死合
リューエダオ側からは、シャルロッテからラインハルトへの交代を認める条件として、真剣を使用しての勝負とあわせて、勝利した場合はトゥーマン侯爵家の剣術指南役への取立を希望した。剣術指南の交代ではないが、オノ流が負ければ実質的に面目を失い、指南役は辞退せざるを得なくなる。また交代でないがゆえに、トゥーマン侯爵としても認めざるを得ない。
あれからは全く何事もなく過ぎ、試合当日になった。もっとも、試合が決まってから嫌がらせみたいなことをすれば疑われるのはわかっているので、逆に手出しはできなかったというところだろう。
ラインハルトとジークフリートは二人で道場から城に向かっている。師とシャルロッテは侯爵への挨拶のため先に出た。
「ラインハルト、まー、お前に限って後れを取ることはないと思うが、油断するなよ。それと、いつもの調子でやってくれよ、この間の話ではないが、先生の課題にあまり囚われていると万が一もあるぞ。」
ジークフリートが、ラインハルトの様子をみて、いち早く察知したようだ。
「あぁ、ジークフリート、勝負を優先するつもりだよ。ただ、この機会を活かしたいとは思っている。」
「お前らしくないね。肩に力が入ってる。今なら俺でも勝てそうだ。」
ジークフリートは溜息をつきながら呟いた。
ジークフリートも、ラインハルト以外に負けたことはない。もちろん師とシャルロッテは除くが。
彼は、ラインハルトの「瞬脚」「俯瞰視」やシャルロッテの「無心」の様な特殊な能力をもっているわけではなく、剣技だけで勝負している。師からは、純粋なオノ流剣術を継承できるのはジークフリートだろうと認められてもいる。
二人は城に到着し、修練場近くの騎士団の応接間に通された。控室として準備してくれたものだ。
そこには既に、カイとシャルロッテが待っていた。
「ラインハルト、相手に会ったけれど、只者ではないわよ。勝負に徹しないと貴方でも負けるかもしれないわ。」
シャルロッテはラインハルトの側にきて、真剣な眼差しで言った。
「そんなに強そうな相手なのかい?」
ジークフリートが興味深げに聞く。
「えぇ、隙がないわ。大男で腕前もこの間の刺客の数段階上よ。あわせて、あの嫌な眼。正々堂々とは無縁って感じがしたわね。」
「へー、いいねそういう相手。おれがかわろうか、ラインハルト?」
などと、ジークフリートはお気楽に言っている。
「ジークフリート、ありがとう。大丈夫だよ、負けはしない。」
ラインハルトは、ジークフリートが自分の肩の力を抜こうとしてくれていることはわかっていた。自分でもいつになく「無心」に囚われて固くなっていることに気付いている。しかし、
「超えなくてはならない。」
ラインハルトはそう呟いた。
そんなラインハルトを、シャルロッテは心配そうに見つめている。
それからすぐに騎士団員が呼びに来た。試合開始時間が近づいている。
修練場に着くと、相手方はすでに待ち構えていた。
中央に対戦相手らしき男が立ち、その周囲を10人程の門弟らしき男達が囲んでいる。
「ではラインハルト、我々はあちらでしかと見届ける。」
カイら3人はトゥーマン侯爵ら立会人がいる天幕の方に向かう。
ラインハルトは会場の中央に向かう。腰にはいつもの愛刀を差し、今は気負った様子もない。
中央付近まで進むと、リューエダオ陣営から野次がとぶ。
「なんだ、お飾りの女師範代のかわりに出てきたのが、これまた小僧か。よほど人材不足とみえるなオノ流とやらは。」
そういうと、門弟含めて下品にゲラゲラ大笑いしている。
その中から中央の男が出てきた。先日の刺客が使っていたのと同じ幅広で大きく湾曲した刀・・柳葉刀を両手に持っている。長身のラインハルトよりさらに大きく、横幅も倍近くある。黒い長髪を後ろで束ねて背に垂らしている。細い線のような眼の奥に小さい黒い瞳が見えるが、まるでそう蛇のような眼だ。今にも口から先の割れた舌が飛び出してきそうな印象である。
