ていうか、KYってなんだよ
午前一時過ぎ、ライブ終了から一時間以上が経った今も、余韻に浸るファンが多く残っている。そのほとんどが小鈴目当てだ。彼女が歌う期間がもう残り僅かということもあるから、普通に喋っている声でもいいから、せめて少しでも聞きたいということなのだろう。
李利はいつものように機材を片付けてさっさと帰ってしまった。琢磨とひかりも一緒だ。ひかりは琢磨に肩車されていたが、大人しくしたまま海でも眺めているかのような静けさをかもし出していた。いつもならキャッキャ喜ぶというのに。
「さーて、んじゃあ行くか」
大が小鈴に声をかける。
小鈴はまだ残っているファンと歓談しながら、大の誘いをどう断るか考えているところだった。行くか、というのは小鈴の両親捜すのことである。
――うーん、断る理由が思いつかないなぁ。
そもそもこの街に来た目的が両親を捜すことなのだ。それに行かないなんて、いったいお前はなにしに来たんだということになる。さてどう答えたものか。
「あーっと……今日はいいっす」
結局適当に答える小鈴だった。
「あ!?」
大が驚いたのは言うまでもない。彼は目をまん丸に見開き、半ば奇異の目で小鈴に迫る。周りにいたファンが驚いて離れていく。
「なんでだよっ。今行かなくていつ行くんだよ! 小鈴がここにいられるのはあと五日なんだぜ!?」
「そ、そうなんですけど」
「そうなんですけどなんだよ」
「…………大さんは、今日のライブをどう思いましたか?」
「今日のライブだぁ? もちろん最高だったぜ。どんな褒め言葉も過言になっちまうぐらいにな――って今はライブの話じゃねえだろう」
大の反応に小鈴は心の中で溜息をついた。大がひかりの変調に全く気付いていないことが、小鈴は――。
――これは、なんだろう。ショック? わたし、ショック感じてるの?
初めての感覚に戸惑う小鈴。
何もない自分が、どうして感じるはずのない感情を生むのかわからない。ルーツ不確定な自分は空っぽ――のはず。
でもあれだけバンドのことを考えていた大が、ひかりの元気のなさに気付いていない。これをショック以外になんと言えばいいのか。
そして小鈴は初めて、感情的になる。
「今の大さんは有頂天になって何も見えてません。KYですっ。ひかりちゃんの様子がおかしかったでしょ!?」
小鈴はそう言うと、その場から駆け出した。
大はというと、面食らったようにポカンと口を開けて動き出せないでいる。小鈴に怒鳴られたことが、信じられないのだ。
「………………ていうか、KYってなんだよ」
ジェネレーションギャップが邪魔してあまり伝わっていなかったかもしれない。
小鈴が『BAR無菌室』のドアを開けた時には、すでに琢磨がいつものようにカウンターに入って紫煙をくゆらせていた。営業中である。
「どうしたんだお嬢ちゃん、息切らして。走ってきたのか?」
「ほ、ほえ?」
琢磨に言われて初めて、小鈴は自分が肩で息をしていることに気付いた。こんなことは嫌々走らされた学校のマラソン大会ぐらいでしかありえない。
――なんでわたし、こんなに一生懸命になってんの? ワケワカメ。
自分への疑問で思考が支配されそうになった小鈴だが、ここへ来た目的を思い出し店内を見渡す。が、あの可愛いすぎるウェイトレスの姿がない。
「あ、あのっ、ひかりちゃんは?」
「ひかりなら気分がよくないとか言って部屋に引っ込んでるんだ。今日のライブでも調子悪そうだったからなぁ……風邪でもひいてなきゃいいんだが」
「部屋ですね? ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、小鈴は『スタッフオンリー』のドアを開けてひかりの部屋へ向かう。その足取りは少し落ち着いていた。なぜなら琢磨がちゃんとひかりのことに気付いていたからだ。これで原因がわかっていれば、琢磨だってひかりを放っておいたりはしないだろうが。
ひかりの部屋は小鈴の部屋の隣である。ドアをノックしてみるが、返事がない。今度は強くノックをしてみるが、やはり部屋からは音の欠片一つ飛んでこない。
仕方ないので思い切って開けてみる。
「ひかりちゃーん……ありゃ」
誰もいなかった。
ひかりがいつも着ているウェイトレスの衣装がベッドに放り出されているだけだ。その光景はまるで放置された虫の抜け殻のようにも見える。
――でも琢磨さんはたしかに『奥へ引っ込んだ』って言ってたよねぇ。って、もしかしてひかりちゃん……。
小鈴はその部屋を出て、階段の脇にある床下収納のような佇まいの扉を開く。ギィィという鈍い音とともに、床にぽっかりとした穴と下へ降りるための鉄製の梯子が現れた。
――ひかりちゃんはたぶん……。




