ノック三回侵入成功、即捕獲③
◇
翌日の早朝。
昨夜は久しぶりに、僕はねーちゃんの部屋で寝た。
単純にでっかいルルをベッドにしてもふっていたら、疲れもあって二人していつの間にか寝落ちてしまったのだ。
なんだかんだで、小さい頃から培われてきた僕らの体内時計は正確だ。
どんなに前日疲れようとも、毎朝同じ時間に勝手に目が覚める。
朝の静かな光が差し込む部屋で、大きなあくびを噛み殺しながら、僕らはぼさぼさの頭のまま、昨夜の反省会を始めた。
「つまりさ? アルの家族は、アルに呪いをかけた犯人ではない……ってことだよな?」
「あの感じだと、そういう風には見えたよね。でもさ、表面上はいくらでも取り繕えるよ。だって結局まだ毎朝お化けの呪いが復活してるんでしょ?」
「そーなんだけどね」
(まぁ……ほんとはお化けじゃなくて『瘴気』ってやつらしいけど。でも瘴気もお化けもどうせ僕たちには見えないんだから、ぶっちゃけどっちでも大差ないんだけどさ~?)
ベッドの上でうーんと一緒に首をひねっていたけど、ねーちゃんがポンと手を叩いてすくっと立ち上がった。
「じゃあ、アルの部屋に何かあってことなんじゃない? 呪われた何かがあるから、それが引き金になってお化けを呼び寄せてるってことよ。アルの部屋、捜索してみようよ!」
「……え!? 今から!? アル、まだ寝てるんじゃ」
アルが起きてくるのは、いつもここからもう一時間くらい後だ。
今突撃したって、絶対ぐっすり夢の中である。
「だって朝にお化けが復活するんでしょ? じゃあアルが寝てる朝に見に行かないと意味ないじゃん。ほら、さっさと着替えていくよ」
「ちょ、待って!」
急かされて服を着替えはしたものの……なんか良くない気がする。
だって、まだ覚醒前の無防備で寝ぼけてる部屋に、突然好きな人が入ってくるわけだよね?
それって……。
(……まぁいいか。僕関係ないし~?)
この後何が起きるかなんて簡単に想像がつく。だって、僕もアルも男の子だから。
ちょっとだけ楽しくなってきたのは内緒だ。
しんと静まり返った早朝の廊下を、足音を殺しながら進む。
僕の頭の上にはルルがいるけど、ほぼ寝てる。
──ねーちゃんはなんだかんだ言って、ポーカーフェイスがものすごくうまい。
人前ではどんな感情も、全部完璧にごまかすんだ。
オフのときはへらへらと茶化して。
オンのときは、隙のない完全なるお嬢様の微笑みを浮かべて。
こっちに来たばかりのとき、ねーちゃんは学校でチアをやることになったと話していた。
『この美少女ねーちゃんがダンスまでうまかったら顰蹙に決まってんじゃん? できそうに見えて実はあんまできないってことで、お姉さまたちのヘイトを買わずに、かわいがってもらえる……ってのが処世術でしょうよ!』
どや顔でそう言ってたけど。
本当はきっと、無理やり頼み込まれて引き受けたんだろうし、完璧なお嬢様モードの笑顔の裏側で、陰では必死で練習を重ねるんだ。
人前で絶対に泣かないし、涼しい顔して軽々しくやってるように見せて、努力してる泥臭い姿もほとんど見せない。
結局のところ、誰にも弱いところが見せられないんだ。
でも昨日──アルに抱っこされて部屋まで運ばれる途中で泣いてたらしいって、昨夜すれ違ったメイドからこそっと聞いた。
(──ねーちゃん、誰かの前で泣けたんだ。アルの前でなら……泣けたんだ)
それがどういう意味を持つのか、弟の僕にはちゃんとわかってる。
僕の前では絶対泣いてくれないから、ちょっとだけ悔しい気もするけど……半分は胸の奥が素っと軽くなるような、ホッとした感覚があった。
ねーちゃんの泣き顔なんか見たくないから、これでいい。
(早くくっつけばいいのに)
アルの部屋へと続くドアを見つめながら、僕の足取りはほんの少しだけ軽くなっていた。
◇
マホガニー材の重厚な扉の前で、リオンはごくりと固唾をのんだ。
というのも、リオンはこれまで一度もアルの部屋に入らせてもらったことがないのだ。
なぜか、頑として入れてくれない。レンはあっさり入ったことがあるというのに。
(ほんと、レンばっかりズルいよね! まぁ男同士だから話しやすいのも分かるけどさー……)
双子をセットだと思っているならば、リオンだって招待してくれてもいいのに、と不満はある。
起こさない程度に、小さなノックを複数回。
『一応ノックしたんだけど返事がなかったから~』という言い訳を作るためだけのノックだ。
