苦渋の決断
リーダーたちによる話し合いは一向に終わる気配がない。
というよりそれは話し合いではなく、自分の不安を表に出したいがための寄り合いに思えなくもなかった。
小鈴はそれをカウンター席から眺めながら、琢磨が作ってくれたハムエッグとトーストを食べていた。
観戦していて面白いものではないが、ほかに見るものも話し相手もいないので、唾を飛ばしあう男たちの不毛な論戦を見るともなく見る。
――なんかこういうの、よくテレビでやってるよねぇ。討論番組だっけ。やれやれだねー。
食事を平らげると、席を立って一旦部屋に戻ることにする。まだ顔を洗っていないし歯もみがきたい。
小鈴は席を立ち、『スタッフオンリー』のドアを開ける――と、
「わわっ」
ひかりの声がしたかと思ったら、ドテッと尻餅をついたような振動が足元に伝わってきた。
ドアを完全に開け放つと、やはりひかりだった。
「あたたた……」
「ひかりちゃん?」
「こ、小鈴おねえちゃん」
ドアのまん前にいたことといいその動揺っぷりといい、ひかりがドアの前で聞き耳を立てていたのは、どんな天然な人間が見ても明らかだった。
「盗み聞きはいかんねぇ、ひかりちゃん」
「うぅ……だってー……もしわたしだったら…………」
やはり盗み聞きをしていたようだ。
ひかりはもじもじとしながら、不安げに小鈴のほうを窺う。
小鈴はにやりと微笑む。
「ひかりちゃんはさっきまでどうしてた?」
「……縛られてた」
「そう。で、わたしはひかりちゃんが起きる時間まで、一晩中ひかりちゃんの部屋のドアの前で寝ずの番をしてた。その間にひかりちゃんが外に出たなんてことはなかったよ」
そう、小鈴が一晩中起きていたのは、ひかりが本当に化物バーサーカーでないことを証明するためだった。
そんなわけだから、小鈴はひかりの部屋の外で一晩中ドアとにらめっこをしていた。
ドアの向こう側ではバーサーカー状態のひかりのうめき声が漏れ出ていたが、外に出るようなことはなかった。
「本当に?」
「本当だよ。大体、もしひかりちゃんがそんな化物バーサーカーで外に出たとしたら、どうしてわたしが今無事でいるの?」
「…………そうだよね……そうだよね!」
「そうなのだっ」
「あはっ」
小鈴とひかりはケラケラと笑う。
これでひかりはまた元気にタンバリンを叩いて踊ってくれる、小鈴はそう思うと安心した。
そして安心している自分がいまいちよくわからなかった。
笑っている自分でさえも。
*
「ふざけんな――――――――――――――――――――――!」
翌日、大のその怒声が『BAR無菌室』にとどろき、まるで大地震のように建物全体を揺らした。
小鈴の部屋も例外ではなくその対象となり、彼女は二日連続で騒々しい目覚めとなった。
――どぅ!?
がばりと起き上がる小鈴。
何事かと思ったが、なんてことはないいつもの部屋が広がっているだけだった。
――ありゃ? たしかに今物凄い咆哮が聞こえたんだけど……。
「んだと――――――――――――――――――――――――――――――!」
――ああ、大さんか。
大の声だとわかると小鈴は苦笑いを浮かべる。
大方、またユニットのリーダーで集まって化物バーサーカーについて話し合っていてヒートアップしているのだろうと踏む。
でもそれにしては大の声が異常に大きい。
いや元から大きかったが、今日のはまるで古きよき時代のアニメに登場する雷オヤジのような凄さがある。
――なんか熱くなってますなぁ。
小鈴はベッドから降りると、着替えるのも面倒なのでジャージにTシャツというラフな格好のままで店に顔を出した――直後。
「こんなときだからこそ、だろ!?」
という大の絶叫にも似た大声が衝撃波のように小鈴に襲い掛かる。
昨日と同じユニットのリーダーたち、それに大と琢磨が昨日と全く同じ席順でテーブルを囲み、とりあえず会議の態勢を敷いている。だが興奮する大が会議をめちゃくちゃにしているようにしか見えない。
そんな大をたしなめるように、初老のリーダーが発言する。
「落ち着きなさい大。今はこういうときなんじゃ。それぞれのユニットが守りを強化しなければいかん。非常事態なんじゃ」
「んなことわかってる!」
「だったらワシらの要求を呑んでくれ」
「呑めるかっ。どうしてユニットの守りを強化するために俺らのライブを中止にすんだよ!」
――ライブ中止!?
小鈴は大が発したその言葉にびっくりする。
どういうわけでそんな話になったのかはわからないが、大が熱暴走するのも無理はない。
「いいか大。この非常時に、ライブに現を抜かされたらユニットの警備に穴が開く。どういう意味かわかるか? 穴とは緊張感の欠如じゃ。緊張感を欠いた警備など、穴どころかザルじゃ。そんなことでは等々力ユニットのにのまえだわい」
「警備は警備、ライブはライブ! 全く別もんだろうが!」
「お前さん、自分のライブの人気を考えたことがあるのか?」
今度は別のユニットのリーダーの男が発言する。
「あ?」
「今井ユニットのバンドは今とても人気がある。集まる人数もサンザンロードを封鎖するかのように凄まじい。それだけの人間が夢中になっているということだ」
「いいことじゃねえか」
「平常時ならばね。だが今はバーサーカーだか化物バーサーカーだか定かではないが、我々を脅かす何かが潜んでいる。バーサーカーは昼間しか動かないがその化物がどうなのかまだわからない。今のところ昼間にしか被害が出ていないが、今後どうなるかは誰にも把握できていない。しばらく様子を見て判断しなければいけないんだ」
「そんなことしてみろ。この街はバーサーカーだらけになるぞ。楽しい気持ちを維持しねえと、みんなバーサーカーに……」
大はそこまでしか言えなかった。
彼の言葉を遮ったのは、琢磨だった。
決して大きい声でもないのに、その声音は不思議とその場を取り仕切る重さを内包していた。
「わかった。ライブはしばらく自粛しよう」




