商人の町ノード
しばらくの間馬車を進めた先に、ノード村はあった。だが、その姿は俺の知っている者とは大きく異なっていたのだ。
やはり、というべきか……。道中でも感じていたんだ。10年前とは比べ物にならないほど、人が行き交っていた。俺たちと同じような商人の馬車が何度も俺たちが来た方へと進んでいくのを見たし、俺たちと同じ方向へ向かい歩いて行く人間たちを何人も追い越してきた。
10年前であれば、ノード村への道中で会う人間など、せいぜい1人。多くても3人程度だった。それがこの盛況ぶり。かつての村と違っていることは明らかだった。
「だが、まさかこれ程とは……」
目の前には、村と呼べるような姿はみじんもなかった。3メートルほどの城壁に囲われ、その壁の上にはまばらに警備兵と思わしき人間たちが槍を持って立っている。そして、正面に見える開け放たれた城門の先には、レンガ造りの家屋や、石造りの大きな建物がひしめいているのが確認できた。
さすがに王都や大都市ほどの大きさではないものの、かつての村の規模から考えれば、極めて大きな成長であった。
『ふっ、殊勝なことよ。たったの10年で人口数十人程度の小さな村が、これほどの町に発展するのだからな』
「いや~、人間の発展の速さには目を見張るものがありますね~」
ヘレルもオセもそんな風に言って町の光景に驚いている様子だった。
確かに、俺も驚いている。だが、それは奴らの驚きとは違う。あり得ない、そんなわけはないという否定の驚きだ。
ノード村のことは、ラクナ村ほどではないが良く知っていた。だからこそわかる。10年でこれほど発展するなどありえないと。
この周辺はバベル王国北部に位置する、中規模の森林地帯だった。王国の中心にある王都からもかなり遠く、王国内の他の大都市とも離れていたために、あまり人の往来はなく、大規模な都市が発展することはなかった。
だが、森林地帯ゆえに土壌は豊かであり、食用の動物も数多く生息していたために、都市から流れてきた流民などが定住し、小さな村落を形成していったのだ。
つまりは、この土地に商業的価値はない。大都市間の中継地点としても、商業的特産品を生産するようなこともない。あるとすれば、余剰作物を輸出する程度だ。
一体、たった10年でどうやってここまで発展したというんだ……。
俺がそんなことを考えている内に、俺たちが乗る馬車は町の城門をくぐり、町の中へと入っていく。
町の中の景色も、俺の想像を超える発展ぶりだった。多くの市民が町をの中を歩き、鍛冶屋の金属を打つ音や、大工が木を叩く音。そんな職人たちの音に、市民たちの活気あふれる声が混じっていく。それはまさに、発展した町の景色そのものだった。
「トルコーナ殿!」
町中の道を少し進んだところで、道の端でこちらに向かって手を振る老人が1人。視線からして、どうやらオセの化けている商人の知り合いのようだ。
「どうします? 無視しますか?」
ひそひそとオセが俺の耳元でそうささやく。
ううむ、あの老人の服装、かなり整っている。貴族、いや、どちらかというと使用人や執事と言った感じか。商人を呼び止める使用人、もしかしたらこの町の有力者との商談という可能性もある。
情報を得るにはこれ以上ない好機。となれば乗らない手はない、が。
「オセ、お前化けた人間の記憶までは読めなかったよな?」
「え? ええ、そうっすけど」
リスクが高いな。違和感なく会話をこなせるか。もし失敗すれば一点お尋ね者として追われかねん。
俺が、そんな風に思案しているとオセが鼻息を荒くしてこういった。
「大丈夫ですって。こんな能力を持ってるんだから、話を合わせるのは得意なんで!」
……、信用ならん。が、まあ、ここは一旦オセのことを信用してみるとするか。
◇◇◇
俺たちに手を振った老人は俺達が反応するや否や「ご主人様がお待ちです」と言って、俺たちをそのご主人様とやらの屋敷に案内し始めた。
その屋敷というのは街の中央にある、大きな建物。老執事が直接言及することはなかったが、その建物の雰囲気から、彼の“ご主人様”がこの町の町長であることは容易に想像できた。
俺たちを乗せた馬車はその屋敷の門をくぐり、広々とした庭の隅にあった厩舎の近くに停車する。
「さあ、どうぞこちらへ」
老執事は丁寧な口調で俺たちを屋敷へと案内する。
「いやはや、それにしてお早い到着ですな」
オセに笑顔でそう呟く老執事。
「それほどでもありませんよ。商人たるもの早さが命、と考えておりますから」
対して、オセも極めて自然にそう答えた。どうやら、自信があるという言葉に嘘偽りはないらしい。
「それにしても、そちらの方はどなたですかな? 今までお1人でいらしていたと記憶しているのですが」
「いやいや、ただの付き人ですよ。身の回りの世話や荷運びの手伝いをさせているのです」
「なるほど、そういう事でしたか」
「困ったものですよ。腕は立つが世間知らずなものでね。この町の事もよく知らないらしいのです」
そう言いながら、こっそりとこちらにウインクしてくるオセ。
ふっ、気が利くじゃないか。これなら、ごく自然にこの町のことについて俺から尋ねられる。
オセの言葉に、すかさず俺は「そうなのです!」と合いの手を入れて老執事にこの10年のこの町の発展について問いかける。
「もちろん、お教えしましょう。この町が如何にして商人の町と呼ばれるようになったのか……」




