あっ!?」
見えない腕の動きにばかり気を取られ、背後に展開された魔力障壁に気が付けなかったのです。
直後、湖面が盛り上がって襲いかかって来る大量の水。咄嗟に障壁を展開し、それごと水中に引きずり込まれました。
軋む障壁。いきなり凄まじい圧力。水面から僅かな距離なのにまるで深海。これも魔素によって引き起こしているのでしょう。アイビー社長から聞きました、魔素には水と結合しやすい性質があると。彼女はそれを利用して魔素を水に流し込み操っているのだと思います。
「く、うううううううっ!?」
『どうしました? その程度ですかヒメツル? その体たらくで、よくも“最悪”などと名乗れますね』
「くっ!」
水中なのにやけにはっきり伝わって来る声。これも水を操って振動を上手く伝播させているのでしょう。つまりそれだけ水の操作に習熟している。魔力の出力はほぼ互角。魔法使いとしての技量では明らかに向こうが上。やはり強い、とてつもなく!
必死に障壁を維持しながら打開策を考えます。そうしている間にも水圧はどんどん上昇していき浮上する余裕さえありません。敵はこのまま握り潰すつもりのようです。
──いや、それって?
私は重大なことに気が付きました。
(防げている、この攻撃は魔力障壁で防げていますわ! 見えない腕は貫通してくるのに、魔素と結合した水は魔力障壁で止められる。ただ水として認識するだけでいい!)
“実力を十分に発揮できない状況。そんな時に一番信頼できるのが最もシンプルで基本的な技術です。誰にでもできる当たり前のことを大切になさい。反復して身体に覚え込ませ、呼吸も同然に容易く行えるようになったそれだけは、いついかなる状況でも絶対あなたを裏切りません”
今度はロウバイ先生から言われたことを思い出しました。私の一番得意な魔法と言えば、この魔力障壁。ですが、最近はもう一つ努力し続けている技があります。
「これだ!!」
私はあえて障壁を薄皮一枚分に狭めました。余分な空気を同時に外へ逃がしてやります。これで呼吸に使える酸素は肺の中に吸い込んだ一息分だけ。窒息までの残り時間は数十秒しかありません。潜水名人じゃありませんもの。
でもそれで十分。障壁を小さくした分、ほんのわずかですが強度が上がりました。その差で稼げる一瞬があれば呪文は詠唱できます。
「我が周囲にて猛威を振るえ!」「獄炎の渦!!」
重奏魔法で巨大な炎の渦を生み出します。当然、一瞬にして大量の水が蒸発し大爆発が起こりました。水蒸気爆発というやつです。
その爆圧に乗る形で魔力障壁ごと一気に空へ飛び上がる私。そして湖を一望できる高度から眼下の巨大な湯気溜まりを見下ろし、敵の姿を探そうとして──背後から声をかけられます。
「小賢しいんですよ」
「貴女がね!」
そう来ることくらいお見通し。ちゃんと爆発を起こす前に一本だけ伸ばして結びつけておきましたよ、魔力の糸を!
下を見る動きはフェイント。敵の位置も狙いも最初からわかっていました。水中では私の魔力障壁を破るのは難しい。だから、こちらが酸欠を起こすか反撃に出るため浮上して来る時を待っていた。そうでしょう?
魔法使いにとって魔力障壁ほど頼れるものはありません。その強固な盾を素通りする矛を有しているなら使いたくなるのが当然です。貴女は絶対魔素を使った“見えない腕”でトドメを刺そうとして来る。そして、そのためには避けられない至近距離、なるべく背後から気取られないように攻撃するはず。
なら私は、それを逆手に取る!
「水球生成!!」
「なにっ!?」
振り返りざま私は巨大な水球を生み出しました。得意気な顔をしていた敵が一転、驚きの表情でその中に飲み込まれます。
そこでさらに、すかさず水球全体を魔力障壁で覆いました。あっという間に球形の水槽が完成。彼女はその障壁を必死の形相で叩き続ける。
『!! ッ!! ッ!?』
「何か言ってるようですが、すぐには出してあげませんよ」
魔素で操られた水を防御出来たということは、最大の強みである魔力障壁を素通りする特性は水と結合した時点で損なわれてしまうのでしょう。
そして、そこから再び魔素だけを分離させて攻撃して来なかったところを見ると、一旦結合した魔素は彼女にも容易に切り離せないことが推察できます。
なら答えは簡単。見えない腕の攻撃は水と魔力障壁とを組み合わせて防御してしまえばいい。そういうことです。
どういうわけか皆さん私を魔力だけのお馬鹿さんだと思いがちですが、これでも悪知恵は働く方なのですわ。伊達に魔法無しで聖騎士団を撃退していません。
「魔力はほぼ互角。技量は貴女の方が上。でも知恵比べでは私の勝ちですね。ソコノ村の皆さんにしたこと、しばらくそこで反省しなさい!」
これで通算二勝、ですわ!!