新世界編3
暗い森の中を馬車が走っていく。
決してへんぴな田舎道ではない、むしろ舗装された立派な道が一直線で伸びているのだ。
そこをずっと進んでいけば、やがて荘厳な宮殿が見えてくることだろう、これこそが、帝国貴族の最高位たる公爵を皇帝から授かった、3大公爵家のうちの一つ、クラストリッツ家の宮殿である。
「やめろぉっ、離せぇっ!!!」
馬車から手錠をかけられた男がむりやり引きずり降ろされていく、それを引っ張っていくのは輝く荘厳な装飾のついた鎧に身を包む公爵直属の騎士団だった。
「よし、入れっ!!」
「ひぃっ!!?」
その男はしりを蹴り上げられて、暗くて先の見えない広い部屋に放り込まれた。
目が慣れてくれば、その部屋がとんでもないくらい大きい大広間で、何十人という貴族たちがたむろしているのがわかっただろう。
「もうよい、火をつけよ。」
そう何処からか声が聞こえると暗闇の中に踊る人影が見え、次々とろうそくが灯っていく。
「やれっ。」
「嫌だぁぁっ!!!」
男は無理やり立たせられ、椅子に縛り付けられる、更にはさるぐつわを噛ませられ話すこともできない。
その椅子は、拷問のために特別に作られたものだった。
画鋲ほどの大きさの針が突き出ているのが座る場所に突き出ており、そこに縛り付けられた人間はかろうじて動く体を持ち上げて、刺さらないよう始終体を持ち上げなければならないのだ、なかなかに恐ろしい器具だが、彼らのコレクションにはこれより遥かに恐ろしいものが幾種類もあったのだ。
奥には一段高くなった台の上に机が置かれ、その机の中央に荘厳な椅子が置かれているのだが、いまは空席で、横の椅子に座る男が口を開く。
「これより審問会を始める、被告、男爵を皇帝より賜り現在皇帝財務局につとめるアッペルマン・グリフォート、恐れ多くも皇帝陛下に納められし皇帝陛下のための税金を横領した………ネズミだな、わかるだろう?たっぷり詰め込んだ食料庫には、必ず湧くものさ。」
男はそれに対し声を上げようともがくが、さるぐつわのせいで言葉にならない。
この際洗いざらい言ってしまうと、全くのでたらめであり、男はそんな事は一切していない。
「卿は有罪、弁明の余地はない、人でなしのネズミにはそんな権利は存在しない、では、刑罰を言い渡したいのだが………。」
そこで話していた男は言葉を区切り、周りを見渡す、周りには無数の男たちが立っている。
「刑罰は、ここにいる者達の話し合いにて決める、なにか、いい案はあるかな?」
「私にいい案があります。」
そう言って手を上げる男がいた、彼は立ち上がり口を開く。
「最近ふと思いついて、私は先日獰猛な闘犬を何匹か買ってきたのであります、この日のために私はあの馬鹿犬にむち打ち、必死にある芸を仕込んできました。」
「ほう、言ってみろ。」
「それは………人を喰らうように、毎日買い込んできた奴隷を食わせたのです、おかげで奴ら、私以外の人間を見るたびによだれを垂らす始末です、どうです、面白い見世物になるでしょう?」
「素晴らしい!!」
「血肉が沸き立つなぁっ!!」
そう周りから完成の声が湧く、あるものなどは、その光景を見てほうえつとした表情を浮かべ、またあるものは興奮のあまり鼻息が荒くなる。
「待ってくれ、それをやるなら私のスライムでやらせてくれ!!」
「待った、スライムもいいがうちの………。」
こうして、彼らはきたる血肉沸き立つ見世物に興奮しながら、その内容を自ら練っていくのである。
「全く、こんな連中ばかりでは帝国も先が思いやられるな。」
その言葉な嘆きの言葉ではない、むしろそれはあまりのほうえつと、快感のあまり震えていた。
気づいたのはいつだろうか?
知ったのはいつからだろうか?
人の不幸は蜜の味、人の悲鳴、人が苦痛で悶え苦しむのを見るたびに体の中を凄まじい快楽が流れるようになったのは?
