第一話 「心の音」
「裏切り者」
「嘘つき」
でもー…
「もういいよ」
ああ、これで何回目だろう。
いつだって自分の前からいなくなる人はみんなそうやって離れていく。
目の前から、いとも簡単にシャットダウンされて、はい、終わり。
それで相手が満足なら、もう何も言うまい。
去るものは追わずってよく言うでしょう?
だから、それで良いのよ。
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いつものように朝が来る。
カーテンの隙間から少し漏れる朝日と、外からは時間が人と共に流れ出す活気の音。
天草心音は気だるい体をゆっくりと起こした。
「おはよう」
一人暮らしの狭い空間に、心音は宝物のうさぎのぬいぐるみに挨拶をした。
排泄、洗顔、歯磨き、更衣。
会社に行きたくないと思いながらも、長年のルーティンに勝手に体は動くものだ。
朝食は取りたくない、けれど仕事のために、無理やり口に入れ咀嚼し飲み込む流れ作業を繰り返し、ようやく重たい体を動かし外へ出た。
歩いていると、純粋無垢な学生達の笑い声、誰かと共に歩く人達、自転車や車の音が一気に耳から入り込み、鼓膜を通して頭が痛くなる。
そっとイヤホンを付ければ、そこは一気に自分の世界に広がった。
好きな音楽を聞いている時は良い。
背中を押してくれる歌詞、重たい楽器音が複雑に重なりあうのに不快ではない音。
心地好くて、なんとかそうやって会社へと向かった。
「おはようございます」
職場の人とすれ違えば、聞き取れるか取れないかの心のない挨拶が行き交っている。
ただしとけば良い、という流れ作業。
まるで朝食を食べているときの心音のように。
心音は役所の福祉課で勤務している。
かれこれもう10年はいるが、まだまだ分からないこともあり、なんとか試行錯誤しながら真面目にやってきた。
福祉課にいると、色々な相談や案件が回ってくる。
ここに来る人々は、高齢者から子どものことまで幅広い。
また、複雑な環境に身を置いている人たちも多くいる。
心音はそんな人達の救いになればとひたすらに最良の策を考え提案している。
今日も、片親家庭の方や高齢者の方達の相談窓口として対応し続けていた。
「ありがとうございます、こんなに親切にして下さる職員さんがいて助かりました」
「いえ、とんでもないです。また何かあればいらして下さいね」
仕事はかなり大変だが、やりがいはある。
相談に来る人々は、いつも笑顔で感謝してくれる。
それだけで、もっと頑張ろうと思えるのだが。
「天草さん、ちょっと」
「はい」
一段落終え、ちょうどお昼時になると、上司から呼び出された。
「天草さん、もう少しテキパキやってくれない?あなたの窓口だけいつも遅くて困るのよ」
そんなことを言われても、相談内容は複雑なものばかりなのだ。
いい加減なことをしていたら、孤独死や虐待にも繋がり、下手をすれば人の命にも関わることもある。
「でも」
「天草さんって、そういうところが良くないのよね。もういいわ、とにかく現場のことを考えながらやってちょうだいね」
ああ、まただ。
こちらの言い分を聞いて欲しいと思っても、そうやってみんなシャットダウンしていく。
言った方は良いかもしれない、だって、すっきりするだろう。
じゃあ、言われた方は?
言われた側の気持ちは?
