14 異世界宗教
翌日はアンのモーニングコールで起こされた。
『おはよーみーくん、朝ですよー』
「お前今何時だと思ってんだよ……まだ七時だぞ?」
『もう七時なんだよー。こっちの人たちは朝が早いんだー』
すでに街並みは昼間のそれとかわない雰囲気らしい。異世界人は早起きだなぁ……。
俺もパソコンの電源を入れて配信動画をつけてみた。どうやら自転車に乗って移動中のようだ。
「ギルドへ行く途中か?」
『違うよー』
「ん? ならもう依頼を受けてダンジョンか?」
『これから教会に行くのー』
「は? 教会?」
敬虔なクリスチャンが朝のお祈り的な……無いな。アンのうちを含めてここいら一帯は仏教のなんたらいう宗派だが、近所のばーさんたちが念仏を唱えているところすら見たことがない。
「何しに行くんだ?」
『あのねー教会の神父様は回復魔法が使えるんだってー』
「回復魔法? お前怪我でもしたのか?」
『違うよーみーくんを回復してもらうんだよー』
「はあ?」
俺は五体満足で健康そのものだ。若干つけっぱなしの冷房で体が冷えている気はするが風邪ぎみでもない。
『だって昨日みーくん電池切れたでしょー』
「俺がロボみたいな言い方するな。切れたのはスマホのバッテリーだ……」
いちいち言葉が足りないやつだ。
「それで? バッテリー切れと教会になんの関係があるんだ?」
『だからー回復してもらうんだよー』
「え……お前まさか魔法で充電できるとでも思ってんのか?」
『そだよー』
なんて頭の悪い子なんだろう……。いったいどう説明してやればいいものか考えている間に目的地に到着してしまった。
『とうちゃーく!』
「おい……笑われる前に帰った方がいいぞ」
『大丈夫だよー。体力とか回復するんだから電池も回復するよー』
「どーいう理屈だ……」
教会のことは宿屋の娘に聞いたらしい。どうもこの世界では病院のような役割を果たしているようだった。なんと治療は無料らしいのでアンの頭も一緒にみてもらおうか……。
教会はいかにも天井が高そうな尖ったかたちの建物だった。根本的な造りは俺たちのいる世界と変わらないのだが……立派すぎない? 柱とか扉の意匠とか懲りすぎてて見るからに金が掛かっている感じだ。
「なぁ……本当に大丈夫なのか?」
『なにがー?』
「タダより高いものはないって言うだろ?」
『みーくんは疑り深いなー』
「お前はもっと疑った方がいいと思うよ?」
ともかく自転車をわきにとめて鍵をかうと開かれた扉を潜り中へと入った。
『う~ん……なんか病院の待合室みたいだねー』
カウンターの窓口に列ができ、正面に並べられた木製の長椅子には老人たちが座っている……。まんま平日の病院の光景だよこれ。
「受付にシスターがいなけりゃ出直すところだな」
できれば出直したいのだが、アンは躊躇無く受付に近づくと用件を伝えた。
『つまり……マジックアイテムの修理ということですか?』
『修理じゃなくて充電してほしいんです』
『?』
「シスターを困らせるな」
こうなると思っていたので驚くシスターに俺から事情を説明する。どうにか伝わり受付を終えると椅子に座って待つことにした。
『退屈だねー』
「どうせ無駄だろうし帰れば?」
『あっ! そういえば深夜アニメの続きとか録画してなかったよ……どうしよー?』
「お前はいつも唐突だな……。円盤でも買えば?」
『そうだー! いいこと思いついたー!』
「どーせろくでもないことだろ?」
『ネットが繋がるんだし違法アップロードで――』
「やめろバカ! お前はなんでそーデリカシーに欠けるの? あとバッテリーの無駄遣いでしょそれ! ここに何しに来たと思ってんの?」
『そーだったー』
「ほんと色々と気をつけろよな。ヒヤヒヤするわ……」
『だってポスター見たら思い出したんだもん……』
「は? なんだよポスターって?」
カメラのレンズがばーさんの背中から壁へと移る。と……。
「え? 何あれ?」
『知らなーい。みーくんの方が詳しいでしょ?』
「いや……俺ストーリーのないアニメって見ないし」
『ああ、それ偏見だよー。日常系は中身のないスッカスカのアニメってディスってるんでしょー』
「そこまで言ってねーよ!」
『疲れた現代人の癒しなんだよー』
「聞いた風なこと言いやがって……。それよりもだ。あの前衛的なポスターはなんなんだ?」
『う~ん……壁画風?』
そのまんまだな……。しかしそれ意外に説明のしようがないのも事実だ。石壁をくりぬいてそのまま飾ってある感じ。まあそこまでは考古学的なオブジェとして受け入れられるが問題は絵だ。どう見てもゆるそうな中身のない――いや、疲れたサラリーマンが喜びそうなただ可愛い――いや、魅力的な少女たちが戯れるだけのアニメのポスターそのものだった……。
どーみても異世界に似つかわしくない。なんの悪戯だこれ?
