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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
完結後 小話
31/31

⑦新婚旅行(4)



≪心配≫



 レイラが森で迷子になった翌日。


 ゼンは浅く早い口呼吸を繰り返しながらベッドに横たわっているレイラを心配そうに見つめた。赤く染まった頬に、額に浮かぶ汗、完全に風邪の症状だ。医者に見せたがやはり診断名は風邪だった。


 恐らく森で体を冷やしてしまったのが原因だろう。

 レイラは滅多に病気にならない健康体で寝込むのは失恋か二日酔くらいのものだったため、風邪で高熱を出すのは約10年ぶり。


 眉は険しく寄せられとても苦しそうな様子に胸が締め付けられた。可哀想で可哀想で仕方ない。


「レイラ、大丈夫か?」


 ゼンはベッドの側で椅子に座りながら何度も濡れた手拭いでレイラの額を拭う。彼女が目を開けてチラリとゼンの方を見れば、彼はガタンッと勢いよく立ち上がった。


「どうした!?水か!?」

「ううん・・・いらない・・・」


 ハアハアと浅い口呼吸が続く。よほど辛いのだろう、声には力が無くぐったりとして動きも鈍い。


 看病している健康体のゼンも何故かレイラのように眉間に皺を寄せ苦しそうな表情をしてしまう。


「わかった!化粧室だな!?」


 ゼンの大声にレイラは険しい表情をそのままに目を閉ざして小さく首を横に振る。矢継ぎ早に話を続けるゼン。


「そうか、汗が気持ち悪いのか。待ってろ、すぐにお湯と着替えを持ってくるから。

脱ぐにはちょっと寒いよな・・・少し部屋を暖めようか」

「・・・いい」


 レイラの掠れた声にハッとする。


「喉が痛いのか!何か飲み物をっ・・・!」

「・・・」

「レイラ!レイラ!大丈夫か!?」


 もう返事をする元気もないレイラに、ゼンは大慌てで医者を呼びに走って行った。

 

 ゼンは医者から静かにしなさいと怒られた。









≪伝えたいこと≫



 翌日になって熱が下り元気になれば、ゼンの甲斐甲斐しい世話はようやく鳴りを潜めた。


 しかしまだ心配で傍から離れられないらしく、ゼンは訓練には参加せず部屋で大人しく本を読んでいる。レイラはそんな彼の横顔をぼーっと見ながら考え込んだ。


 ゼンが自分を見つめるときの視線はとても優しく、同時に焦がれそうなほど熱い。あの視線の意味が今なら分かる。ゼンはただ、レイラをとてもいとおしそうな目で見ているのだ。


 なんで気づかなかったんだろうと、本当に今更なことを思う。ゼンは昔からずっと同じ眼差しでレイラのことを見ていた。ずっとずっとだ。


 今なら分かるけれど、当時はその眼差しの意味を深く考えたこともなかった。

 ものすごく、とても、勿体ない時間を過ごしてしまったのかもしれない、とレイラは体を縮めて俯く。もし自分が早く彼の気持ちに気づいて応えていたら・・・。


「どうした?」


 ん?とゼンは本から視線を離してレイラを見つめる。


 ほら、この目。


「ねえ、ゼン」


 ゼンに恋をしてからそれなりに時間が経った。側に居るだけでドキドキして、触られる度に幸福感に満たされる日々が続く。


 だけどずっと同じではない。レイラは何度も気持ちが冷めるような経験をしたけれど今回は違う、“好き”がどんどん加速していく。ゼンと過ごす時間を重ねれば重ねるほど、好きの気持ちも進化していく。


 もしも最初からゼンと恋愛をしていたならば、今頃自分は一体どうなってしまっていたのだろう。今から10年後は一体どんな風に進化しているんだろう。


「大好き」


 顔から火を吹きそうなほど恥ずかしかったけれど、何故かこの時は言わずにはいられなかった。溢れるような気持ちを言葉にしなければならない、と直感的に思ったから。


 ゼンは口を半開きにして目を見開いて驚く。今までレイラが素面でこのようにはっきりと言葉にすることはなかったから驚くのも当然だった。

 無言のゼンにレイラは恥ずかしそうに俯く。


「ちょっと言ってみただけなの・・・」


 気にしないでという彼女にゼンは掻き抱くようにしてレイラを両腕で自分の中に閉じ込めた。ぎゅうぎゅうに締め付けられ胸に顔が押し当てられて息が苦しいレイラは、藻掻いた末にゼンの首筋から顔を出して大きく息を吐き出す。


「ゼン?」

「俺を嬉し殺す気か?」


 嬉し殺すって何?とレイラはまだ赤くなった顔で苦笑する。


「私が言いたかっただけ。どうしても伝えたかったの」


 顎に手を掛けられ上を向けば、唇を重ねて額同士を合わせる。ゼンの顔はいつもより熱くなっていて、彼の熱にあてられたレイラは夢見心地になって微笑んだ。







 

 



