数日後の特訓と黄金の「目潰し」
平和が戻った数日後。
聖域の厳しい冬もようやく峠を越え、屋根から時折ドサリと雪が落ちる音が響くようになった。
しかし、ロッジの庭には、冬の寒さを忘れるほどの熱気が立ち込めていた。
ハルがカイルに弟子入りし特訓しているのだ。
「ハル坊、腰が高い! 敵の動きをよく見るのです。ふく殿、合図を!」
「ピョイイッ!」
カイルの鋭い声に合わせ、ハルの頭に乗ったふくちゃが、バサバサと羽ばたきながら空へ舞い上がった。
ハルは小さな木刀を構え、カイルが突き出す練習用の棒を必死にかわす。エリオットに襲われたあの夜の恐怖を、ハルは「守るための強さ」へと変えようとしていた。
「ハァッ、ハァッ……! おねえちゃんを……スピカを、もう怖がらせないんだ!」
ハルの瞳には、以前のような幼い甘えはなかった。
その時、梁の上から様子を伺っていたふくちゃんが、急旋回してカイルの目の前へ飛び込んだ。
「ピョイピョイピョイッ!!」
ふくちゃんが羽を激しく震わせると、あのおかめパニックの時に見た「黄金の脂粉」が、キラキラと煙幕のようにカイルの視界を遮る。
パニックではなく、自分の意志で放った「黄金の目潰し」だ。
「……ぬおっ!? 目が、目がぁ! ……やりおるな、ふく殿!」
カイルが目をしばたたかせている隙に、ハルが懐へ飛び込み、木刀をカイルの胴へパシッ!と当てた。
「やったぁ! 当たったよ、おねえちゃん!」
縁側でその様子を見守っていたメグミは、パチパチと拍手を送った。
メグミの手元には、エリオットが残していった「禁忌の魔導書」が開かれている。カイルの助言を受けながら解析した結果、そこには王都が「聖女」の力をどう定義し、どう拘束しようとしているかの理論が記されていた。
「(……彼らは私の力を『兵器』だと思ってる。……だったら、それを逆手に取って、絶対に侵入させない『壁』を作らなきゃ)」
メグミは、庭の隅にある聖域の核となる巨石に触れた。
これまではただ「悪意を遠ざける」だけだった結界に、メグミは新たな「多層防衛」のイメージを流し込む。
エリオットの使った「転移魔法」を検知したら自動で弾き飛ばし、無理やりこじ開けようとすれば「ふくちゃんの黄金の輝き」が爆発するような、聖域独自の防衛システムだ。
スピカもまた、メグミの意図を汲み取ったのか、結界の境界線に沿って、鋭い氷の結晶を地中深くへと植え付けて回っていた。
「(……もう、誰も傷つけさせない。日本にいた時のように、奪われるだけの私じゃないんだから)」
メグミの魔力が、聖域の土深くへと浸透し、防壁をより強固なものへと変えていく。
その頃、王都の軍議室では、帰還したエリオットが、脂粉で爛れた顔を隠すこともなく、教壇に立っていた。
「……報告は以上です。あの聖女は、制御不能な『神の怒り』を宿しています。そして傍らには、魔力を無効化する黄金の怪鳥と、一角獣。……生け捕りは困難かと。……抹殺、あるいは……聖域ごと『封印』すべきです」
エリオットの言葉に、重装鎧を纏った騎士団長が冷酷に頷いた。
「よかろう。……陛下より『聖域制圧』の勅命が下った。……雪解けと共に、第三精鋭騎士団を出撃させる。……あの不毛の地を、真に王国の版図に加えるのだ」
聖域の美しい雪解け水が流れ始めるのと同時に、王都の巨大な軍勢が、静かにその矛先を北の果てへと向け始めていた。




