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水精演義  作者: 亞今井と模糊
一章 理術学習編
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08話 理術の特訓と上達

「水のちり 命じる者は 雫の名 かたを作らず 吹雪ふぶいて走れ……『氷雪風乱射ブリザード』!」


 周りが吹雪になった。周りといっても歩けば三歩で吹雪から出られる範囲だけど、大きな進歩だ。


 理術を学びはじめて三ヶ月ほど経った。指南書テキストもかなり進んで、使える理術が随分増えてきた。


 今、僕がいるのは外にある王館の演習場だ。十年もここにいるのに演習場があったことを知らなかったので、あまりの広さに声が出なかった。

 

 住んでいる僕より先生の方が王館に詳しい。きっと淼さまもここで練習したのだろう。


「ほっほっほっ。上級理術も使えるようになったとは、流石に御上が見込んだだけのことはあるのぅ」


 七日に一度か二度の間隔で先生はやってくる。最初は王館に泊まり込むつもりだったらしいけど、通ってくることにしたそうだ。

 

 不安定な波を管理するのが難しいとか、面倒くさいとか、何かモニョモニョと口の中で言っていたけど、詳しくは聞けなかった。多分、聞いても僕には理解できなかったと思う。


 予告なしで来ることもあるので、突然目の前に現れたときはビックリした。思わず練習していた水球ボールを投げつけてしまったのは記憶に新しい。もちろん、軽々と避けられた上に、いい笑顔で硬めの水球を投げ返された。


氷風雪乱射ブリザードは敵から身を守るのにも攻撃するにも有効な手段のひとつじゃが、今の状態だと……うーむ。攻撃にも防御にも中途半端な状態じゃ。防御のためなら自身を中心とする同心円どうしんえん上に波が広がる感じじゃな。まずは中心に集めてみよ」


 理力の流れが分かるようになって疲れも感じにくくなってきた。でもまだ探り探りなので指南書に書いてあるだけでは理解しきれないことがある。


「こうですか?」


 そういう時は必ず先生が修正や追加の助言をしてくれる。今回もようやく覚えた上級理術をまだ使いこなせていない。


「そうじゃ。そこから一気に広げてみよ」

「はいっ!」


 僕の周りの集まっていた氷の粒が一気に散って高速で円を描いている。


「ふむ。上出来じゃな。これで前後左右の攻撃は防げるじゃろう。それを上方に引き伸ばせば上空から敵が来ても攻撃は防げるが、この術の欠点は自分の視界も悪くなることじゃ」


 この吹雪を突き破って近づいてくるのは難しい。けれど中にいる僕にとっても周りの状況が掴みにくい。気づかない間に吹雪を突破して来られたら対処できない。


「確かに。ほとんど前が見えませんね」

「よって見ることに頼らぬことじゃ。理力を辿れば、目ではない部分で敵の姿を見ることができる」


 もう止めていいといわれたので、氷風雪乱射ブリザードを空に放った。しばらく空へ昇り、高く上がったところで弾けて消えた。


 先生は『出したらしまう』ことが出来るそうだけど、僕は出すだけで精一杯だ。しまえないので手放すしかない。決定的な経験の差だ。まだ修行が足りない。


「ところで先生。理術とは関係ないんですけど、ひとつ聞いてもいいですか?」


 手についた水滴をパンパンと軽く払った。それでもまだ手に残った水分は服で拭いてしまった。


「なんじゃ?」

「前から気になっていたんですけど、『敵』って誰ですか?」


 今起こした氷風雪乱射ブリザードもそうだ。外で練習するようになったころから、先生は『敵に襲われたときは』とか『敵から身を守るには』とか度々『敵』という言葉を使うようになった。


 僕はびょうさまに理術を学ぶように言われたけど、戦う敵がいるのだろうか。何だか怖い。


「いずれ知るときが来るじゃろう。今までは良くも悪くもそなたにとっては敵と感じる者がいなかっただけじゃ」


 先生は少し離れたところから僕の方を見ていた。でもその視線が僕に定まっているのかどうかは分からない。もしかしたら僕の後ろの遠い空を見ていたのかもしれない。


「さて、それはそうと今回の課題じゃが、そろそろ一旦振り返って学んだ理術を一通りやってみることじゃな」


 次回までの課題も必ず出される。指南書テキストの予習だったり演習だったり……。予習でも指定されたところは不思議と読めるようになるのが謎だ。


「分かりました」


 ひとつずつ出来るようになっていくのは楽しい。次は何を学べるのかとワクワクしてくる。


 でも今まで学んだことで一番衝撃が大きかったのは、理術が家事をするためのものではないということだ。


 本来は精霊がルールの下に生き、理を守るために使うものであると……それを知ったときの恥ずかしさと言ったら……。やめよう。思い出しても恥ずかしい。


「それと、次回じゃがの。わしはしばらく来られんのじゃ」

「えっ?」


 指南書テキストもようやく三冊目に入ろうとするところだ。まだ習っていないことがたくさんある。


「しばらくといいますと、どれくらいですか?」

「はっきりとは分からぬ。おおむね一ヶ月、長くて二ヶ月といったところかの」

「そう、なんですか」


 先生から指導を受けるようになってからそんなに間が空いたことがないので、少し寂しい。


「そんなにショボくれるでない。今生の別れでもあるまいし。海を見回ってくるだけじゃ」


 先生は手を後ろに組んで、僕の目の前に移動してきた。少し日陰になって涼しさを感じる。


「海と言うと本体の小波さざなみですか?」

「いや、まぁそうなんじゃがのぅ」


 先生が、らしくない動きで頭をカリカリかきはじめた。きっちり纏められた豊かな髪が少し乱れる。この三ヶ月でこんな姿を見るのは初めてだ。


「そなたの指南役に付いたことで御上がわしの領域を増やしおって……いや、報酬を寄越よこしての。『渦』の管理権を押し付け……いや頂戴したのだ」


 なんか嫌そう。すごく嫌そう。報酬と言う割には面倒くさそうだ。


「引退したつもりだったからの。静かに余生を送るつもりだった者にとっては、管理権や理力が増えても嬉しいとは限らぬ。まぁ、今は御上の考えも分かるから引き受けるがの」


 先生は弁明するように早口で一気に言い切った。息継ぎしてない気がする。


「そういう訳で、今回は時間が多めにあるでな、ゆっくり復習せよ。わしが戻ったら実戦訓練をするぞ」

「はい。分かり……実戦?」


 不穏な単語が聞こえた気がする。太陽を背にした先生を見上げると逆光だった。顔が見えないはずなのに、ニヤッとしているのが分かった。

 

 逆光……?

 

 黒くなった姿に何かを思い出しかけた。


「属性混合の実戦じゃ。楽しみにしておるぞ、雫」

 

 立ち位置を変えた先生の顔は、不穏な単語とは裏腹に穏やかで、何を思い出そうとしたのか忘れてしまった。


いつも読んでくれてありがとうございます。

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