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壁の向こうのB  作者: カカオ
第1章
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小鈴、『外の人間』だと見破られる

 小鈴はひとまずサンザンロードの人混みに紛れていた。<ゾーン・B>の地理など全く知らない。配達屋に少しは訊いておけばよかった。

 ガード下は照明で照らされ、夜の闇から守られていた。

 買い物をする人、立ち話をする人、声を張り上げて客寄せをする人。サンザンロードには活気があった。

 小鈴はその光景に目を見張る。噂に聞いていた<ゾーン・B>とは全然違っているからだ。

 ただ、よく見れば店舗の壁にひびが入っていたり、ひさしをブルーシートで代用としていたりと、昔何かがあって損壊したような跡が窺えた。

 道行く人の格好も決してお洒落ではなく、どこか古臭いような気もする。

 ――さしあたって今問題にするべきなのは。

 小鈴は歩きながら思う。

 今晩泊まる場所をどうしようかと。

 あまりにノープランだが<ゾーン・B>の中の情報など知り得る術がなかったので仕方がなかった。配達屋のトラックに乗れただけでも運が良い。

 ふと時計屋が目に入ったのでそこにディスプレイされた腕時計を見やると、午後十時を回ったところだった。

 ついで彼女はポケットから財布を出して残金を確かめる。

 貯金は全て下ろしてきたが、それでも心許なかった。三週間ものあいだホテルに泊まったりすることなど無理である。

 ネットカフェとかないかなぁ、と小鈴はきょろきょろと周囲を見渡す。

 それにしても人通りの多い商店街だ。

 夜の十時を回ったというのに、まるで昼間のような趣さえ感じる。

 誰もが陽気に笑い、下手をすると小鈴が住んでいる<外>よりも穏やかかもしれない。

 アーケードの奥のほうではアコースティックギターの音が奏でられ、歌声が響いている。

 路上ライブだろうか。小鈴はなんとなくそっちのほうへ行くことにした。

 ギターの音と歌声に近づくにつれて人が多くなっていく。

 やがてひとつの人だかりが見え、小鈴はその中に小柄な体をギュウギュウと押し込み、最前列に進んだ。

 そこにはひとりの男がギターを弾きながら声を張り上げて歌っていた。

 年は二十代後半ぐらいだろうか。

 男は体が大きく、少し筋肉質だった。着ているTシャツがぴっちりとはりつくようである。

 男は歌う。



 なーにが起こるか わからないからぁ

 いーつに死ぬのか わからないからぁ

 自分が誰かも   わからないからぁ

 行きたいところへ 向かえばいいんだぁ



 男の歌声は歌いすぎなのだろうか少しかすれていた。観客は手拍子を打ち、男に視線を集中させている。

 ――うわぁ、生ライブって初めて見たなぁ。

 小鈴はぼんやりと歌を聴きながら、周りの人間と同じように手拍子を打った。

 男の声は決してきれいではないのだが、胸に伝わってくる何かが心地良く感じられた。

 と、そのとき―― 

「君、ちょっといいかな」

 小鈴は背後からそう声をかけられ、腕を引かれた。

「え、あ、はい」

 彼女は心地良さから怪訝な気分に支配されたことに少しイライラしながら振り向いた。

 そこには眼鏡をかけた若い男がいた。爽やかな笑みを浮かべ、小鈴を見下ろしている。

 背はかなり高い。小鈴は彼の胸の辺りに頭のてっぺんが届く程度だった。

 眼鏡男はいきなり小鈴の耳元に顔を近づけた。

 ――へ、変態か!

「君、外の人でしょ」

 男は簡潔に言った。

「え……」

「見かけない顔だからね。ほかの人の目は誤魔化せても、僕の目は誤魔化せない」

「ええと」

 なんとキザな話し方なんだろう、と小鈴は思っていた。

 眼鏡男としては彼女に危機感を抱かせたかったのだろうが、ノープランで<ゾーン・B>に突入する小鈴は、その程度で怖がったりはしない。  

「どこに行こうとしているんだい?」

 男が訊ねてきた。『~いるんだい?』というキザな構文をリアルに使う人間に、小鈴は笑いそうになった。

「とにかく家があるところに行きたいんです。探している家があって」

「家、か。それはちょうど良い。僕の住処がサンザンロードを抜けた先の住宅街にある。探している家も見つかるかもしれないし、見つからなくてもうちのユニットに泊まっていけばいい」

 それはちょうどいいかもしれない、と小鈴は思った。どこへ行けばいいのかもよくわからなかったけど、幸先良く親切な人に会えたぞ。

 でも――

「ユニット?」

 それはなんぞ?

「さあ、ついといで」

「は、はぁ」

 眼鏡男は小鈴の質問には答えず、彼女の腕を引いてライブの人込みを掻き分けて歩き始めた。

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