朝、ここに来るまでに出会ったメイドには「内緒ね!」と口元に人差し指を立てて頼むと、くすくすと楽しそうに笑った彼女は「はい、いってらっしゃいませ」と先を通してくれた。
これぞ、日ごろのおこないが成せる業である。
そっと扉を開けると──アルがいつも纏っている、さわやかなシトラスの香りがふわりと漂って、心臓が跳ね上がった。
「っ、……ほら、レン、行くよ」
「カモン」と手招きでレンを呼び寄せ、そろりと足を踏み入れる。
部屋は当然カーテンがしっかりと閉め切られていて、ほの暗い。
足元には厚みのある高級な絨毯が敷き詰められていて、足音が一切響かないのは好都合。
「ほら、何かあやしいものないか探すよ」
「え~、僕、この前一回入ったけどそんなのなかったよ?」
ひそひそと囁きながら、鏡の前やチェストの上などを手分けして家捜しする。
王族のプライベートな部屋にこっそり侵入するなんて、見つかれば即刻処罰されても文句は言えない行為のはず。
それなのにまったく危機感がないのは、アルがそんなことをしないと分かっているからだ。
ベッドに視線をやると、アルはしっかりとブランケットを被って寝ており、きれいな銀髪が半分ほど覗いているだけ。
熟睡しているらしく、起きる気配はない。
好都合である。
ふと、リオンの視界に輝くものが目に留まった。
「……ねぇ、あのベッドサイドの小さい箱は?」
薄暗い中でもキラキラ輝く、緻密な彫刻が施された銀色の小箱が、アルのベッドサイドに置かれている。
「あ、あれ僕も聞いた。先代の王妃様……アルのほんとのお母さんの形見なんだって」
「……でもこれさぁ……なんか変だよ。ほら見て」
リオンは指先で箱のふちをなぞり、枕元に落ちるわずかな朝の光にかざして見せた。
「真ん中の大粒サファイアはとんでもなく素晴らしい代物なのに……周りを囲んでる小さな石。これイミテーションだよ? こんな最高級のサファイアを使ってる王妃様の形見の小箱が、周りの装飾だけガラスで手抜きするなんて──そんなのおかしいでしょ」
貴族の令嬢なら、幼少期から本物の宝石を見慣れているはずだ。
それに、この世界の技術におけるガラス細工は、前世の人工ダイヤのような精巧なものではない。
せいぜい、スワロフスキーのアクセサリー程度。
(最初から偽物だったんじゃなくて……後からすり替えられたんじゃないかな?)
そう確信してレンと顔を見合わせた、そのときだった。
「ん……っ」
背後のベッドから、微かな衣擦れの音とともに、妙に色っぽい熱を含んだ吐息が漏れた。
寝起き特有の低い声に、リオンの心臓が飛び跳ねる。
「しっ!」と大慌て口元に人差し指を立て、レンを制した──まさにその瞬間。
──バチッと、アルのサファイヤブルーの瞳と、真正面から視線が合った。
寝ぼけて揺れる瞳孔。幾度かの瞬きを繰り返し──やがて、この微笑み一つで世界を滅ぼせるであろうというほどの、甘く艶ややかな笑みを浮かべた。
「……あ、アル、あの」
弁明する間もなく、強くて首を引かれた。
視界がぐるりと回転し、気が付いたときにはふかふかのブランケットと、アルの腕の中へ引きづりこまれていた。
「……リオンがいる」
「ふ、不法侵入してごめんっ! えっと、あの、これには理由が──」
言い訳を叫ぼうにも、完全にアルの両腕とやたらと長い足で、体全体をぴったりと絡めとられている。
アルの肌の熱と、胸元から香るシトラスの香り。
身動きが一切取れない、完全な抱き枕状態である。
「何のご褒美の夢だろう……最高だ……」
「夢じゃないよ! ね、ねぇ、アル、起きて……ちょ、レンっ!」
耳元でささやかれる低温ボイスに、顔だけではなく耳まで真っ赤に染めたリオンは、必死に頭をのけぞらせ、レンへと助けを求めた。
少し離れて立っていたレンは、ルルを頭に乗せたままどこか冷めたような、けれど心底楽しそうな顔でリオンを見下ろしていた。
「あ、僕あとからまた来るから」
「……は!?」
「しばらくねーちゃん、抱き枕になってたら? アルも昨日は夜会で疲れたんだよ。おとなしく寝かせてやりなよ」
ひらひらと手を振りながら、足音もなく部屋から退室していく弟。
「こらっ! ばかレンっ! 一人にするなーっ!」
ばたんと無情にも重厚な扉が閉じられた。
部屋には再び静寂と、アルのあたたかな体温だけが残された。
完全に抱き枕状態で、がっちりと抱きしめられ身動きすらできない。
眼前には伏せられた銀色のまつ毛が妙に色っぽいアル。
彼の吐息がかかる。
(……え、なんでこんなことになってるの!?)
久々に頭がグルグルとパニックになっている……。




