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第二話「愛なんて全て捨てて」

「お前なんか、子どもだと思ってないから」


電話越しの冷たい父親の声。

この時もそうだった。


心ってどこにあるの?

目に見えないもののはずなのに、どうして傷付いた言葉を投げられたら胸の辺りが痛むのだろう。

規則正しいリズムを打っていた脈拍は、突然大きくなり、不規則にドクンドクンと鳴り響く。


高校1年生の冬。

心音の両親は離婚することになった。

普通の家庭だったし、両親は仲が良かった。

特に、母親は厳しかったけれど、父親はとても優しい温故な性格だった。


そんな父親から言われた一言が未だ鮮明に耳に残っている。




中学生の頃。

成績優秀だった心音はよく母親から自慢の娘だと言われ続けていた。

テストで良い点数を取れば喜んでくれた。

だから、もっと頑張ろうと。


それでも、人間である以上、いつも成績優秀な訳ではない。

調子が悪いときもあって、80点を取ればため息をつかれ、70点を取った時なんかは蔑んだ目で見られ頭ごなしに怒られたりもした。


見捨てられたくない。

怒られたくない。

親を喜ばせたい。

その一心でとにかく勉強に明け暮れる毎日。


両親が笑ってくれることが自分の幸せであり安心する場所だった。


それでも、息が詰まりそうな時もある。

勉強の休憩時間には、そっと音楽をかけたり、漫画を読んでリフレッシュしていた。


大好きなバンドの曲。

大好きな漫画。


それだけが唯一の心安らぐもの、時間。


曲を聴けば、歌詞に救われたし

漫画を読めば、登場人物の心情に深く共感したり。

そうやって、心の安心を保っていた。


しかし、そんなことをすればくだらないことだと、母親にはたくさん好きなものを捨てられてきた。

だから、何度も集め直してはこっそりバレないよう、夜中に楽しんでいた。


それでも、親の期待に応えたかった。

当時は親が全てだったし、厳しかったけれど、確かに愛されていたと思っていた。


だって、二人が愛し合って生まれたのが子どもなのだから。


けれど、趣味や好きなものを否定され続けた心音は、自分なんか要らない存在なのではないかと不安になる時もあった。


親の期待に応えなければ、自分には価値がない。



見捨てられるのが恐くて

諦められるのが悲しくて

見放されたくなくて、必死に必死に生きてきた。



それでも、出来の悪い日は、頭ごなしに怒られる。


「私って何なんだろう」


初めて死にたいと思ったのは中学2年生の頃。

自分なんかいなければ良かった、と毎日死にたいと願うようになった。


それでも、自殺なんて恐ろしくて出来やしない。

だけれど、誰にも言えないこの苦しみをどうにかしないと潰れそうだった。


「あ」


夜中の2時。

無意識にカッターナイフに手を伸ばしていた。

気付けば自身の腕をゆっくり切り刻んでいた。


プクリ、と切り傷から溢れる血。

なんだかちゃんと生きている気がして、冷静になれた。


自分に価値が無いとしても、生命活動だけはしっかりしてくれているということが、流れる赤を見ていると痛感した。


そんな風に、誰にも気付かれないように、苦しいときは自分を切り刻んで安心するようになった。

死にたいと思うだけ。

この程度で自殺なんかできるわけないのも分かっている。

でも、どうしようもなかった。

自我を保つのにはそれしかなかったのだから。


やっとの思いで、受験も終わり、良い高校に入学することが出来た。

両親も、祖父母も、家族はみんな大喜びしていた。


良かった、みんなが喜んでくれている。

幸せだ。




そう、思っていたのに。




「お前なんか、子どもだと思ってないから」


大好きな父親から放たれた言葉。

仲が良かったはずの両親の歯車は、いつの間にか噛み合わなくなっていたのかもしれない。


父親の借金、不倫が発覚した。


あんなに優しかった父親の姿は、もうどこにもなかった。


今思えば、母親が厳しい人だったから、父親も苦しかったのかもしれない。

良い父親でいようと、完璧でいようと、愛されたかったのかもしれない。

そんなの、本人じゃないから分からないけれど。




離婚することが決まってから、心音は毎日が苦しかった。

突然の生活が失われること。

今までの幸せが一瞬で無くなってしまったこと。


それでも真面目に学校へ行っていたものの、心の傷は深く、突然涙が流れることもあった。


「心音、どうしたの? 大丈夫?」


クラスメイトが心配して声をかけてくれた。

そうだ、一人じゃない。

友達がいるじゃないか。


「実は、親が離婚してね…」


純粋に聞いてほしかっただけなのに、友達の反応は良くないものだった。


「え? そ、そうなんだ。でもあんまり学校で泣かないほうが良いよ、悲劇のヒロインだと思われちゃうよ」


「ちょっと重すぎるよね、そういう話はやめな? 虚言癖みたい」


「え」


そんな、つもりはー。


違う、そうじゃない。

そうじゃない!!

聞いてほしかっただけ。

慰めてほしかったわけでも、悲劇のヒロインぶっているわけでも、同情してほしいわけでもない。




そうだったんだ。

辛かったね。

苦しかったよね。


そんな風に傾聴してほしかっただけ。


それ以来、心音は人の顔色を伺い、機嫌を取り、嘘の仮面を被るように生きてきた。


二人が愛し合って生まれたのが子どもなのに、両親が離れたら、自分は愛されていないということな気がして、毎日毎日苦しかった。



だって、そうでしょう?

現に、父親からも子どもだと思ってないと言われ、見捨てられてしまったのだから。


母親も、変わらず心音に厳しく、趣味や好きなものを捨て続けた。


そして、二人は心音が生まれた日にお別れしたのだから。


カーテンの隙間から、朝日が差し込む。

外からは鳥の鳴き声、通学している子ども達の声が聞こえてくる。


ハッと目が覚めると、心音の目からは静かに涙が溢れている。


「またか」


もう昔のことなんて、気にしていないのに。

心のどこかではまだ傷跡は癒えていないのかもしれない。


大人になって気付く、色々なこと。

自分は愛されたかったということ。


両親の離婚以来、自分は誰にも愛されていないという気持ちが心を占拠していたのかもしれない。


愛を知るには、誰かと付き合えば分かるかもしれない。

交際相手がいた時期もあったが、上手くいかずに結局別れてしまう。


みんな、結局離れていく。

別れを選択していく。


愛なんかないんだと、絶望を知る。

誰も分かってくれない。

誰も私を必要としてくれない。


めちゃくちゃになって、身体だけの付き合いをした時期もあった。

誰にも必要とされないのならば、もういい。


身体だけでも必要とされるならば幸せじゃないか。


そんな馬鹿な思考回路になったこともある。

けれど、それはもっと愛を遠ざけ自分を傷付ける行為だ。


その時は満たされても寂しさしか残らない。

何やってるんだろう、と自己嫌悪する日々。


それから内省し、誠実に前を見て生きるようになった。

そうしていくと、そこにはたくさんの幸せが落ちていることに気付く。

仕事のやりがい、ありがとうと言われる温かさ。


そんな風に生きていれば、温かい人間関係が築けることも知った。


そんな中で心から愛する人とも出会うことができたものの、過去の異性関係の事実のせいで、結局またお別れしてしまった。


心音は今を誠実に生きている。

それなのに、過去の呪縛が邪魔をする。

人生も、仕事も、恋愛も全て。


こんな自分は、生きていてはいけないのだろうか。

それでも、死ねるわけでもない。


外は強い日差しで、汗ばむくらいの気温の中、心音は今日も薄手の長袖に腕を通し、仕事の準備をした。

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