聞いてくれないままシャットダウンして、はい終わり。
(もういいや)
そうやって諦めていく。
自分が我慢すれば、その場が収まるならそれで良いやと、心音は溜め息をつきながらも昼休憩に入ることにした。
休憩室では同僚や他の部署の人達で溢れかえっている。
それが嫌な心音は近くの公園でおにぎりを頬張った。
ボーっと空を眺める。
気持ちの良い自然達に癒されていると、他の部署人が数人で歩いていた。
「知ってる? 福祉課の」
「ああ、仕事できないって有名の?」
「そう、福祉課のせいでこっちも迷惑なんだよな。仕事押して午前中もひどかったし」
「もうベテランだろ? やばいよな」
「でもさ、ベテランって言ってもやらかすときはやらかすじゃん? どうせまた同じ失敗するって」
「過去にやらかした奴って信用ならないからな~。でもさ、そんなことがあったのに、よくあそこにいられるよな」
ドクン、と心臓音がうるさい。
一気に全身の血の気が引いていき、手足は冷たくなって身体が震え始めた。
心音は昔、福祉課に入った頃、重要な案件に立ち会ったことがあった。
生活困窮者の相談を受けたのだが、うまく報連相が出来ていず、対応が遅れてしまったのだ。
そのせいで相談者は孤独死してしまい、ニュースにもなった。
心音は一生懸命に取り組んでいたのだが、上層部との連携がうまく取れていなかった。
難しい案件だったため、他の先輩や同僚にも相談したのだが、誰も助けてはくれなかった。
その結果、なんとかしようと自分で考え最善を考案したのだが、時は既に遅く。
何もかも心音のせいにされたのだった。
自分の言い分を説明しようとすれば、どうせ言い訳だろう、と、誰も聞く耳も持ってくれない。
それでも、大好きな仕事だからと毎日頑張っているのに、周りからはそういう目で見られ続けていた。
(もう、いい)
味のしないおにぎりを食べ終わり、そのまま気持ちを押し殺してなんとかその日の業務を終えた。
疲労困憊。
さっさと帰路につく。帰宅ラッシュの雑音にまた頭痛が押し寄せる前にイヤホンを付けながら、歩く。
とにかく早く自分の空間に戻りたい。
家に帰るとうさぎのぬいぐるみだけが出迎えてくれた。
「ただいま」
ここだけが自分を守れる空間。
誰にも入れない場所。
話を聞いて欲しい人もいない。
聞いてくれる人もいない。
友達も、恋人もいない。
たった一人。
聞こえるのは自分の心臓音だけ。
'心の音に寄り添える人になりますように'
そんな意味を込めて付けられた自身の名。
心音。
(それは良い。じゃあ、誰が私の心の音に寄り添ってくれるのよ)
ぐちゃぐちゃと過去の過ちや記憶に苛まれながら、ゆっくりと目を閉じた。
(どうしていつも私は、こうなんだろう)
正直に言えば怒られ、失敗すればそういう人間だと見られ、嘘をついて仮面を被れば嘘つき、裏切り者だと言われる。
どう生きたら良いかわからない。
だって、それでも一生懸命やってきた、すべて心音がその時一生懸命考えて出した答えなのだから。
そんなことをぐるぐる考えていると、普段鳴らないスマホが鳴る。
そこには「社会人交流会」「ボランティア」というニュース記事が載っていた。
普段から福祉の仕事をしているせいか、こういったおすすめのニュースが勝手に流れてくるのだ。
目を通していると、興味深い説明文があった。
一人なあなたへ。
中々話す相手がいない方へ。
社会人交流会に参加しませんか?
怪しいかな、と思いきや、れっきとした会のようだった。
確かに、相談者には必要とされているものの、プライベートでは気軽に話せる人もいない。
友人もみんな疎遠になってしまった。
仲の良い友人は遠方にいるし、恋人という存在もずいぶんといない。
家族とも折り合いが悪い。
プライベートで自分は必要とされているのだろうか?
夜は良くない。ネガティブ思考がぐるぐる巡る。
けれど、いつまでも閉じこもっているのも苦しかった。
消えたくなる夜も無かったわけではない。
心音はいつだって、一生懸命で満身創痍だった。どんなに苦しいことがあっても立ち上がってきた。
心臓音が煩い。
今までの自分の過ち、失敗。
自分が関わると誰かを傷付けてしまう。
だからずっと閉じこもってきたけれど。
けれど、それは逆を返せば疎遠になっていった人達のせいにしていることになる。
(もうこんな自分とさよならしたい)
自分を切り刻んだ腕の痕を見つめ、心音はスマホを握りしめたまま、眠りについた。
心音の過去にはたくさんの苦しかったことがあります。徐々にわかっていきますので、最後までお付き合い下さい。




