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次の日曜日、家でくつろいでいる緋紗のもとへ友人の倉田百合子がやってきた。
「あれ、百合ちゃんどうした?あがってよ」
緋紗は招き入れた。百合子は遠慮せずに入って適当なところへ座った。
百合子は陶芸センターの同期で今は窯元に就職しているが来春、寿退社して地元の兵庫に帰るのだった。のほほんとして童顔であどけない百合子に薄いピンクのカーディガンがよく似合っている。
「あんなあ。緋紗ちゃん。聞いたで。いい人できたんやってな」
「ええ? そういうんじゃ……」
達郎には適当に言っておいたが、百合子は信頼できる仲のいい友人なので本当のことを簡単に話した。
「なーんだ。ちょっとした知り合いやん」
「そうだよ? まあ、ちょっといい感じの人だけどさ。ああでも、一応みんなには何にも言わないで。聞かれても知らないふりしてよ」
「了解、了解。知らんふりしとくわ。備前は狭いからすぐ噂立つけどな」
「だよね」
「じゃあ帰るわ」
百合子は立ち上がった。
「あれ、もう帰るの? お昼でも一緒にしようよ」
「あかんねん。ダーリンと約束してんねん」
「はいはい。ごちそうさまー」
納得して百合子はさくっと帰って行った。――ダーリンか……。
まだ早いが昼ごはんにすることにした。今夜のゲームの事を考えているとお昼のサイレンが鳴った。
週末恒例の賑やかな夕飯が終わり、直樹は兄の颯介と軽く飲んでいた。今夜もまた緋紗のことを聞き出そうとする。
「おい。岡山どうだった。会いに行ったんだろ? 会えたのか?」
「うん。まあね」
この話題にはなるだろうなと覚悟しておいたが聞かれるとやはり鬱陶しい。――ほっといてくれない人だなあ。
「よく会ってもらえたよな。ラインどころかメール一つやり取りしてないんだろ」
変に感心しながら颯介は言った。確かに会えない可能性も高かった。
「今度は番号交換したよ」
「ほー。まだ続きそうだな。で、また岡山に行くのか?」
「いや、今のところ行く用事もないしね」
野次馬の颯介に同じオンラインゲームをプレイしていることは話さなかった。今夜も会えるだろうか。時計をチラッと見ていると「そろそろ帰ろうか」と義姉の早苗から声がかかった。
「あ、そうだな。じゃあな」
「ん。またね」
「なんか嬉しそうだな」
「そう?」
特に直樹はなにも意識していなかったが、颯介にそう言われてドキリとする。確かに戦争に間に合うと安堵したのは本当だった。
家の中が静かになった直樹はネットゲームにログインした。ここ何年かは習慣と惰性のようなログインだったが昨日の戦闘はなかなか楽しかった。ゲーム内であんなに多くの人がいるのに現実の知り合いは誰もプレイしていないことが当たり前だったので、緋紗の存在は新鮮だ。――盗賊か。
『スカーレット』の機敏な動きや接近戦に対する能動的な態度は、リアルの緋紗と揃っているように思えた。キャラクターの華奢なスタイルも緋紗にマッチしていた。
ゲームのキャラクターを作るときは自分にそっくりになるか全く逆になるパターンが多いが緋紗は前者らしい。
今となっては直樹自身、獣人の『ミスト』が自分が投影された分身として馴染んでいるが、当時は会社勤めに嫌気がさしストレスも感じていたので本来の自分ではないキャラクターを選択したように思う。
戦争ゾーンは広く、会えるとは限らないし参加してないかもしれない。――友録したから大丈夫か。
ローディング画面が流れ、やがて『ミスト』が登場する。
大手ギルドなので人数は結構多い。もうすでに戦争は始まっていてほとんど参加して戦っているようだ。ミストも少し遅れたが魔法使いの月姫パーティに入って戦闘に参加した。
「今日も勝ち戦っぽいね」
「もう決まりそう?」
「ミストさんくるの遅いよ~」
ヒーラーの☆乙女☆は待ちかねたように言った。
「ごめんごめん」
「侵略いく?」
「もちろんいくっしょ」
「俺パス」
ミストの不参加にみんな不満の声を上げる。
「えー」
「ちょいすることある」
「イン率上がったと思ったらこれだ」
「すまんね」
「あ、あそこヒューマンの群れ居るよ。突っ込むか」
敵種族のパーティが二つほど群れている。こっちのパーティと二倍ほど数が違うが戦力に差はあまりなかった。
ミストの所属するギルド『アンダーフロンティア』は、ほぼ社会人と大学生で構成されていた。時間を費やせる学生と、課金が容易な社会人ギルドは、今や最大手になっている。ミストが所属してから今までで半分くらいの人間が入れ代わり立ち代わりしたが月姫や☆乙女☆は所属当初からの付き合いで最古参だ。
「猫衆とパイレーツか」