やつを告発し、今回の出し物にすることを提案したのはやつの同業者、財務局で働くある貴族だった。
その男はやつに以前とんでもない赤っ恥をかかせられ、復讐の機会を伺っていた。
そして、彼は我々の存在を知った、やつは同類の匂いを嗅ぎつけたのだ。
べつにそこまで不思議ではないだろう?誰しもが、嫌な男、嫌なやつら、嫌な何か、それが苦しみ、悶えるたびに快感に打ちのめされる経験は、大なり小なりしているはずだ。
我々はその快感に魅入られてしまった、この世のすべてを手に入れた帝国貴族はこの世の全てに飽きていた、だからこんな道楽にひた走ってしまうものは少なくない。
あぁ、と、男は先程の快感の余韻に浸っていた、明日の見世物の内容を決めたあと我々は残った時間で食事を楽しみ、音楽を楽しみ、そして口を開き、雀の涙ほどの反論も許されない男に対し無数の罵詈雑言を浴びせる快楽に浸った。
素晴らしい、最高じゃないか。
さっき、私はこう聞かれた。
「補佐様、公爵補佐様、私は時々心配になります、奴め、気に入らないやつではありましたが、それなりに仕事はできるようでした、今まで出し物にしてきた連中の中にも、有能な人間は少なくない数存在します、そんなにたくさんの有能な人間を殺して回って、果たしてよろしいのでしょうか。」
私は、確信を持って答えたものだ。
「馬鹿なことを言ってはいけない、有能なものほど、苦しんで、苦しんで、苦しむたびに背筋がゾクゾクするのではないか。」
………あぁ、有能といえば、“あいつ”は今どうしているだろうか?
あぁ、あのとき背筋を走った快感に勝るものをいまだ味わったことがない、どれほどの美酒を飲み干そうと、どれほどの豪華絢爛な料理を食そうと、暗いことに手を染めても………。
「失礼します。」
「なんだ、部屋に入るなといったはずだが?」
「はい、それが、この度暗殺されたクラストリッツ公爵の代わりに家を公爵補佐にしてブランツ商会会長である貴方様、チャールズブランツ様が引き継ぐこととなりました。」
「そうか、素晴らしいな。」
「それと、今度の戦争が始まってからはや3ヶ月が経過しました、状況は芳しく無く、かなりの数の兵士が死んでいったそうです、それを聞きつけた教会が、聖女を派遣するとかのたまっているようで………。」
「まったく、うるさいやつだ、そんな細かいことは知らぬ、知らぬ、さっさと出ていかんかっ!!」
そう私が一喝すると、執事は凄まじい速さで部屋を出ていく。
「そうか………ついに私が公爵か………。」
「………教皇様、前回あのようなことがあったのに、再びサーラ様を戦地に送ってもいいのでしょうか。」
そう、太陽が沈み、ろうそくの光のみが照らしている会議室に声が響く。
「いいんだ、私は前回のことでよくわかった、サーラの能力は知っているかね?」
「………はい、すべての生物から悪しき感情を浄化する能力でしたか。」
「そうだ、私は、これから続くであろう戦乱の時代において、彼女こそが最も重要な存在になるだろうと固く信じている………。」
「そうなりますかね?果たして。」
「あぁ、きっとなる、これから、人の悪しき感情が大陸中を駆け巡り、烈火のごとき戦乱が己すらも焼き尽くす、そんな時代が、きっとくるはずだ、そして、その時こそ、人々の心を救済する存在が必要なのだよ。」
「聖女様の護衛をまた私がぁっ!!?」
「そうだ、ハインツ中尉。」
俺に再びあの仕事が舞い込んできたのは、しばらく事務に回されていた中でのことだった。
「しかし………私は、前回の護衛作戦で、みすみす聖女様を」
「失敗は誰にでもある、それに君は、その聖女を再び襲撃者の手から奪還してきたじゃないか。」
「………まぁ、そうですが………。」
「今回は君の指揮する一個小隊全員で護衛しろ、予定では聖女は戦地の奥の方まで向かう予定だからな。」
「………ハッ。」
ゲリストリ王国は、帝国本土の東に存在する大国であった。
各地を植民していった帝国と違い、彼らは貪欲に本土の周辺、我らが根を貼るヨールリガ大陸周辺に領土を拡大し続けた。
