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青剣掲揚!……と店の常連





【10月 光の1の日】



 朝である。

昨日は魔力枯渇レベルの大魔法を使用し、昏倒、そのまま朝まで寝ていたブラッドは、ひと月前まで日課としてランニングをしていたその時間に目が覚める。

それは、一昨日まで行われていた訓練にも遅れる時間であり、いつもより若干、過分に寝たわけである。

 もちろん、戦闘を行い、魔力枯渇したわけでは無い。

昨日、【赤馬の鬣亭】で購入した剣に軽量化の魔法を付与したのだ。

余剰魔力を全て効果時間に割り当てたため、おそらく3ヶ月は持つはずだと、ブラッドは考えている。

3ヶ月以内に軽量化をかけ直し続ければ魔道具と同義である。

長い行軍の途中、昏倒しても良い日が数日あるだろう。


 その軽量化の魔法により、硬く、折れず、軽い剣となった。

柄の部分まで入れても1mに満たないショートソード。これがこれからブラッドの愛剣となる。

直刀だが片刃、アダマンタイト製のため、刀身は瑠璃色に輝いている。

購入時には20キロ近くあったその重量は、今、700グラムほどに軽量化されている。

もちろん羽のように軽くすることも出来るのであるが、あまり軽すぎると振っている感覚が掴めなくなってしまうらしい。


 数か月後、重ねがけした軽量化の魔法でその剣は羽のように軽くなってしまうのだが、それはまたその時のお話。



 ※※※



 この世界には八百万の神がいる。

その中には、飛びぬけた特色を持つ神も何柱か存在する。

闇の神と結の神と言われている2柱もそんな神だ。

この2柱に共通するのは、両柱とも魔力では無く、血肉を供することで魔法を発現させるという点だ。


 闇の神の手続式には方言的な要素はあるものの、他柱と特筆するほどの差異は無い。

どちらかというと好んで使う種族の特異性の方が勝っているかもしれない。


 いっぽう結の神の特殊性は血肉による魔法発現もそうなのだが、その手続式の少なさだ。

結の神の手続式は2つしか発見されていない。

他の神にはないその手続式から【結の神】と呼ばれるようになったのだが、その手続式とは以下の2つである。

「物と人とを結びつける」

 その手続式を発現させることにより、術者と対象である無機物の間に繋がりを作る。

 その繋がりにより、術者が対象物を思い浮かべた時、対象物がある場所のおおまかな方向が分かる。というものだ。


「その結びつきを解除する」

 術者と、対象物との繋がりを解除する。

 この魔法を発現させるか、術者が死ぬ、もしくは対象物自体が破壊されるまで繋がりは解除されない。


 なにに役立つかというと盗難時に役立つ。

繋がりは1つしか作れないため、その対象物の正当な持ち主以外は繋がりを持てない。

術者と対象物間に繋がりがあるか否かは簡単なテストでわかるため、正当な持ち主であることの証明ができるのだ。

血を使い発現させることから、繋がりを持たせることを【血着】と言い、既に繋がりを持っている物の事を【血付き】と言う。

【血付き】の武具などは、中古屋などに並んでいても極端に値が安いことがある。


 武器屋や防具屋、宝飾店や道具屋などには、この結の神の魔法符が大量にストックしているのが常である。

買い取り時には血着できるか確認しなければいけないし、売却時には客との血着を行う。


 もちろんブラッドの剣も、鎧もブラッドと血着済である。

そうでなければ、金貨数枚もするような武具を持って戦場には赴けない。

まぁ殺して奪い取るという事も出来るので、血付きであれば完全に安全というわけでは無いのだが。



 ※※※



 名前でも付けようかな……

俺の剣……で姿形を思い浮かべるのももちろんできるけれども、名前を付けていればその名前に紐づいて位置特定が発動する。

どんな名前がいいかな……

青いアダマンタイトだから、青タイト、無いわな。無いわ。

この美しさを名前に表せる才能が、俺にはないな。


センスがある人……、母さん?無いな。この歳で母親にこんな頼みごとはちょっとできないな。

んー……ローディア兄さん!……いないしな。

あー、マスターか。店の内装、および紅茶の選定のセンスはある。

それが名付けにも……ないだろうな。

自分の名前を店名にするような人だ。


 ん。……ちょっと待てよ。剣に名前付けて呼んでるなんて恥ずかしくないか?

