Episode47 Me and me -私と私-
全身から魔力を立ち昇らせるセリーナを見詰め、頼都はふと視線を遠くへと飛ばす。
「…そうか。そっち側を選んだのか」
どこか疲れたようなその声に、セリーナは苦笑した。
「ええ…これが私が導き出した最適解ってわけ」
「セリーナ…」
鏡像妖精のセリーナが、心配そうな声を上げる。
それに振り返り、セリーナは微笑んだ。
「大丈夫よ。後悔は無いわ、お母さん」
ふと、東の空から白い光りが伸びる。
いつのまにか月は沈み、空は深い青の眠りから白い目覚めへ移ろうとしていた。
「エアハート家は」
頼都に向き直り、セリーナは続けた。
「かつて、優れた魔術師を生み出す家系だった」
「…」
無言のままの頼都。
セリーナの独白は続く。
「その大きな原動力なったのは、妖精達との契約よ。彼らの血を取り込むことで優れた魔術師を輩出していたわ」
「それが盟約とやらの内容か」
頼都の問いに、頷くセリーナ。
「私達だけに利点がある内容だと思うでしょう?でも、この盟約には妖精達にも利点が存在したの」
セリーナは背後に立つもう一人セリーナを振り向いた。
「種族としては衰退するだけの妖精族…その種としての延命を、人間の血や身体を取り込むことで図ったわけ」
「その手法が『取り換え子』というわけか」
セリーナは再び頼都を見やった。
「そうよ。そして、この私が選ばれた」
そこで、セリーナは悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、予期せぬ出来事が二つ起こったの」
「へぇ」
頼都が口角を上げて笑う。
「大体予想はつくが…お聞かせ願えるか?」
「予想つくんだ…長生きすると、勘も良いのね」
皮肉を込めてセリーナが言った。
「…一つは取り換え子として人間界に送られた妖精の娘が、病気で死んでしまったことよ」
「…黒死病でか」
「ご名答」
頼都の言葉に頷くセリーナ。
「14世紀の話だけど、当時の大流行で一億人が死亡。全世界の約20%の命をだけでなく妖精の命すら奪ったというのだから、本当に凄い病気よね」
「14世紀と21世紀じゃえらくタイムラグのある話だな?」
「そうね。でも、妖精郷と人間界じゃ時間の流れに隔たりがあるのは、貴方もご存知じゃなくて?」
そこで、頼都はチラリともう一人のセリーナを見やった。
「成程な。で、その死んだ娘の母親がそこのそっくりさんってわけだ」
頼都の視線を受け、もう一人のセリーナが怯えたようにセリーナの背後に隠れる。
「だが、分からねぇことがある」
「何かしら?」
セリーナが髪を掻き上げる。
どこか余裕のある態度だった。
「何故、そいつはお前さんと同じ顔をしている?それに…」
頼都の目が細く鋭くなった。
「お前さんの両親は何故殺されなきゃならなかった…?」
暁光が増す。
まるで、世界の全てを明らかにしようとするように。
その暴力的な光を背に受けて、セリーナはフッと笑った。
「全ては偶然なのよ」
「何?」
「お母さんと私…顔が全くの瓜二つなのは、本当に偶然だったの」
風がセリーナの髪を揺らす。
「遠い昔、妖精の血を受けたエアハート家が孕んだ業なのか分からないけどね」
セリーナは揺れる髪を手で押さえて続けた。
「前に話した昔の記憶…森の中で私を誘った『もう一人の私』はお母さんだったのよ」
「私達の出会いは、きっと運命だった」
怯えつつも、もう一人のセリーナが口を挟む。
「鏡像妖精の子である、死んでしまったあの娘も私と瓜二つの姿だった!そして、あの娘を失った私の目の前にこのセリーナが現れた…!」
胸をかきむしるようにしながら、もう一人のセリーナが訴える。
「私達妖精は神を信じていない…でも、セリーナと出会ったその瞬間、私は死んだあの娘が生まれ変わって来てくれたと…神の導きに感謝したわ…!」
そう言うと、もう一人のセリーナは背後からセリーナを抱きしめた。
流れる涙が、朝日を受けて煌めく。
同じ顔をした二人が、片方を抱き締め、もう片方に抱き締められるその姿は、ありえないながらも幻想的な美しさを放っていた。
「セリーナ…貴女は間違いなく私の娘!もう二度と離さないわ…!」
「お母さん…」
回された腕を抱き締め、目を閉じるセリーナ。
そんな二人に、頼都は冷酷に告げた。
「だから、殺したのか…セリーナの両親を」
奇しくも、二人のセリーナが同時に頼都を見据えた。
一人は怒りと憎しみを。
一人は無表情で。
その目に言い表せない何かを湛えたまま。
「人間は私の娘を奪った。なら、同じことをしてもいいでしょう?」
もう一人のセリーナが怨嗟を吐く。
「あの二人は、この娘を迎えに来た私を退けようとした!この娘は私の娘。誰にも渡しはしない…!」
「お前の娘を奪ったのは人間じゃあない。ただの病だ。それに、セリーナの両親は、かつてお前達の妖精郷に消えた自分の娘を、今度は守ろうとしただけだ」
頼都の右手が燃え上がる。
「一応、同情はしてやるが…エアハートの一族には借りがあるんでな」
ゆっくりと掲げるその掌の炎が、頼都の顔に陰影を生む。
そこに浮かぶ炎魔の凶相が、二人を身震いさせた。
「悪いが、ここで決着は付けさせてもらうぜ」
炎が刃のように細く鋭く変化した。
「…最後に聞いておく」
セリーナに問い掛ける頼都。
「お前さんは、本当にセリーナか?それとも、そこの鏡像妖精の娘なのか…?」
「私は私」
セリーナは迷いなく答えた。
「人間として生まれ、妖精の元で生きた取り換え子。それだけよ」
頼都は目を閉じた。
「…今ならまだ、人間の世界で生きられるぜ?」
それにセリーナは薄く笑う。
「言ったでしょう?これが最適解なの」
差し込む朝日が強さを増した。
逆光となったセリーナの表情は、もう頼都には見えなかった。
「人と妖精の世界を知った私に、この世界は何もかもが息苦し過ぎた」
光の中で、セリーナは静かに告げた。
「…いつかの問答にあった『ライプニッツの神の存在証明』の破綻、覚えている…?」
そっと目を開く頼都。
「全知全能の神の野郎が、この世界を何故創造し、何故修正せず、何故放置するのか…」
「あれって、簡単な答えだったわ」
セリーナの右手が上がる。
そこに集う膨大な魔力は、頼都に向けられていた。
「神様はただのサディストなのよ。きっと私達が争い、悩み、苦しむ姿しか夢見てないんだわ」
魔力が満ちた腕より、暁光すら霞む光が放たれる。
それが頼都の姿を胸板を貫いた。
が、その姿は霞む。
残像を残して魔力光を回避した頼都は、凄まじい速度で二人のセリーナに肉薄すると、その炎の刃を無慈悲に振るった。
「違ぇねえ」
風が吹く。
その中には何かが焼けただれたにおいが混ざっていた。




