8 チートアプリ
自転車を走らせて十分ほどでダンジョンに到着した。
ダンジョンへは専用のルートが用意されており、街から簡単にアクセスできた。なんとも風情がない。てっきり暗い森の奥深くにおどろおどろしくたたずんでるものとばかり思っていたのに……なんだこの明るさは?
『のぼりとかたっててお祭りみたいだねー』
「そうな……露店もあるし」
商人風のおっさんたちが道端に商品らしいものを並べて行き交う冒険者たちに売り込みをしている。これからダンジョンに入ろうとするパーティーには薬草やら食料を売りつけ、出てきたばかりの冒険者にはここぞとばかりポーションを売り込んでいる。なんとも商魂たくましい……。
さて行こうかとアンがペダルに足をのせると……。
『お嬢さんもしかしてソロで潜るのかい?』
商人が一人おそるおそるといった様子で近づいてきた。頭皮の生え際が後退している年季の入ったベテランといった印象のおっさんだ。
『そだよー』
『ならポーション多めにもってたほうがいい。どうだい安くしとくよ?』
『配達してすぐにもどってくるからー』
『ん? なんだ運び屋かぁ……』
軽く舌打ちされた。まあ商売敵みたいなものだし仕方がないのか。
『しっかしその軽装で大丈夫かい? 一層といてもゴブリンなんかに囲まれたらやばいんじゃないかねぇ?』
一応心配してくれているらしい。まあやばいね。金さえあれば今すぐキャンセルしたいぐらいだ。
金がないことを暗に告げると商人は次の獲物を探しに離れて行った。現金なものだ。しかしゴブリンか……。
一層でもやばいというのに受けた依頼はよりにもよって四層にいる冒険者たちへの配達だ。考えるだけで気が重い……。
俺たちといえばモンスターに遭遇したら全力で突っ切るというノープランに近い攻略方法しか持ち合わせていない。なので正直に言って四層に辿り着ける自信がなかった。
「なぁアン……いまからでも一緒に潜ってくれそうな仲間を探さないか?」
『でもーそれだと分け前減っちゃうよー』
そうなのだ。ただでさえ安い依頼料が減るのは困る。それは俺たち以外の運び屋も同じでパーティーを組むようなことは滅多にないらしい。即席なら尚更のようだった。
「なら正規のダンジョン攻略組に途中まで便乗させてもらうとか?」
『それだと自転車の機動力が落ちちゃうよー』
「機動力ってお前……」
のぼりの向こうで大口をあけるダンジョンは俺が想像していたよりもよほど広い。その幅は二車線の道路以上あるうえ、足場ももっとごつごつとしたイメージだったのに、中を見てもいったて快適に走れそう。徒歩と歩調を合わせるのが時間のロスだという言い分はわからないでもない。でもなぁ……。
俺の不安をよそにアンはペダルをこいでいく。とうとうダンジョンに到着したアンは入口を見上げて感嘆の声をもらした。幅だけでなく高さもある。もうほんと自動車で通過するようなトンネルの規模だ。
『ねぇねぇみーくんあれあれー』
「ダンジョンなら見えてるよ。はしゃぐな」
『そーじゃなくてあれだよー割引のやつー』
「はぁ?」
ハンドルがダンジョン入口の壁際に向けられる。なんとそこには見なれた模様があった。
「おい……なんでこんなところにQRコードがあるんだよ?」
『なんでだろー? 入場料の割引かなー?』
「んなもん元々ねーよ」
見れば見るほどQRコードだ……。
なんてな。そんなことあるはずがない。きっとよく似た模様かなんかだろう。
「落書きとはけしからんな」
気づけばアンがスマホをかまえてバーコードリーダーを起動していた。
「アホか……せいぜい記念写真ぐらいにしとけ――」
ピロリン!
「ええええッッッッッッ!!!!!!!」
『やったー! なんかもらえるみたいだよー』
画面を見せてもらうとなんだか怪しげなURLが貼られていた。
『なにかなーなにかなー』
「おいバカ、迂闊に押すなよ」
『ええー気になるー』
「たく……そのURLコピーして送れ。こっちで検証するから」
貴重なスマホが壊れでもしたらたまらい。こちらで検証するぶんには最悪でも俺のスマホが壊れるだけ……やだなそれ。保証の対象外だったらどうしよう?
アンが急かすもんだからしぶしぶ送られてきたURLを押してみる。するとこちらの承諾もなくダウンロードがはじまり気がついたらインストールも終わっていた。なにこれ怖い……。
起動せずに今すぐ消してしまいたいのだが、アンがワクワクして待っている。俺がためらっていると自分のスマホで試しそうなので仕方なく……本当に仕方なくショートカットから起動した。頼むぞ……壊れるなよ。
「……なんだこれ?」
『なになにー? なんだったのー? クーポン? クーポンだよねー?』
「どんだけ割引好きなんだよ。そうじゃなくて……これは地図……いや、マップか」
『マップー?』
「ああ……たぶんこれ……ナビアプリだな……ダンジョンの」
軽くいじってみた結果、どーやらそれっぽい結論に至った。そんな馬鹿なと思ったが手の込んだいたずらにしてはこりすぎだ。各階層ごとの最適ルート検索やらいろいろと便利機能までついているしまつ。昨今のゆるいゲームのイージーモードよりも更にイージーにさせるバランスブレーカー的なアプリだった。
『クーポンじゃないんだぁー……』
「落ち込むとこじゃなくて喜ぶとこだぞここは」
とはいえ本物ならばだが……。
アンにギルドで配られていたダンジョンマップを出させて比べてみる。詳細な道まではのっていないが、ざっくりとした道筋はたどれる。照らし合わせてみると……見事に一致していた。
「おいおい本物か……これが使えるようなら攻略が楽になるのはたしかだ」
本当はこんな怪しげなアプリ使いたくはないのだが、ダンジョン攻略の手助けになるなら藁にもすがるべきだろう。
『それーなんかズルみたいで嫌だなぁー……』
「贅沢言うな。だいたいチートスキルがどーのと言ってのはどの口だ?」
『チートはズルじゃないからいいんだよー』
「ズルもズルだろ。頭大丈夫か?」
いきなりステータスMAXとか多彩なスキルとかオンゲならアカウント停止されるぐらいズルだろ?
譲れないものがあるのかアンは頑なに否定したが無視した。さあズルをしてさっさと依頼を終わらせよう。