本当に友達いないみたいじゃないか。いないけど。

いや……でも付けてる人いるしな。昔話に出てくる英雄は概して名前付きの剣を持ってるし。

そこは気にしなくていいか。


 んーアダマンタイト、人だったらアディーとかアダムとかか。

なんか伝説の剣の名前とか……神様の名前とか……あーゼピュロスとか?

ゼピュロスって今さらだけどちょっと発音しずらいよね。


 あれだな。

魔剣で、剣から稲妻が飛び出すとかなら、

「煌めけほにゃらら!」とか、「貫けほにゃらら!」とか言ってもいいけど、この剣なんの攻撃効果も無いからな。

心の中で呼ぶだけならいいか。

……よし、この剣の名前は、ラズリだ。

確か青みたいな色の事を神代語でそういったはず。

たぶん。

お、なんか名前付けたらなんか愛着わいてきたな。


 近くにあった簡単な腰掛に片足をかけ、剣を掲げる。

「ラズリ!」


 うん。

やっぱり名前があると、更に……

「失礼します、なにかございましたか……」

ガチャ


 急に声が聞こえたため自分が呼ばれたのかとメイドが扉を開けブラッド入ってくる。

部屋の中央で剣を掲げ、なにやらポーズをとっているブラッドとメイドの目が合う。


「失礼しました」

振り返らずそのまま後ろ向きに退室し、扉を閉めるメイド。


 赤面しベッドに倒れ込むブラッド。


 うぁぁぁぁぁぁぁぁ


 ブラッドは未だ10代ではあるが、成人して3年も経っている、周りからすれば分別があって良い歳である。

それが市井の子供の勇者ごっこよろしく、剣を掲げ、その名を呼んでいるのだから、赤面するのも当然である。



 ※※※



 でもメリーで良かった。

若いメイド等に見られなかっただけマシかと気分をとり直し、ブラッドは家を出ることにした。

もちろん、街中で帯剣などする必要は無いので、部屋に置いていく。


 今日は、マスターと、アセプト、あと……

何人かの顔を浮かべ、それぞれに挨拶をしに行くことにしたブラッド。



 開店直後ではない、かといってお昼というにはまだ早い、そんな時間に【キャスト】にたどりつく。


 カランコロンと小気味の良い音を立てその扉を開くと、いつもとは違い、何人かが軽食を食べている風景が目に飛び込んでくる。

「いらっしゃい、おう、ブラッド。珍しい時間に来たな」

カウンターの奥からマスターが声をかける。

「やぁ、マスター。ひさしぶり」


 強面のキャストフィールドが破顔し、ブラッドを迎える。

ブラッドはカウンターまで歩み寄り、空いている席に腰を下ろす。

「おう。そういや、明日はいよいよ出立だな。……いつものでいいかい?」

マスターがそうブラッドに問いかける。

「えぇ、紅茶でお願いします」


 町の人間は誰しも知っている、明日が討伐隊の出発の日であることを。

そして今、この店にいる幾人かも恐らく討伐隊の一員なのである。


 見知った顔は……無い。

いや、あるか?ん?知ってる顔か?


 ブラッドは店内を見回す。

常連としてこの店の客の顔を思い出す。

討伐隊として、仲間の顔を思い出す。

が、一致する顔は無い。

よく考えれば、開店と同時に入店し、他の客の来店と同時に退店するような常連である。常連同士で会話した記憶は無い。

また、隊毎の訓練しかしていないため、他の隊の隊員など、覚えている訳も無い。

よって、感慨深く贔屓の店の店内を見回したブラッドの目には、よく知らない客たちが寛いでいる姿が映っていた。


 あぁ、俺の友人の少なさというのは、こういう所なんだろうな。

1つのところで複数人と仲良くなることがあんまりない。

そして3人以上の人と話す際はちょっと静かになってしまう。

複数人と仲良くなる時は、とても希薄な関係になることが多い。


 自分の交友関係を反芻していたところにマスターがやってくる。


「あいよ。いつもの」


 マスターがブラッドの前に紅茶を置いた。


「ありがとう。これでしばらくこの紅茶ともお別れだな」


と言って飲みかけながら、カップから感じるその熱気に一度カップを離し、その香りを楽しむ。


「少し、葉でも分けてやろうか?」

「いや、その葉はうちにもあるし、淹れ方もマスターの所作を覚えてやってみた。ポットもカップも似たようなものを使ってみた。がしかし、ここの味にはならない。のでいらない」

「そう……か。なんかごめんな」

「なんだろうね。どうやったらこの味になるのかな?店の匂いと混ざるから?……はっ!もしかしてサンドイッチの匂いが重要なのか?」

「ないない。どんな紅茶だよ」

いつものように軽口をたたき、やっとブラッドは紅茶のカップに口を付ける。


 うん。やっぱり美味しいんだよな……


「注文だ」

テーブル席のほうから声がかかり、マスターは、コツコツと音を立てながら客の対応をしに行ってしまう。


 そういやマスターはなんで脚ないんだっけな?