『ねーねーお婆さん。あのアニメはなんてアニメなのー?』
ごくごく自然に隣に座っていただけの見ず知らずのばーさんにアニメの話しをふるとかどういう神経をしてんだろう? 助かります。
『あにめ? あの遺物のことかい?』
『そーそー』
どうやら前衛的なポスターってわけじゃないらしい。
『あれはね。魔法文明が築かれる前の大昔の人々の暮らしを書き記したものだそうだよ』
『へーそうなんだー』
「納得するな。どーみてもフィクションだから」
オリジナル新作アニメのポスターとか言われた方がまだ信用できる。それぐらいクオリティーが高いのだ。だいたい頭身とかおかしいし。
『でもー壁画とかって横向きヘンテコな絵ばっかりだしー時代や世界が違えばこーなるかもしれないよー?』
「うっ……」
言われてみるとそうかもしれないとも思えてくる。何せ世界が違うのだ。いやでもなあ……どーみてもき●ら系原作アニメのポスターだろあれ?
どうにか納得できる答えを探している間にアンの順番がまわって来て聖堂へと案内された。
中に入ると人の良さそうな神父とシスターが迎えてくれた。彼らの後ろでそびえ立つ女神像には見覚えがないが、たぶんまっとうなルートでこの世界にやってきた同郷のものたちを導いたであろう存在なのだろう。つまり俺たちには関係のない偶像なので無視した。
『ようこそいらっしゃいました。もう何も心配はいりませんよ。モルモト教は信者でなくとも神の奇跡を与えることをいといません。遠慮なさらずにご相談下さい』
『えっと……みーくんを元気にして下さい!』
スマホを差し出されて戸惑う神父に俺から説明した。
『ほう……マジックアイテムの体力的なものを回復してほしいということですな?』
「ええ……まあ。すいません。無理なら――」
『かしこまりました。やってみましょう』
「は? 可能なのか?」
『正直に申しますと錬金術の分野とも思いますが……なに、神の奇跡は万能です。やってやれないことはないでしょう』
「いやいやあるだろ――」
『ございません!』
断言された。なんか目が怖い。渋ったところで引き上げようと思っていたのに神父はやる気満々だ。
『偉大なる我等が主の温情をこのものに与えたまえ――』
「えっ! いきなりやんの?」
『ゴッドヒール!』
神父の手が輝いたかと思うとスマホが光に包まれる。爆発でもするんじゃないかと思われた光が霧散すると……。
「マジで?」
『やったー! 電池満タンだよー!』
三割ほどしか充電していなかった通話用のバッテリーがフル充電されていた。理屈がさっぱりわからない……。
『どうやらご満足頂けたようですね』
『はーい!』
『それでは寄付を』
「は?」
ずっと黙って突っ立ていたシスターが賽銭箱のようなものを突き出してきた。
「え? 金とんの?」
『寄付です』
「無償の奉仕とかじゃないの?」
『寄付です』
「一歩も引く気ないよね?」
『寄付です』
ほら見ろやっぱり金とるんじゃんか! 油断させてこれだよ。神父をみるとにこにこ笑っているだけだし……でもやっぱり目が笑っていないな。怖いわ……。
『入信されるのでしたら特別に割引いたしますが?』
「いーよ! 払いますよ!」
『今ならなんと五割引!』
「払うっつーてんだろ!」
こうして俺たちの財布はすっかり寂しくなったのだった……。他人の話を鵜呑みにしてはいけない……高い勉強代になったな
『でも電池の心配しなくてよくなったのは良かったよねー』
「まあ……な」
『これで違法アップロードの動画見放題――』
「だからやめろって!」




