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壁の向こうのB  作者: カカオ
第4章
38/53

初めての涙

 騒がしさで小鈴は目を覚ました。

 彼女のぼんやりとした意識を粉砕するかのごとく、誰かの怒鳴り声が伝わってくる。

 一晩中起きていた小鈴は、ついさっきベッドにもぐりこんだばかりだった。眠さは四トントラック並の重さを伴ってのしかかってくる。

 けれど、伝播してくる騒ぎが気になってしまう。

 階上の『BAR無菌室』のほうからのようだが、普段店の音が住居となっているこの部屋まで届くことなどない。

 ただ事ではなさそうだ。

 しかも怒鳴り声は複数の男たちによるもので、そのうちのひとつに大の声が含まれる。

 ――大さん?

 携帯で時刻を見ると、午後六時半を回っていた。

 とりあえず起きても大丈夫な時間なので、小鈴は手早く普段着に着替えて顔も洗わぬまま『BAR無菌室』へ顔を出した。

 店には琢磨と大のほかに、小鈴の知らない男が五人いた。どの男も中年から初老といった佇まいである。

 店のテーブルを二つ繋げて大きな机にし、七人はそれを囲んで何かを議論している。

「だから、まず敵の正体をつかむべきなんですよっ」

「バーサーカー以外に何がいるというんじゃ」

「それがわからないから、まず正体を――」

「正体正体と言うが、いったいどうやって正体をつかむおつもりなんですか? 返り討ちにされませんか? それに人間をバラバラにして食らうような化物であることはたしかなんです。それだけ把握していれば十分でしょう!」

「片柳ユニットリーダーの言うとおりじゃ。とにかく今は戸締りを厳重にしてじゃな……」

「戸締りを厳重にしてるなんていつものことでしょう。バーサーカーがいるんですから。にも関わらず等々力ユニットは独り残らず殺された……いいえ、食われたんですよ! いったいどうしろって言うんですか! あんたは!」

 話は平行線をたどり、まるで前へ進んでいる様子はなかった。

 そして小鈴にはいったい何がなんだかさっぱりわからない。ただ『等々とどろき』という名前には聞き覚えがあった。

 <ゾーン・B>に来て一番最初に両親探しをしたときに訊ねた赤い壁の家の人が、たしか等々力と名乗っていた。

 ――まさか、同じ人じゃ……ないよね。

「今まで以上に厳重にするっきゃねえだろ! だいたい最近少しぬるかったんじゃないのか警備がよう。バーサーカーも昔ほど多くはなくなったしな」

 いつも以上に大きな大の声が店を揺らすほどに響いた。

 琢磨はというと、傍観者のように黙って見守っていたが、小鈴の存在に気づき、立ち上がる。

 彼は小鈴を手招きし、カウンター席へといざなう。

 琢磨はいつものようにカウンターの内側に入る。

 やっぱり琢磨さんはカウンターの中にいるほうがしっくりくるなぁ、と小鈴は暢気に思った。

「いやぁすまんね。部屋まで聞こえてたろ」

 琢磨が苦笑する。

「はい。喧嘩かと思っちゃいました」

「まあ半分喧嘩みたいなもんだけどな」

「何があったんですか?」

 小鈴が問うと、琢磨は深々と溜息とつく。

 疲れているようだ。

 そんなふうに弱いところを見せる琢磨を小鈴は初めて見た。

「昨日の昼間、等々力ユニットが襲われてな。ユニットのメンバーがひとり残らず殺されたらしい。死体は見るも無残な姿で……食われたような跡もあったそうだ」

 さっきの話し合いで誰かが『バラバラ』と言っていた。どうやら本当のことらしい。琢磨は続ける。

「殺され方がバーサーカーじゃないんだ。バーサーカーは身体能力は高いが基本的に人間と変わらない。武器だって使えるしな。だが今回のは……。それに今まで戸締りされた家が襲われるなんてことはなかったんだ……。そんなわけだからこの辺のユニットのリーダーが集まって、今対策を協議してるんだがね。見ての通り何も解決しちゃいない」

「あの、等々力ユニットっていうのは、もしかして赤い壁の家ですか?」

「そうだ。お嬢ちゃん知ってるのかい?」

「ええ、ちょっと……」

 小鈴は消え入るような声で言った。

 琢磨には聞こえていなかったらしく、彼は首をひねっていた。

 小鈴も心の中で首をひねっていた。

 どうして自分が動揺しているのかがわからないのだ。

 見知っている人が死んだ。

 だからだろうか。

 ――でも、だったらお婆ちゃんだって……。

 そのとき、小鈴は自分の視界がぐにゃりと歪むのにびっくりする。

 カウンターの木目が波打ち、目頭が熱を持つ。

 それは、小鈴が生まれて初めて涙を流した瞬間だった。

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