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「もう冬だな」
直樹は山の冷気を感じてつぶやいた。そろそろ間伐を終え伐採の時期に差し掛かってきた。静岡は温暖で雪が少ないため冬でも山仕事が多い。雪山が嫌いではないが仕事となると温暖さがありがたい。
この冬に伐採するであろう巨木に触れた。オデュッセウスのベッドの話を思い出す。――生えた木に作り付けか。
あまり想像ができなかった。チェーンソーを取り扱うので気を引き締めて間伐の残りに取り掛かることにした。
山の仕事は歩くこと一つ、道具の扱い一つに危険が伴う。怪我で済めばいいが命を落とすことだってある。そういった危険性や命について毎日意識し山にいると不思議な畏怖が生まれてくるものだ。
その日の仕事を終えると直樹は今日もよく生きたと実感する。そしてまた次の日、山と一体化するような錯覚をおこす。山の一部になったような気になり、それでいて山を育むものであり、また守られているような安堵感もある。
遠くから毎日同じに見える『山』でさまざまな感覚が押し寄せるのだった。
待ちに待った土曜日の夜がやってきた。久しぶりに心が躍りログインしてみる。緋紗はカタカタとIDとパスワードを打ち込んだ。
ローディング画面が流れ、『スカーレット』が登場する。スカーレットは自国の城の前に立っている。もうすでにログインしていた、いつものギルドメンバーが待っていた。五人でパーティを組み、自国の城からゲートで飛んで戦争ゾーンに突入する。
少しばかり遅れたのか、本流の流れは遠くの方だった。メンバーのリーダーである魔法使いのフラッシュがスカーレットに周囲の様子を見てきてほしいと頼んできた。
「いいよー」
気楽にスカーレットは承知する。彼女は盗賊という職業で姿を消して偵察することができ、ダントツに素早く行動ができる。隠密行動に適した職業だ。
「向こうの丘の木の下に三人座ってるよ」
敵に気づかれない位置からの様子を告げる。
「野良?」
「ここじゃギルド名までわかんないけどヒーラーで☆乙女☆って名前」
「それ『アンダーフロンティア』のメンツじゃない? 廃じゃん」
ヒーラーのピエロちゃんが怪訝そうに言う。
「あとは戦士ぽいのと魔法使いかなあ」
しばらくの沈黙ののち奇襲をかけることにした。作戦を練り、ヒーラーから落とし、次に魔法使い、戦士と狙っていくことにした。
ヒーラーのピエロちゃんが同じくヒーラーの☆乙女☆にヒットポイント・防御減少スキルを打って戦闘開始だ。
相手パーティがスキルを打たれて気づき、魔法使いの月姫が範囲の鈍足氷魔法を打ってくる。☆乙女☆に殴り掛かっている聖戦士の大河のスピードが落ちてしまい、連続で魔法を食らった。
重装備で物々しい獣人の狂戦士が大剣を振りかざして向かってくる。名前が見えた。ミストだった。
大河の回復に努め、止まってヒールをしていたピエロちゃんがミストの餌食になった。相手パーティの防御とプレイスキルの高さに四苦八苦する。ヒーラーの☆乙女☆が固すぎて魔法使いの月姫にターゲットを変える。
聖戦士の大河と盗賊のスカーレットで月姫に攻撃を与える。月姫の装備も相当硬いが、盗賊のダガーに耐性がなく崩れ落ちた。
一方、大河がミストの刃に打ち負け撃沈する。聖戦士と狂戦士の相性は全く悪いものだ。パーティに盾となる戦士が居なくなってしまった。
フラッシュが雷魔法で☆乙女☆の行動をマヒさせなんとか倒した。相手パーティはミストのみ残り、こちらの味方はまだ三人いる。
狂戦士のみとなり回復職もいないので、楽勝だと思った瞬間ミストは紫の怪しい光を放った。
「やべえ。バーサクかよ!」