その結果、いまでは帝国より東のヨールリガ大陸国はすべて消滅し、吸収された、ゲリストリ王国の圧倒的な軍事力に誰も逆らえるものが存在しなかったのだ。
いまでは大陸を帝国と二分するようになり、植民地政策にも影響が出るようになっていた。
今回の戦争にあたり、帝国は巨額の軍事費を捻出し、30万人の大軍団を編成した。
敵軍も15万人ほど出してきているが、数においては全く敵わない、質も帝国軍が上だった。
「敵は高地に防御陣地を構築し、迎撃の構えを見せています。」
「どうする?」
「迂回もできないこともないが、後ろから刺されるのはゴメンだ、なにか策がない限りはここを落とさなければならないだろう。」
こうして、帝国軍はゲリストリ王国に前進後、高地の防御陣地前で停止、ラージア高地の戦いが切って落とされる。
何よりもまず行われたのは圧倒的なまでの準備砲撃だ、帝国軍はこの数十年でこうした兵器の量産を進め、火砲をおよそ3239門、機関銃に至っては7万丁用意するに至る。
「撃てぇ、撃てぇ!!!」
連日連夜、一切止むことなく砲撃は続く、帝国軍はこの大規模な準備砲撃のために何年も前から砲弾を貯蓄していたのだ。
数日後、帝国軍が一歩外を出れば、凄まじい破壊のあとが見えただろう、大地はすっかり耕され、穴でボコボコになっていた。
その荒野を駆け抜けていく集団が存在した、帝国軍の歩兵部隊であった。
彼らは何千人も集まって高地を急いで登ってくる。
1人、きっちりとした制服をまとう士官が叫んだ。
「急げぇ、うち下ろしてくるぞ!!」
彼らが心配するのはそこだった、上から銃撃を浴びせられた場合、高所の有利があり、しかも相手は陣地に隠れていて、挙げ句泥沼に足を取られて移動もままならない。
各地でパラパラと銃撃音が鳴り響く。
上からどんどん銃火が降り注ぐのだ。
そこにいた兵士たちの肉片が、血が飛び散り、あっという間になぎ倒されていくのが見える。
だが、兵士たちは足を止めずに突進を続ける。
決死の覚悟で陣地に走り、あるものは手榴弾を、あるものは銃弾を浴びせた。
ボン、ボンと、陣地の屋根が吹き飛び、土煙が視界を奪っていく。
地獄、地獄だ。
いつ爆発で吹き飛ぶか、いつ銃弾に撃たれるかわからない、死と隣合わせの極限世界。
ある兵士が、吹き飛ばされた防御陣地のあと地に銃弾を避けるため避難して、絶句した。
無数に飛び散っている肉片、臓物、焼け焦げた死体、吹き飛んだ死体。
その兵士は思わず後ずさり、がむしゃらに走って陣地からはいでたその瞬間、頭にきれいに銃弾が入り、悲鳴も挙げずに突っ伏した。
地獄とかしたその中を走る、銀色のゆらめき、それは銀色の鎧をきた集団が戦場を高速で駆け抜けているところだった。
正規軍とは別に、各地の貴族が養成している騎士団である、彼らは極限まで魂を鍛え抜き、体を鍛え抜いた精鋭たちだった、その鎧の重さ、約70kg、しかし馬を片手で持ち上げる怪力の持ち主にとっては布の服と大差はない。
防御のための結界魔法もはらずに、頼りの鎧で銃弾を弾きながら進む騎士団、彼らは太古の昔よりその絶対的な力を持って戦場でいくつもの伝説を作ってきた。
「騎士団が到着したぞ!!」
そうひとりが叫ぶと、周りで戦いに夢中になって気が付かなかった兵士たちが歓声を上げる。
彼らにとっても騎士団とは最も頼れる存在である、それだけで士気もあがり、浮足立っていた兵士が果敢に突撃を始める………。
「いいか、よく聞け、ガントはB班を指揮せよ、ゲロスはC班、セリアは俺のA班の副官だ。」
「はいはい、副官副官、どーせ私なんて、上級騎士になったって部隊指揮なんか無理ですよ〜だ………。」
銀色の騎士達が散開していき、恐るべき武力を行使し始める、銃弾は弾き、あっという間に追いつかれ、爆発物は避けられる、剣が振られるたびに二人、三人が同時に死んでいく、まるで草刈りのように。
「ハァッ、ハァッ!!!」
彼女、セリアも援護に入り、次々と敵をなぎ倒していく………。