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壁の向こうのB  作者: カカオ
第4章
36/53

あたしはあたしがバーサーカーって知らないの

 小鈴の読みは当たった。

 当たってしまったというべきか。

 ひかりはその殺風景な部屋の中心に置かれた椅子に、ぽつんと座っている。物憂げな表情を浮かべ、空間の一点にブラックホールでもあるかのように視線を引きつけられている。

 幸いなことに今回は電気がついていて明るい。小鈴が前回ここにきたときには電気も消され、赤い目だけがぼんやりと浮かんでいた。

 赤い目。

 今は午前一時、まだ夜なのでひかりはバーサーカーではない。瞳は大きな黒目のままで、手足も縛られてはいない。

 なのに、ひかりはここにいる。

 こんな寂しい最下層の部屋に、ひとりで。

 小鈴がドアを開けたことにも気付いていない。

「……ひかりちゃん」

 小鈴が呼びかけると、ひかりは見えないブラックホールから小鈴へと視線をずらす。

「小鈴おねえちゃん……」

「ええと……」

 二の句がつげない小鈴。ひかりが心配で来たのはいいけど、いったいなにを言ってあげたらいいのかわからない。なにかを言ってあげるべきなのかもわからない。

「小鈴おねえちゃんもあたしがバーサーカーだってこと、知ってるんだよね?」

 ひかりが小鈴に訊ねる。その声音はいつものひかりとはかけ離れた静けさを伴っている。

「うん」

「なんかね、不思議なの。みんなはあたしがバーサーカーだって知ってるのに、あたしはあたしがバーサーカーって知らないの。覚えてないの」

 バーサーカーになっているときの記憶がないことは小鈴も話しに聞いていた。だが実際にひかり本人が語ると、その重さは単なる情報としての容量以外の何かが加わる。

 小鈴はその重さを今、ひしひしと感じている。

「あたし、いつもここで何してるんだろ」

 ひかりがさっと部屋を見渡す。

 小鈴もその視線につられて部屋を眺めてみるも、椅子以外なにもない。がらんとした広い空間が広がっているだけだ。

「ここで、この椅子に座って、脚と腕を縛られて……目を赤くして」

「ひかりちゃん……」

「その間、あたしはここでどうなってるんだろ。思い出せないよ……何も…………何かあったら、どうしよ……あたがもし化物バーサーカーっていうのだったら…………」

 ひかりはそこまで語ると、電池が切れてしまったように黙り込んだ。目は湿り気を帯びているが、雫は流れ落ちそうで流れない。それは彼女にバーサーカーだったときの記憶がないからだろうか。

 小鈴はというと――

「ワケワカメ」

 と素っ頓狂なことを言っていた。

「え」

 ひかりは首をかしげる。「なにそれ」

「呪文だよ。元気が出るやつね。大さんの歌みたいに」

 小鈴はそう言うと、歌い始める。



 なーにが起こるか わからないからぁ

 いーつに死ぬのか わからないからぁ

 自分が誰かも   わからないからぁ

 行きたいところへ 向かえばいいんだぁ 


 

「――以上。小鈴お姉さんからの激励の言葉でした」

「それ、大にいちゃんの歌だよ」

「おっとひかりちゃん、ワケワカメを忘れてるぜい」

「なんか小鈴おねえちゃんが大にいちゃんみたいになっちゃった。……ふふっ」

 小さくだが、ひかりは笑った。

 やがてそれは大きくなり、いつものひかりが浮かべるそれと等しくなった。

「さらに元気の出る呪文、ワケワカメを唱えれば、たちまちフルパワーですぜ?」

 小鈴はひょうきんな顔でひかりを誘う。

 ひかりは「にひひひ」と不敵に笑い、その意味不明な呪文を声にする。

「ワケワカメ!」

「お、いいねひかりちゃんその調子だよ。じゃあもう一回。今度はわたしと声を合わせようねー。はい、いっせーのー……」

「「ワケワカメ!」」

 声を揃えてワケワカメなふたりがワケワカメと叫んでいた。



「ひかりちゃんは、ちゃんとここにいるよ」

「……ありがと」

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