「小娘を師範代に立てて人集めをして、いざとなると小僧を引っ張り出してくるとはな。死にたくなければここで土下座して詫びろ。そして師範代の小娘を連れてこい。小娘は土下座だけでは済まさんがな。」
その男、ブライアン・リューは完全にラインハルトを舐めているようなことを言ってはいるが立ち姿に隙がない。
前の刺客もそうだが、勝負の前に相手を油断させる戦術はこの流派の定法かもしれない。
しかし、ラインハルトは何も答えない。応える必要もないと思っているように、静かに佇んでいる。
「ふん、死んでも文句はないでいいんだな。おい立会人、そろそろ始めようじゃないか!」
リューは、この試合の立会人、つまり審判である騎士に声をかける。
「承知した。ラインハルト殿もよければ、始めるが?」
「問題ありません。お願いします。」
ラインハルトが答えたと同時に、リューが跳躍し、左手の柳葉刀で袈裟にラインハルトのこめかみを切り下す。
ラインハルトは一歩下がりそれを躱す。
「お、おい待て、まだ開始の合図を出していないぞ!」
審判が制止しようとするが、リューは止まらない。
「その小僧が承知した時点で仕合は始まっている。邪魔だ!」
そういうと、続けて切り下した左の柳葉刀を一歩踏み込み真っすぐに突き出し、これをラインハルトが右に捌いて躱すと、リューは体を時計回りに回転させ右手の柳葉刀でラインハルトの右腰を薙ぎ払う。
ラインハルトがこの回転の斬撃を一歩下がり躱すと、リューは続けざまに左の柳葉刀で首を薙ぎにくる。
ラインハルトはさらに後退して躱す。竜巻のような尋常ではない回転速度の連続斬撃だ。
リューはさらに、跳躍しながら回転し右の柳葉刀で肩口、それを躱されるとそのまま着地し滑りながら前進、間合いに入るとしゃがんだ態勢のまま回転し右脚で脚払いをかける。
ラインハルトが後ろに跳躍し脚払いを躱すと、それを追うようにリューも跳躍し、両手の柳葉刀で同時に上から切り下す。
ラインハルトは着地と同時に左にステップし、柳葉刀を躱すと、腰の刀を抜き打ちでリューの側面から袈裟に切り下す。
迅速の抜刀だった。先日のシャルロッテの技に引けを取らない斬撃である。
しかし、リューはそれを前方に飛んで転がるようにして躱すと、そのままゴロゴロと何回転かしてその勢いで立ち上がり構え、5歩ほど間合いを取った。わき腹を皮一枚切られたようで、道衣が裂け出血している。
ラインハルトは美しい正眼に構えて、静かに佇んでいる。息も切らしていない。
立会人の天幕内では、トゥーマン侯爵一家、騎士団幹部、侯爵領内の地方貴族数人とカイ、シャルロッテ、ジークフリートらオノ一門が試合を見つめていた。
「へー、二刀での回転連撃かぁ。見たことのない技だな。」
ジークフリートは呑気に感心している。ラインハルトが負けるとは全く思っていないらしい。
「今の連撃の間も、反撃する隙は何度もあったのに抜かなかった、いえ、一呼吸遅れて抜けなかった。「一つの太刀」を試しているのね。でも、相手もまだ余力はあるわ。もうそんな余裕はないかもしれないわよ、ラインハルト。」
シャルロッテは独り言のようにつぶやく。
「大丈夫だよ、シャルロッテ。今は普段のラインハルトだ。確かに色々試しているようだけど、冷静に状況は見てるよ。」
ジークフリートがシャルロッテの呟きを耳にして元気づける。
「えぇ、わかっているわジークフリート。ただ、あの男、何か企んでるような気がして。。。」
シャルロッテは、倒せるときに倒さなかったラインハルトの心の隙に不安を感じていた。