聞いたっけ?聞いたな。

討伐依頼だったか……確か海でと言っていたような……



 ※※※



 この大陸の周りにはいくつかの小島があり、南方には未踏の大陸がある。

なぜ未踏なのかというと、その大陸は氷雪に覆われており、常に荒れ狂う嵐の中にあるためである。

過去に何度か捜索隊が出されたが、いずれも上陸し、調査することは敵わなかった。

遠浅の海岸のため大きな船は着岸できず、荒れ狂う嵐の中を小舟で着岸するしかない。

が、着岸しても、そこには断崖絶壁の氷壁が待ち構えている。

暴風の中、魔法符は使えず、己が身を持って氷壁を登らなければならない。

その氷壁を登り切れた者は確かに存在するが、登りきった先で何かを見つけ、帰ってきたものは今までいない。

氷壁登頂後、即帰還した者が言うには「果てしなく純白の大地が続いているだけ」であるらしい。

そんな大陸である。


 神が眠るとされ、かつては数多くの冒険者がトレジャーハントに向かったらしいが、財宝を手に入れ富を築いたという話はやはり伝わっていない。

近年は、挑戦しようという者も稀であり、冒険者ギルドで大陸上陸に向かうと宣言しようものならギルド職員が全力で止めにかかるらしい。

国を挙げての調査隊も王国ではここ十数年行われていない。


 いっぽう、南方以外の航路はというと、そのいずれもが荒れ狂う海と巨大強大な海の生物によって閉ざされている。

南方以外にも新大陸があるなどという者もいるが、その新大陸を見つけて帰って来たものは誰もいない。

キャストフィールドが両足を失ったのは、南方大陸への挑戦では無く、新大陸の発見が目的の旅中であった。

その航路中に、巨大な烏賊に襲われ難破。運よく人の住んでいる小島に流れ着いた。

それはひとつの冒険譚でも作れそうな話であったのだが、その話はまたいずれ。


 ちなみにブラッドは巨大烏賊の討伐依頼中の事故だと思っているのだが、その誤解の訂正機会はまだ訪れていないようだ。



 ※※※



「ありがとう。じゃぁ行ってくるよ」

最後の……、出立前最後の紅茶を楽しんだブラッドは、やはり軽食を頼むわけでもなく、腰を上げた。


「おう。帰ってきたらまた寄ってくれよな」

マスターは体をブラッドの方へ向け、笑顔で応える。


と、何か思いだしたようにブラッドが、マスターに問いかける。

「……王国からごそっと人がいなくなるわけで、これまでの主要客層だったギルドの冒険者連中がいなくなると……帰ってきたとき残っているのか?」

「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇよ。うちは昼間にゃぁご近所様に愛される社交場として機能してんだよ。金と一緒に厄介事まで持ってくる冒険者が居なくなっても、たいした問題じゃねぇ」

「へー、そうなんだ」

「かるっ。俺の店を軽く卑下しておいてその態度」

「いやぁ、本当に心配だったんだって。明らかにギルドからの集客目当てでの立地じゃない?」

「当初はな。そのつもりだった」

「あぁ……軽食だもんね……やっぱり立地間違えてない?貴族街とかそっちのほうが良かったのでは?」

「おめぇ別れの挨拶の後になかなか長居するじゃねぇか。……まぁ、ホラこんな強面が貴族街で軽食屋もねぇだろうよ。あそこはホラなんか不手際あったら首が飛びかねねぇしな」

「あー……」

「という訳で経営は安泰よ。心配不要ってこった」

「わかった、じゃぁ安心して行ってくるよ。またここの紅茶飲みたいしね。なんとかやっていってね」

「だから安泰だって言ってんだろ!」

「あはっ、じゃぁねマスター、元気で!」


 ブラッドは代金を置くと逃げるように店の出口へと歩いていった。

背を向けたままヒラヒラと手を振り店を出ていくブラッドの姿をキャストフィールドはいつまでも見つめていた……なんてことは無く、すぐに別の客の対応に戻った。



続く




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