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ブランドリア戦記  作者: 夏見静
アレクサンドラ救国篇
4/82

虜囚

この回は少しつらいお話です。

閲覧注意してください。

2021/6/15 内容を少し改訂しました。ご了承ください。

暗く湿った牢獄の外の、さらに暗い通路に、今日も足音が響いてきた。

ここに繋がれて何日たったのかわからない。日光の届かないここでは、昼も夜もないからだ。

一日一回、牢番が食事を運んでくる。それを頬張り、眠る。次に響く足音でまた一日が始まる。

それを何回も繰り返した。


繋がれているのは皇女だ。いや皇女だったというべきか。軍部のクーデターで皇城を占拠され、

皇帝、皇太子を含め自分以外の皇族は処刑された。ほかの城内の者たちの生死は不明だ。

ここには皇女以外はいないようだ。

牢番がいないときは、ネズミやゴキブリの這いまわる音、天井から滴る水滴の音しか聞こえない。

以前噂で聞いたことのある、城の最下層の政治犯収監、拷問用の区画かもしれないが、はっきりとはわからない。



その日、いつもと同じように一日が始まった。

朝目覚めると、見計らったように侍女たちが入室し、歯磨き、湯浴み、着付け、化粧など一日の準備をする。今日のドレスは、蒼を基調としたマーメイドラインで、裾に少し余裕をもたせ、紺色のフリルをあしらった、上半身はマリーローズの曲線美を活かし、スカートは少女らしさを活かしたデザインになっている。髪を束ね胸元に落とすと、白銀の髪と蒼のドレスの色合いが絵画のように美しい。

水晶を散りばめた首飾りと、紫水晶を散りばめた手飾りをつけ完成だ。


「今日もお美しくあられます、殿下。」


侍女が声をかける。

まさしくエウロットの宝玉だ。見るもの総てが時間を止める魔法に掛かったように眼を離せなくなる、そんな美しさだ。


「ありがとう、ハウラ。あたなたちのおかげでしてよ。」

マリーローズは、自らの美しさを倨傲するところが全くない。自分が美しいとは思っていない、いつもそんな自然体で穏やかな雰囲気が、月光に例えられるような透き通った美しさを冷たく感じさせず、臣下からも敬愛されている理由だろう。


準備を終え、侍女に付き添われて、朝食を取るために小会食の間に赴いていた途中、衛士が後ろから慌てた様子で声をかけてきた。


「殿下、至急自室にお戻りください。現在、理由はわかりませんが城の正面門で近衛兵団と皇都守護師団が戦闘状態になっているようです。皇都を守護師団が封鎖しているとの情報もあります。皇妃、皇太妃、皇女殿下にあられましては、自室で待機するようにとの陛下の御指示でございます。」


そう言うと、衛士は正面門の支援に行くと、駆け出していった。


マリーローズは、状況をもう少し確認したかったが、皇帝の命であれば是非もなく、すぐに自室に引き返す。


「殿下、奥の間にお隠れください。私共が様子を見てまいります。衛士もすぐにこちらに向かわせます。私共がでましたら、こちらの鍵をお掛けください。めったなことでは開けてはなりませぬ」