≪来襲≫



 サンザーで過ごすのもあと少し、というある日。急にシージーが訪ねて来てレイラは目を丸くした。


「やっほー!」

「シージー!どうしたの!?」

「旦那が出張でさあ、せっかくだから様子を見に来たの」


 部屋に入ってくるなりフウッと息を吐いてソファに腰を下ろすシージー。


「馬車は腰にくるわー。ごめんね、お邪魔だった?」

「ううん、ゼンは仕事もあるから」


 レイラは笑って首を横に振る。日中は暇だしシージーと久しぶりに会えたので素直に嬉しかった。


「で!?どうだった!?新婚旅行は!」


 聞かせて聞かせて!とさっそくおねだりしてくるシージー。聞かれるだろうな、と予想していたレイラは慌てることもなく淡々と答える。


「よかったわよ、シンプルな暮らしだけどゆっくり過ごせたし。私も久しぶりに楽器に触れたし」


 ずっと練習をさぼっていたので日中の暇な時間を活用した。勘を取りもどすのに少し苦労したが時間は十分にあったので困らずに済んだ。


「ゼン様とはどうなの?ちゃんとラブラブやってる?」

「ええ・・・まあ」


 苦笑して頷くしかない。シージーはニヤニヤしながら「ふーん」と言うと、傍らに置いていた荷物を漁り始めた。


「そんなあなたたちにとっておきの贈り物があります」


 あら何かしら、とレイラはわくわくしながら待つ。シージーは商売人なので中々手に入らない物もよく持ってきてくれるのだ。


 ところが彼女が取り出した“あるもの”にレイラは絶句した。


 黒いレース、赤い紐、申し訳程度の面積しかない布・・・・―――とっても卑猥な下着だ。


「なにそれっ!」


 レイラは途端に真っ赤になって大きな声を出す。こんな物を貰ったって着られるわけがない!と。


「なんで?超人気商品だよ?」

「そうなの!?」


 世の中ではこんな物に需要があるのか、と目を丸くするレイラ。


「刺激的だったものも時間が経つに連れてだんだん薄れていくものよ。マンネリ、ワンパターンで飽きた―――そんなカップルにお役立ちなのがコレ!」

「お、お役立ちなの?」

「当然でしょ!やっぱり雰囲気は変えていかないと!ゼン様だっていつかは飽きてしまうかもしれないじゃない!」


 レイラは口を閉ざして考え込んだ。初心者の彼女には飽きなどというのはまだよくわからないが、玄人のシージーが言うならばそうなのかもしれないと思い始める。


「うーん・・・だからってソレはちょっと・・・」


 ハードルが高すぎる。


 シージーは拳を握って力説した。


「大丈夫よ!ちゃんとあんたに似合うもの用意したから!これでも着やすいようにちょっと控えめなものにしておいてあげたんだからね!

ゼン様喜ぶよ~!?絶対喜ぶよ~!?」


 さすが商売人、推すのが上手い。


 レイラは乗せられかけたが自分がこの下着を着る姿を想像して涙目になりながら首を横に振った。


「無理!無理!ゼンにその下着見られただけで無理!」


 早く処分して!とレイラは手を伸ばしてシージーから下着を奪おうとするも、シージーはひょいっと高いところに上げてレイラの手を躱す。それでも諦めず追いかけて来たので、シージーは立ち上がると走って逃げた。


「渡しなさい!早く仕舞って!」

「嫌よぉ、着るまで諦めないんだから!もちろん後でどうだったか感想聞かせてね!」

「シージーはそっちが本命なんでしょ!?」


 もう!とレイラは真っ赤になって追いかけまわすが逃げ足の速いシージーは中々捕まらない。それでも広い部屋ではないのでバルコニーまで追い詰めることができた。

 レイラは手を伸ばしてそれを奪おうとしたが、次の瞬間、掴み損ねた下着がひらひらと風に乗って飛んで行ってしまう。


「ぎゃあ″あ″あああああああぁぁぁぁぁ!」


 どこから出でいるんだろうと疑問に思うほど凄い声を上げるレイラ。シージーは「あらら」と目を丸くして落ちていく下着の行方を見守った。


「ごめんっ、落ちちゃった!」

「ごめんじゃない!ごめんじゃない!今すぐ取って来てよー!!あんなもの誰かに見られたらどうするの!!」

「んー、・・・でも下にゼン様いるよ?」

「いやああああああああああ!!」


 泡を吹いて倒れてもおかしくないほど発狂したレイラは金切声で悲鳴を上げた。















≪空から爆弾≫



 日課の新兵の指導を行っていたゼンは空からひらひらと風に乗って落ちて来たものを見て、目を点にして固まった。


 ―――かなり扇情的な下着だ。・・・何故?


 新兵の男たちは若者が多い為、免疫のない彼らは顔をリンゴのように真っ赤にする。


 ゼンは反射的に顔を上げて下着が飛んできた方角を見れば、レイラが居るはずの部屋でぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえてきて、犯人はシージーだなとすぐに気がついた。


 ところがだ、新兵の男たちは当然この下着の持ち主がレイラだと思っている。後には笑い話になるかもしれないが、今この場では笑えるはずもなくとても気まずい空気が流れた。ゼンがこれはレイラのじゃないと主張するのも言い訳がましく、どうすることもできなくて額を手で抑える。


「・・・はあ」


 これ、俺が拾うのか?


 どうしようかと悩むゼン。レイラのものだと思われている下着を他の誰かが拾えるわけがない。だからといって自分がこれを人前で堂々と拾うのも色々と疑惑を深めそうで・・・。


「・・・はあ」


 途方に暮れるとはこのことか。


 問題の下着はしばらく誰にも拾われることなく、地面の上で異様な雰囲気を醸し出し続けた。





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