ミストは敵味方関係なくクリティカルヒットを与えるスキルを発動させた。全身が薄ぼんやりと光ってパーティの中に轟音をまき散らし切りかかってきた。装備の薄いFDから倒される。
スカーレットも自分の一撃必殺のスキルを発動させた。ただし自分の防御を攻撃力に変えるので、防御力は薄い紙同然になる。ミストの懐に素早い動きで入り込む。
「よし、はいった!」
安堵もつかの間、わずかにダメージを与えきれない。
「――!」
ミストの大剣が振りかぶりスカーレットは倒れた。
残ったもう一人のヒーラーのタコヤキ乙は、スカーレットが倒されたのを確認して即座に町へ戻った。
「おつかれ。三人でも無理かー」
「もうちょいだったがな」
「『アンフロ』って廃だし課金だし装備全然ちがうよね」
「レッドでいけるかと思ったけどなあ」
「固すぎで痛すぎだったね」
「一撃で半分削られたぞ! なにあの大剣」
大手ギルドの強さに改めて戦意を失った。しかも戦争は敵種族国家が勝ちそうだ。
「どうする? 防衛」
「フルボッコにされたしもういいやー」
撃沈し気力も無くなったのでパーティは解散した。
スカーレットは両国間共通の貿易港にきて武器を修理した。
さっきのミストは大友だったのだろうかと、ぼんやりと港町をうろついていると画面の右下にメッセージのアイコンが点滅する。ギルドのメンバーならこの機能を使わない。開いてみる。ミストからだ。
「やあ」
「こんばんは」
「さっきはどうも」
「いえいえ」
なかなか核心に触れない。
「とっても強いですね硬くてびっくりしました」
「いえいえー最後の一撃でやばかったなあと思いました」
「えー」
余裕のくせにと思いながらも、メッセージのやり取りが面白くなりしばらくこのまま続けることにした。
「今どこですか?」
「港のヒューマン側宿屋の裏です」
ミストが瞬間移動で飛んできた。これは友達登録をしていないとできない。ミストがパーティチャットを申し込んできた。
「一週間ぶりだね」
「いつ友録したんですか?」
「ん? さっき」
「やっぱり余裕じゃないですかー」
戦闘中にほかの作業をすることなどスカーレットには考え付かなかった。
「ほとんど終わってからだよ」
「まさか『アンフロ』にいるとは思いませんでした。すごい廃プレイヤーじゃないですか」
「うーん今の仕事する前だったからたまたまね」
「スカーレットさんは『猫衆会』か長いよねそこも」
「レッドでいいですよ。みんなそう呼びます」
「そうなんだね」
ミストは立っているスカーレットの横で胡坐をかいている。頭からつま先までとげとげした黒い金属性の鎧で覆われていて隙間から見える顔は狼だ。大剣はミストの半分ぐらいの大きさで刃渡りは長く肉厚でギザギザののこぎりのような歯がついている。
一方スカーレットは軽そうな革製の鎧で顔はマスクをするようにターバンで覆われている。両手には小さいがよく切れそうな鋭い剣先のダガーを持っている。
ゲームを始めたころはこの獣人が恐かった。何年かで見慣れたとはいえ廃装備で固められた筋骨隆々の人狼は、間近で見ると圧迫感がすごい。
「盗賊だとは思わなかったな」
「その姿もちょっと想像できなかったですねえ」
この前、一緒に美術館でデートした人なんだろうかと緋紗は不思議な感覚だ。ミストはのそりと立ち上がった。スカーレットを覆いかぶさるくらいの大きさだった。
「ああ呼び出しだ。侵略するってさ。レッドは?」
「さっきフルボッコにされたのにそこまでマゾくないですよ」
「そっか。じゃあ、またね」
「またー」
ミストはすぐに飛んでいった。そしてスカーレットもログアウトした。
緋紗はため息を大きくついて目をつぶった。久しぶりに刺激的なゲームだった。
「面白かったなあー」
明日の戦争も大友は来るだろうか。これからこまめにログインしそうだなと、ウキウキしながらパソコンの電源も落とした。




