あたしはあたしがバーサーカーって知らないの
小鈴の読みは当たった。
当たってしまったというべきか。
ひかりはその殺風景な部屋の中心に置かれた椅子に、ぽつんと座っている。物憂げな表情を浮かべ、空間の一点にブラックホールでもあるかのように視線を引きつけられている。
幸いなことに今回は電気がついていて明るい。小鈴が前回ここにきたときには電気も消され、赤い目だけがぼんやりと浮かんでいた。
赤い目。
今は午前一時、まだ夜なのでひかりはバーサーカーではない。瞳は大きな黒目のままで、手足も縛られてはいない。
なのに、ひかりはここにいる。
こんな寂しい最下層の部屋に、ひとりで。
小鈴がドアを開けたことにも気付いていない。
「……ひかりちゃん」
小鈴が呼びかけると、ひかりは見えないブラックホールから小鈴へと視線をずらす。
「小鈴おねえちゃん……」
「ええと……」
二の句がつげない小鈴。ひかりが心配で来たのはいいけど、いったいなにを言ってあげたらいいのかわからない。なにかを言ってあげるべきなのかもわからない。
「小鈴おねえちゃんもあたしがバーサーカーだってこと、知ってるんだよね?」
ひかりが小鈴に訊ねる。その声音はいつものひかりとはかけ離れた静けさを伴っている。
「うん」
「なんかね、不思議なの。みんなはあたしがバーサーカーだって知ってるのに、あたしはあたしがバーサーカーって知らないの。覚えてないの」
バーサーカーになっているときの記憶がないことは小鈴も話しに聞いていた。だが実際にひかり本人が語ると、その重さは単なる情報としての容量以外の何かが加わる。
小鈴はその重さを今、ひしひしと感じている。
「あたし、いつもここで何してるんだろ」
ひかりがさっと部屋を見渡す。
小鈴もその視線につられて部屋を眺めてみるも、椅子以外なにもない。がらんとした広い空間が広がっているだけだ。
「ここで、この椅子に座って、脚と腕を縛られて……目を赤くして」
「ひかりちゃん……」
「その間、あたしはここでどうなってるんだろ。思い出せないよ……何も…………何かあったら、どうしよ……あたがもし化物バーサーカーっていうのだったら…………」
ひかりはそこまで語ると、電池が切れてしまったように黙り込んだ。目は湿り気を帯びているが、雫は流れ落ちそうで流れない。それは彼女にバーサーカーだったときの記憶がないからだろうか。
小鈴はというと――
「ワケワカメ」
と素っ頓狂なことを言っていた。
「え」
ひかりは首をかしげる。「なにそれ」
「呪文だよ。元気が出るやつね。大さんの歌みたいに」
小鈴はそう言うと、歌い始める。
なーにが起こるか わからないからぁ
いーつに死ぬのか わからないからぁ
自分が誰かも わからないからぁ
行きたいところへ 向かえばいいんだぁ
「――以上。小鈴お姉さんからの激励の言葉でした」
「それ、大にいちゃんの歌だよ」
「おっとひかりちゃん、ワケワカメを忘れてるぜい」
「なんか小鈴おねえちゃんが大にいちゃんみたいになっちゃった。……ふふっ」
小さくだが、ひかりは笑った。
やがてそれは大きくなり、いつものひかりが浮かべるそれと等しくなった。
「さらに元気の出る呪文、ワケワカメを唱えれば、たちまちフルパワーですぜ?」
小鈴はひょうきんな顔でひかりを誘う。
ひかりは「にひひひ」と不敵に笑い、その意味不明な呪文を声にする。
「ワケワカメ!」
「お、いいねひかりちゃんその調子だよ。じゃあもう一回。今度はわたしと声を合わせようねー。はい、いっせーのー……」
「「ワケワカメ!」」
声を揃えてワケワカメなふたりがワケワカメと叫んでいた。
「ひかりちゃんは、ちゃんとここにいるよ」
「……ありがと」




