雪解けの忘れ物と、秘密の居候
エリオットを追い出した後の大掃除も一段落し、聖域には柔らかな春の陽光が差し込み始めていた。窓を開けると、外の牧草地ではルナシープたちが、雪解けの地面から顔を出した新芽を求めて、のんびりとメェ~と鳴き交わしている。
ふとメグミが屋根裏の広い梁を見上げると、そこには見慣れた、黄金の輝きを放つ「大きな球体」が鎮座していた。
「モモ! ずっとそこにいたの?」
メグミが声をかけると、梁の上で丸まっていたモモが「プィ~ッ♪」とあくびをしながら動き出した。ふくちゃんの頭に乗っても安定するほどの、ずっしりとした黄金のまん丸ボディ。それが冬毛でさらに一回りもふもふと白味を帯びている。
モモは梁からふわりと飛び降りると、空中で魔力を解放した。
実はモモ、この冬の間に「自分の体の大きさを自由自在に変化させる魔法」を独学で身につけていたのだ。着地した瞬間、その体はメグミの背丈ほどもある「巨大もふもふ形態」へと膨らみ、リビングの床を白い毛波で埋め尽くした。
その巨大なもふもふの足元で、メグミのスカートの裾を握っていたハルが「わあぁっ!」と声を上げ、隣にいたスピカも驚いたように耳をぴこぴこと動かした。エリオットという外敵がいた間、モモはこの巨体で屋根裏の隙間を塞ぎ、強力な「もふもふの結界」となって家を守っていたらしい。
そして、その圧倒的な毛波の中から、ひょっこりと琥珀色の瞳が顔を出した。
「……あら? モモ、その子……だあれ?」
モモの毛に埋もれるようにして隠れていたのは、白銀の毛並みを持つ小さな「雪イタチ」だった。背中には、春の風を掴むための、芽吹いたばかりの若葉のような小さな翼が生えている。
「キュイッ! ルルッ!」
雪イタチが短く鳴くと、モモはその巨大な尻尾で包み込み、安心させるように撫でた。
「ほう……これは珍しい。『春告げイタチ』の幼獣ですな」
カイルが感心したように、モモの毛並みに手を埋めながら言った。
「雪が解ける頃に現れ、その土地の魔力を吸って花を咲かせると言われる縁気物です。どうやらモモ殿が、迷い込んだこの子を見つけ、自らの体温で温めながら守り抜いていたようですな」
メグミは、ハルと一緒にルルの震える小さな体にそっと指先を近づけた。スピカも興味深そうに首を伸ばし、小さな新入りに鼻先を寄せて挨拶をする。
「……ルル、って鳴いたのね。……あなたも、ここの子になりに来てくれたのかしら?」
メグミが優しく問いかけると、ルルは琥珀色の瞳をじっとメグミに向けた後、安心したようにその指先に鼻を寄せた。
その瞬間、指先から柔らかな光が溢れ、床の隙間から「スノードロップ」の花が次々と咲き誇った。
すると、その花の周りを嬉しそうに飛び回る影が現れた。エリオットの悪意に怯えて、ずっと家具の裏や隙間に隠れていた妖精さんたちだ。
「あ、妖精さんたち! みんな無事だったのね!」
妖精さんたちは、ルルが咲かせた花にキラキラとした粉を振りまきながら、巨大化したモモの背中の上でダンスを始めた。ふくちゃんもまた、新入りのルルに「よろしく」と挨拶するように羽を揺らした。
巨大なモモの安心感、ルルの花の魔法、そして活気を取り戻した妖精さんたち。
聖域は再び、本当の意味で「みんなの家」としての温かさを取り戻したのだ。
しかし、カイルは窓から遠くの空を見上げ、腰の剣を静かに握り直した。
「……聖女様。春が来れば、道が開けます。……奴ら(王都騎士団)が動くのは、もうすぐそこまで来ていますぞ」
春の訪れと共に、聖域を巡る運命の歯車が、一段と加速して回り始めようとしていた。