ミストは敵を眺めたがスカーレットは見当たらない。
☆乙女☆のスキルを合図に戦闘が開始された。五対八の戦闘だ。それぞれのギルドのヒーラーを落としたのであとは全滅まで時間の問題だった。それでもメンバーが敵のパイレーツの魔法剣士に落とされる。
「後三人」
「大河痛いから落として」
「オッケー」
ミストは月姫の指示を受け、聖戦士の大河に戦いを挑む。職業的にタイマンのようだが相手にはヒーラーがいない。回復薬で粘っていたがやがて力尽きた。
随分とミストもヒットポイントを削られた。そしてあらかた戦闘が終わりぼんやりした瞬間、目の前に赤い光のエフェクトのダガーがZの文字を刻んだ。そしてミストの残り半分のヒットポイントゲージが一瞬で0になった。
「えー!」
「まじでー!」
「油断した」
潜んでいたスカーレットの一撃だ。しかもミストを倒すと同時にすぐにホームされて追撃できなかった。
「やられたなあー」
「こっち盗賊いなかったからね」
ちょうど戦争終了だ。
「じゃ、おつかれさま」
パーティが解散した後、ミストは港町にきてスカーレットにメッセージを送った。
「いる?」
「前と同じとこにいます」
昨日とと同じ場所にスカーレットは座っていた。パーティを組んでチャットをする。
「こんばんは」
「こんばんはです」
「さっきは痛かったよ」
「ふふっ。昨日のリベンジです」
「あの技かっこいいよね」
「ええ。あのZが決めたくて盗賊やってるようなものですね」
ミストはスカーレットの横に座った。するとそこへ月姫がミストめがけて飛んできた。そして全体チャットで話しかけてくる。
「やっほー何してるの?」
「何って野暮なこと聞かないでくれる?」
「敵種族とロミジュリごっことかさ。スカーレットさんこんばんは」
「こんばばんは」
「ミストは女ったらしだからねえ。スカーレットさん気をつけてねー」
「ネカマの言うことは気にしないでいいよ」
「ちょっとー! 全体チャットで言わないでよー」
「姫こそ」
月姫は白い兎で銀色のドレスに身を包み、手にはやはり銀製で月のモチーフで飾られたスタッフを持っている。ゲーム内で『○○姫』という名前のキャラクターは多いが、通称『姫』とはこの月姫をさす。
ただし中身は男だ。
「男の人なんですか?」
スカーレットは女性だとばかり思っていたの、驚いてミストに尋ねる。
「うん」
月姫が「もー!こそこそと。イン率あがったらデートかー」とあきれた様子を見せる。
「いいじゃん」
「いいけどね。また侵略もいくよー」
「わかったよ」
月姫は去って行った。賑やかだった月姫とミストのチャットを眺めて率直な感想を言う。
「なんか月姫さんのイメージ変わりますね」
「そう?最初っからあんなだよ」
「ヒューマン側からだとすっごい神秘的な女の人のイメージですからね」
「一応内緒にしてやって。ネカマ」
「了解です」
スカーレットは今更知ることに面白い気分になりながら、さっきの月姫の『ミストは女ったらし』との言葉が気になった。彼はネットゲーム内でこういうふうに女性と密接な遊び方をしているんだろうか。
確かにこのゲームがきっかけで会いに行ったり、付き合ったりする人たちも何人か見た。また実際に会うことはないが、ゲーム内で結婚するカップルもいる。
「ミストさんはモテそうですね」
「戦士はレベル高くなるとモテるよ」
「確かに」
高レベルになると確かに戦闘で重宝されるし、癒しを行うヒーラーは圧倒的に女性が多いので、彼が言うようにモテて当然だった。
「レッドのほうがモテるんじゃないの? リアル女ってことで」
「いやー、それがネカマだと思われやすくて……。攻撃職ですしねえ」
「そっか」
実際に会った時の大友より、ネット上だと気さくでもっと話しやすかった。
「今度、神殿がリニューアルされるみたいだね」
「ですね。神殿はいくんですか?」
「ここのところ行ってないな。時間帯が微妙なんだよね」
「ですよね。深夜なんですよねー」
「ひさちゃんも朝早いの?」
「ええ。あ、なんかここで本名言われたの初めて」
「うっかりした」
「ふふっ。緋紗でいいですよ。大友さん」
「ああ、スカーレットの緋なんだね」
「そうですそうです」
「じゃ、俺のこともリアルじゃ直樹でいいよ」
「そうですね。リアルで会ってキャラ名言うのって何か笑えちゃいますね」
「ははっ。でもオフ会行くとキャラ名で呼び合うけどね」
「へー。そうなんだ。行ったことないから知らなかった」
気が付くと結構話し込んでいた。
「あ、もう寝なきゃ」
「そうだね」
「じゃあまた」
「お疲れ様」
ふわっとあくびをしながら緋紗はゲームとパソコンの電源を落とした。
「直樹さんか……」
うーんと伸びをして楽しかったと布団に潜り込んだ。




