Episode46 End of the night -夜明け前-
「…あ、貴方…正気…!?」
夏至祭の月明かりの下。
黒く影を落とす森に囲まれる中、セリーナの姿をした鏡像妖精が口元を押さえて唸く。
その視線の先には頼都(鬼火南瓜)が立っている。
黒いライダースーツのようなジャケットが足元の影を濃くしていた。
だが、目を上げれば本人の半身は紅に染まっている。
理由は一目瞭然だ。
頼都は拳に宿った炎を収めると、自らの手で心臓を貫いたのだ。
口から大量の鮮血を吐き、前屈みになる頼都。
それを見守る“動屍人”の小隊「チームZ」の面々がざわつく。
「隊長!?」
「うわ、ソレ痛いやつ…!」
「ここでまさかのセルフハートキャッチ」
「隊長の血、キレイ…♡」
「あたしは心臓より肝臓派だなー」
「食うの前提ヤバすぎwww」
「舌の価値を分からん奴め」
隊長が負傷したことへの動揺よりも、場違いな声が多いことに、頼都は脳内で嘆息する。
所詮は“動屍人”
一般常識も腐乱気味だ。
「正気かと聞かれれば…自身がねぇな」
血反吐を吐きつつ、不敵に笑いながら顔を上げる頼都。
かすんでいく視界の中に、動揺した鏡像妖精ともう一人の自分が映る。
胸部をえぐり通した衝撃と、失血により朦朧とした意識を何とか保ちつつ、頼都は一歩踏み出した。
「けど、コイツが一番手っ取りばやい…!」
そう言うと、頼都は自らの胸から手を引き抜いた。
ブチブチと血管と肉が裂ける生々しい音が響く。
凄惨極まるその行為の後、頼都は手にしたものを掲げた。
それは心臓のように脈打ち、燃えくすぶる石炭のように火の粉をまき散らしていた。
それを目にした鏡像妖精が息を飲む。
「それは、まさか…」
「そのまさかだ」
血まみれになりながら、頼都は凄惨な笑みを浮かべた。
「コイツは滅多にお目にかかれねぇぞ。有り難く拝みやがれ…!」
言うや否や、頼都は疾走した。
「そして、食らいやがれ!点火…!」
瞬間、頼都の手にあった黒い塊が炎を噴き上げる。
炎は駆け抜ける頼都の全身をあっという間に火だるまにした。
しかし、頼都は立ち止まらない。
全身を焼く業火をものともせずにもう一人の頼都へと突進する。
それを見たもう一人の頼都は、慌てたように拳の炎を燃え上がらせ、迫りくる頼都へと放つ。
が、頼都の手にした黒い塊は、放たれたそれを一瞬で飲み込み、さらに火力を膨れ上がらせた。
「そんな火花がこの“煉獄の石炭”に聞くと思うか?」
頼都が薄く笑う。
「お前も俺なら、出して見せろよ。その身体に宿したコイツをよ…!」
炎の中で頼都の笑みが深くなる。
それは凶悪な炎の悪魔のような陰影を浮かび上がらせた。
それを目にしたもう一人の頼都は、今までにない反応…恐怖の表情を浮かべ、後退る。
そこに炎に包まれた頼都が襲い掛かった。
「逃がすか…!」
手にした灼熱の“煉獄の石炭”で、もう一人の頼都の胸板を貫き通す頼都。
瞬間、炎の勢いがさらに増大する。
「猛火…!!」
頼都の体がより強い炎に包まれた。
煌々と燃え盛り、夜を焦がす地獄の業火。
それはもう一人の頼都だけでなく、足下の地面すら焼き焦がしていく。
放たれる猛烈な熱に、思わず顔を背けていた鏡像妖精。
やがて熱が収まり、顔を戻す。
その先には、焼け焦げた地面と自らの胸に開いた穴へ煉獄の石炭を戻す頼都の姿があった。
傷を強引に塞ぐ頼都を見ながら、鏡像妖精が震える声で問う。
「…あの子は…もう一人の貴方はどうしたの…?」
「せっかくの夏至祭だからな」
深刻な傷にもかかわらず、頼都は薄く笑って続けた。
「火柱役になってもらった。もっとも、一瞬で蒸発しちまったみたいだが」
それを聞いた鏡像妖精が戦慄する。
「あの子は完全に貴方そのものだったのよ?それを…あんな風に殺すなんて…信じられない…!」
鏡像妖精が創り出す鏡像存在は、まさに対象そのものとして現界する。
身に付いた経験や記憶、細胞や分子レベルまでまったくの瓜二つ。
複製でもなければ“二重に出歩く者”でもない。
完全なる「もう一人の存在」なのだ。
ゆえに両者が争えば、まるで鏡像のように相打ちになり勝敗はつかない。
不死たる存在である頼都の場合なら、その戦いは千日を経過しても終わらない永遠の闘争になるはずだった。
だが…この男はそれを超越した。
不死たる鬼火南瓜だが、生命を宿す存在である以上、死を忌避する本能はどうしようもないほどにその身に刻まれているはずなのだ。
しかし、この男はそれをあっさりとねじ伏せた。
自らに迫る死神の鎌すら眼中にないほど、自らの心臓を貫き、不死の源である“煉獄の石炭”を躊躇うことなくえぐり出し、不可避の炎で自分の鏡像を焼き尽くしたのだ。
それも、自分ごと。
「く、狂ってる…貴方、正気じゃないわ…!」
おぞましいものを見るように後退る鏡像妖精。
頼都は懐から煙草を一本取り出すと、指を鳴らして着火させ、口に咥えた。
その表情は「少し厄介な仕事を片付けた後の会社員」のそれだった。
「そりゃ狂いもするさ。何せ時間だけは掃いて捨てきれないほどある」
煙草を一吸いし、紫煙を吐いてから頼都はうざったそうに髪をかき上げた。
「何をしても死ねないんだ。なら、生きることだけで狂うには、十分な理由だと思わねぇか?」
「…」
無言になる鏡像妖精。
いまさらながら、自分がとんでもない怪物の前にいることを自覚する。
「まあ、俺の正気が云々はともかく…」
まだ長い煙草を一瞬で消し炭にすると、頼都は鋭い視線で鏡像妖精を見やった。
「ここまできたら一切合切吐いてもらうぞ、物真似野郎」
凄まじい殺気が頼都から放たれる。
その殺気に鏡像妖精は息をするのも忘れるほど恐怖した。
その時だった。
「そこまでよ」
凛とした声が響く。
背後に目を向けた頼都は、そこにたたずむセリーナを認め、眉根を寄せた。
「…どういうことだ、これは?」
殺気を収めつつ、しかし油断なく頼都はセリーナへと向き直った。
「メアリーが護衛についていたはずだ。あいつはどうした?」
空気に緊張がみなぎる中、セリーナは静かに頼都に歩み寄った。
その表情はどこまでも静謐だった。
そして、頼都が初めて目にする表情でもあった。
「お前…」
頼都が何かを口にしかけた。
その横を通り過ぎる瞬間、セリーナはそっと告げた。
「安心して。あの娘なら無事だし大丈夫。すぐにこの世界に戻って来れるわ」
そうして、セリーナは鏡像妖精の前に立った。
「セリーナ…」
憔悴した鏡像妖精の台詞を遮るように、セリーナは首を横に振った。
そして、
「あとは任せて…お母さん」
そう告げると、セリーナの全身から膨大な魔力が立ち昇った。




