16 噂の新人
『で、どうすんだ? 治すのか治さないのかはっきりしろ!』
「逆ギレかよ……その前に代わりになりそうな鍵があれば見せてほしいんだが?」
『あん? それならそこに並べてるやつだ』
「並んでねーし……」
台の上に無造作に転がっている金属をよく見るとどれも南京錠だった。タイヤを挟めるサイズとなると……見るからに重そうだ。
「こんなもん運びながら旅なんてできそうにないな」
『どれどれー……ああー……ほんとだねー』
「やっぱ軽くないとなあ……おっさん、軽銀以外で軽くて丈夫な金属ってないのか?」
『あるに決まってんだろ!』
「それは?」
『ミスリルに決まってんだろうが! 軽銀なんて目じゃねえほど硬くて軽いぞ!』
「ああ……」
ここで出てきたか……ミスリル。異世界なら必ず出てくるよね。しかし……。
「ミスリルの鍵って……あるのか?」
『そんな無駄遣いするやつは聞いたことがねえな』
ですよねー。
『でも面白そうだなあ……作ってやってもいいぜ!』
「マジかよ!」
『でもたけえぞ』
「うっ……軽銀よりも?」
『あたぼうよ!』
あたぼうかよ。でもどうしよう……。アルミだとまた切られる心配がある以上もっと強度を上げたい。
「ちなみにいくらだ?」
『そうさなあ……このサイズなら金貨十五枚ってとこだな』
「たけーなおい!」
『たっりめえよ! ミスリルだぞ! 実費だけでもそんぐれえすんだよ!』
「ええ……もっと短くてもいいから安くしてくれよ」
『せこいやつだなあ……でもまあこの半分でいいなら金貨十枚でなんとしてやんよ』
「十枚かぁ……」
約百万円な~り~。どんだけ高い鍵だよって話しだ。しかし自転車が盗まれでもしたらゴールにたどり着くのも危うくなる。しかしもっかの収入源であるお使いで金貨十枚を稼ぐとなると気が遠くなるな……。
「ちょっと考えさせてもらえます?」
『別にうちはいいがよお』
とりあえず鍵の件は保留にして安い南京錠を買うと店を出た。これで本当にすっからかんだ。まだ街を出るわけではないので当面はこれでしのぐことにしよう。と思っていたら……。
結論から言うと南京錠は無駄になった。
仕事を求めて冒険者ギルドをたずねると受付でエリスさんからこの街で盗まれることはないだろうと断言された。
「なんで言い切れるんです? つーかそもそも盗難にあったことをなんで知ってんの?」
『実はですね。その……泥棒というのが冒険者でして……先ほどまで教会の方が事情聴取にみえらていたんですよ……』
エリスさんの怯えた顔から想像するに文字通りの事情聴取ではないのだろう。
『拷――いえ尋問の結果、余罪も出てきたようでして教会関係者が被害にあわれたとか。ギルドとしてもこれ以上問題がおきて教会との仲が悪くなると困るので冒険者の犯罪行為には厳しく取り締まるという通達が出たところです』
「へぇ……」
モルモト教からはすごぶる危険な臭いがする。そもそもスピード解決すぎる。どんな残酷な拷――厳しい尋問をしたのやら……。バッテリーの件があるとはいえあんまり近づかないようにしようとあらためて心に誓った。
「でもそれ断言できるほどなの?」
あくまでモルモト教にびびっているだけであって相手が関係者じゃなければそれほど抑止力になるとは思えないのだが……。そもそも犯罪行為を厳しく取り締まるだなんてあらためて言うぐいらいだ。もともとギルドとしては干渉してこなかったのだろう。エリスさんもこの街ではとか言ってたし……。しかしエリスさんはあらためて断言した。
『泥棒が荷車から落ちたという噂は広まっていますからね。その荷車が所有者以外扱うことのできないマジックアイテムだということも皆さん理解したはずです』
「は?」
『所有権を奪うにしてもキングスライムベビーを一撃で倒すような冒険者から奪い取ろうなんて低ランクの冒険者はいませんよ』
「はあ?」
『高ランクの冒険者は名前も顔も売れていますからギルドが厳しく取り締まると宣言したあとに危ない橋を渡るようなこともしないでしょうから』
「はあ……」
つまりあれか……大いに勘違いされているわけか。
『良かったねーみーくん』
「よくねーよ」
自転車なんて何度かまたがってペダルをこげばすぐにでも乗れるようになるだろう。それにどう噂に尾ひれがついたのかは知らないが、実力なんて完全に勘違いされている。実はへっぽこだとバレた日には先ほどの泥棒のような連中に目をつけられかねない。
やはりこの街に長居は無用だな、うん。
「早速だけど配達の依頼紹介してもらえます? できるだけ割の良いのを沢山」
『もちろんです。アンさんへの指名依頼も来てますよ』
『あーしに?』
「指名依頼?」
『はい。配達業界では早くもアンさんたちの話題でもちきりですからね。指名がきて当然でしょう。あっ指名の場合は依頼料三割増しですので割もいいですよ』
まあ稼ぎと仕事が増えるのはいいが……。
「昨日の今日で情報広まるの早くない?」
『そうですか? 配達依頼はいかに素早くお届けするかが大事ですからね。わずか三時間たらずで五層から戻ってくるなんて新記録が出ればそれはもう有名にもなりますよ』
そんなものなのだろうか?
『あああ! アンしゃーん!』
『?』
振り向いたアンに近づいて来たのは千鳥足の冒険者たちだった。
『誰だっけー?』
「昨日の依頼人だよ」
『ああ……ミッキー――』
「漆黒の鼠な!」
『俺たちー漆黒のー鼠でーす!』
『お酒くさーい……』
『酔ってまーす!』
赤い顔の少年たちは言われるまでもなく酔っぱらってグダグダだ。未成年でも飲める世界なのだろうから特に言うこともないが俺たちに絡むな。
「朝から飲んでるのか?」
『これはこれは石版しゃん』
『朝からじゃなくて昨日からでーす』
『いえーい!』
このノリうざいな……。
「もう宿に帰って休めよ」
『いやいやいやいや』
『まだまだいけますよー』
『先輩方のお誘いは断れましぇーん』
『いえーい!』
ほんとうざいな……。
『アンしゃんの活躍もたっぷり伝えおきますんで……』
『俺たちの武勇伝と共に!』
『いえーい!』
「お前等か……」
発信元はわかったが、酔っぱらいが相手ではとめられそうにない。少年たちは先輩冒険者らしい人たちにつれていかれた。
『彼らも低ランクから一気に上昇したので冒険者の間では有名なんですよ』
『へーすごいねー』
「他人事みたいに言うな」
一気に上昇させた張本人はまるでわかってないようだ。
『彼らの声がダンジョン内の噂に拍車をかけたんだと思いますよ』
「ん? ダンジョン内の噂って?」
『ダンジョンに潜っている冒険者も情報交換をしてますからね。敵の情報や罠の情報、それに補給の情報収集には余念がないのですよ。実際、指名依頼のいくつかは曖昧な内容でしたから……』
荷車の女の子に依頼したいとか来ているらしい。結構ダンジョンの内部ですれ違った冒険者も多くいたからなあ……。知らず知らずに広報活動をしてようだ。
まあこれで食いっぱぐれることはないだろう。俺たちはバーの方から聞こえてくる酔っぱらい共の声を無視して依頼を受け取った。