侍女は、そう言って、パタパタと出て行った。


マリーローズは言われたとおりに部屋の鍵をかけ、奥の間に入った。

窓から外を見る。正面門は見えない位置だが、その付近で白煙が上がっている。

階下に見える中庭に視線を落とすと、多数の武装した兵士がこの塔に入って来るのが見えた。

マリーローズは不安になったが、味方かもしれないと思い直し、侍女の言葉を信じて、守ってくれるであろう衛士が来るのを待っていた。


次第に、外が騒がしくなってくる。

大きな叫び声や、ガラスが割れるような音、何かを打ち付けて壊している様な音がする。

そして、ついに外の扉が大きな音とともに開かれ、叫び声とともに大勢の人の気配がした。


「見取り図によれば、ここが第一皇女の部屋のはずだ。隠れているかもしれん、探せ。」

すぐに奥の間の扉が蹴破られ、兵士達が雪崩れ込んできた。


「いたぞ、第一皇女だ!捕縛しろ!」

マリーローズは両手を捕まれ奥の間から引き摺りだされて、周りを取り囲まれた。


「お前たちは、何者ぞ。これは謀反か?このようなこと陛下がお許しになると思うな!」

マリーローズは毅然と兵達を睨みつける。


「黙れ、国難を招いた皇族は粛清される。お前も同じだ。覚悟するんだな。」

そう言うと、マリーローズを押し倒す。


「謁見の間に捕縛した、皇族、貴族、官僚は集めろとの命令だ、連行するぞ」

部隊長らしき男が、マリーローズを立たせ、引っ張って行こうとする。


「まぁ、待ってくださいよ。連行しろとは言われているが無傷でとは言われていなんでしょう?」

兵士達はそう言うと、ゆっくりマリーローズに近づいていった。



〜 〜 〜 〜


しばらくして、謁見の間に引き摺って行かれ、中央付近で床に放り出された。

瞳は色を失い、表情がない。倒されても声も出さないし、ピクリとも動かない。


目の前には同じように母 皇妃と、昨年輿入したばかりの兄嫁 皇太妃が縛られ転がされていた。

他の城内にいた貴族達も、同様に捕縛されていた。


少し離れたところでは、父皇帝と兄皇太子が、兵士たちに剣や槍を突き付けられて座らされていた。


「マリーローズ!  大丈夫か? な、なんてことをっ!。。くっ。」

皇帝は皇女の無残な姿を見つけると、立ち上がり近づこうとしたが、兵士に蹴り倒されて、踏みつけられ呻いた。


「諸君、ご苦労であった。われれは完全に皇都を掌握した。国を腐敗させていた官僚どもはすでに全員粛清し、

官僚の操り人形であった皇族と貴族も全員捕縛できた。」

「我々の勝利だ!」

ノイマン提督の勝利宣言が謁見の間の壇上から響くと、兵士達は勝鬨を上げた。


「皇帝、皇太子、皇妃、皇太妃はこれから皇都中央広場で粛清する連行せよ。準備を急げ。」

「皇城の財宝は今後の軍資金である。持ち出しは禁止する。その他は好きにしてよし。」

「第一皇女は生かして幽閉しておけ。使い途があるかもしれん。」

「第二皇女は見つけ次第本部まで連行せよ。生死は問わん。確認する。」

上級将校達がそれぞれ指示をだす。


兵士二人が再び皇女の首に縄をかけ、引き摺って行く。美しいドレスは粗末な囚人服に代わっていた。

引き摺られふらつきながら城の地下に続く螺旋状の石の階段を降りていく。

通ったことのない通路だった。どこにつながっているのかもわからない。


行き止まりに到着すると、暗い通路を進み、一番奥の、分厚く、表面に鉄板を貼り付けた

頑丈な扉の部屋に投げ込まれた。部屋に灯りはない。灯りは兵士の持つ松明だけだった。


「この部屋でいいだろう。それにしても臭いな。幽閉といっても、こんなところでどれくらい生きていられるんだ?」

「さあな、長い間忘れられていた場所だ。牢番がいたことも驚きだが。」

松明がなくなると暗闇に閉ざされる、異臭のする石壁の部屋だ。

「まぁいい、すこし楽しんだらささっと戻るぞ。」


~ ~ ~ ~


しばらくして兵士達は、天井の滑車から垂れている鎖の鉄輪をマリーローズの手首にはめ、腕をつり上げた。


そして牢番を呼びつけ、跪かせて命じた。

「おい、お前、いいか、死なないようにしっかり世話をしろ。死んだらお前が処罰されるのは覚悟しとけ。

逃げられても同じだからな。」


「へい、わ、わがりまじた。」「じ、じななければ、す、すきにじでいい?」


「ちっ、まあいい。好きにしろ」兵士達は心底不快そうな顔をした。


「では、しばらく預けるが決して、殺すな、逃がすな、いいな!」そういって戻っていった。


そうして虜囚としての生活が始まった。


牢番は、一日1回、皿に、固くなったパンと、生の芋、焼いた骨付きの何かわからない肉片をのせて食事として

運んでくる。内容はいつも同じだった。

食事の時だけマリーローズの両腕を釣り上げている鎖は降ろされる。

彼女は、それを手で掴み食べる。スプーンやフォークなどない。

水もない。水分は天井から滴る水を、木の粗末な茶碗に受け溜まったものを飲むように言われた。

食べ終わると、再び両手を鎖で釣り上げられてその状態で寝る。

それを、毎日繰り返した。

体は痣と傷だらけになった。

牢番の悍ましい要求に彼女が抗うと、逆上し折檻した。その時についたものだ。両脚は特に酷かった。


不衛生極まりない環境で、ろくな食事も与えられず、衰弱し、やせ細ってきた。

エウロットの宝玉といわれた面影は今はない。


それでも、死にたくなかった。

牢番に服従したとき、皇女としての誇りは失った。

それでも生きていたい。

何故だかわからないが、今はまだ死んではいけないと強く思う。

今のマリーローズを支えているのは、その思いだけであった。

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