お茶会にて
テオドールの為に(?)開かれたお茶会という名の女子会が開かれたのは、それから3日後だった。オニール伯爵家のテラスで優雅に三人の令嬢がお茶をしていた。
キーンの妻であるルキア・オニール伯爵婦人は、イルナより一つ年上だ。そしてもう一人はイルナの婚約式の為に駆けつけたドロテアだった。
ルキアは緩やかなウェーブのかかった見事なブロンドの髪に、スカイブルーの瞳の人形のような美しさを持つ女性だ。燃えるような美しさのドロテアと深い夜空のような美しさのイルナ、人形のように美しいルキアの三人が並ぶと複眼だ。オニール伯爵家の使用人達も、ほうっと溜息をつく程だ。
「それで、王子殿下とはどういった経緯で知り合ったのかしら?」
優雅な手付きでカップをソーサーに置きながら、ルキアがイルナに微笑む。するとイルナではなく何故かドロテアが楽しそうにそれに答えた。
「フフフッ、我がコンラード領に王子殿下がお供の方達と迷い込んで来られたんですのよ。その時にイルナと殿下はお知り合いになられましたの」
「まあ、素敵ね!」
正確にはウィクトルの部下がイルナの家に道を尋ねに現れたのが原因だが。そこはあえて何も言わない事にした。何故なら二人がとてつもなく楽しそうだったからだ。
「第二王子殿下は女性の影が全くありませんでしたので、今回のイルナとの婚約は他のご令嬢達にとって寝耳に水だったらしいわよ」
「え、そうなの?」
「ええ。王太子殿下も美しい方ですけど、第二王子殿下も精悍な美男子ですから。勿論狙っているご令嬢は沢山いたわね。でも、何故かそういった方達とは一線を置いてお付き合いしてたし、夜会でも誰ともダンスを踊ったりしなかったわ」
「まあ!ではイルナと王子殿下は運命の出会いですわね!」
「運命って…」
ルキアの話を聞いてドロテアが目を輝かせて喜ぶ。実際、イルナにとって運命の出会いかどうかは分からないが、ウィクトルを好きだと思っているのも事実だ。
「ねえルキア、ウィクトル殿下はそんなに女性に人気なの?」
「まあ!何言ってるのよ!当然でしょう?身分も見た目もこれ以上ない優良物件じゃないの!王太子殿下の妃にはなれなくても、王位を継がない王子であれば難易度は下がるのよ。誰だって狙うに決まってるわ!」
「え、そ、そんな理由なの?ウィクトル殿下に憧れてとかじゃなくて?」
「勿論憧れているのが前提だと思うわ。だけど貴族の結婚なんて家の利益になる事を念頭に置いて考えるものでしょう?愛だの恋だのを優先できる人は少ないわ」
「でも…ルキアは違うでしょう?」
ルキアはキーンと相思相愛だったと聞いている。お互いに伯爵家だったのでそんなに揉める事もなかったらしいが、それでもルキアの両親は少しでも身分の高い家に嫁がせたいと、最初は難色を示していたと聞いていた。けれどキーンが王太子殿下の側近になり、ようやくルキアとの婚姻が纏まったと言っていたような……、ああ、なるほど、そういう事かとイルナが納得した。
「私の家はオニール伯爵家と元々仲が良かったし、婚約自体はそう難しい事じゃなかったわ。でも、何人かの方が婚約を打診してくれていて、その中には公爵位の方もいらっしゃって、上位貴族の婚約を断るのが大変だったわ」
ルキアとの結婚の為にキーンはかなり頑張ったのだろう。元々王太子殿下とは同じ学園でのご学友だったらしいが、側近候補は何人もいただろう。そこから伯爵位で他の候補を押しのけて側近になったのだから、相当努力されたはずだ。
「素敵ですわ……、障害があってもお互いの愛を貫いたんですのね!憧れます…!」
ドロテアがうっとりとした表情で明後日の方向を見ている。多分ラルスの事でも考えているのだろう。そう思うとイルナも可笑しくて、ついクスクスと笑ってしまう。するとドロテアも自分が笑われた事がわかったらしく、ぷうっと頬を膨らませてイルナをジロリと見た。
「何ですの、イルナ!」
「ううん、ドロテアが可愛いなって思って。ラルスの気持ちもわかるわ」
「なっ…!な、なななな何を言ってるの!?」
「あら?ドロテア様はラルス様と良い仲なの?」
「い!?いいいいい仲だなんて、そんなっ……!!」
真っ赤になって両手で顔を覆うドロテアを見て、イルナとルキアが声を上げて笑う。まさかここまであからさまに照れるとは思ってなかったので、こんな素直な反応をされると可愛く思ってしまう。
「ついにあの生意気なラルス様がお相手を見つけたのね!今日は何だか楽しいわ!」
「フフフ、本当!ラルスとドロテアは相思相愛なの。二人には幸せになってもらいたいわ」
「イ、イルナったら…!」
矛先が自分に向いた事でドロテアはタジタジだ。こういう色恋事には無縁らしく、上手く返せないようだ。
しばらく二人でドロテアをからかっていたが、ふいにルキアがイルナに向き直り、唐突な質問をしてきた。
「そういえばキーン様に聞いたのだけど、イルナはいつ精霊と契約なんてしたの?」
「えっ」
不意打ちの質問にイルナも口に運んでいたクッキーを喉に詰まらせそうになる。慌ててゴクンと飲み込みルキアを見ると、ニコニコと笑顔を浮かべてイルナの答えを待っていた。
「いつって言われても何て言えばいいのか……」
イルナは常々、自分は秘密事が多すぎないかと疑問に思っていた。確かに増幅術師の事は秘密にしておかないといけないと思う。過去の歴史でも増幅術師の末路は悲惨だし、それに今は魔王が自分の命を狙っているという状況だ。けれどそれ以外の事は話しても問題ないのではないのかと、ふと頭の中を過った。
そんな事を考えて黙り込んでいると、ルキアが小さく息をつくのが聞こえる。思わず彼女に視線を向けると、少し困ったように眉根を寄せていた。
「……実はキーン様から聞いたのだけど、どうやら王太子殿下がイルナに興味を持っているらしくて…」
「え」
まさかのここにきて王太子殿下とは。イルナが表情をひきつらせて固まると、ドロテアが不思議そうに首をかしげる。
「何故王太子殿下がイルナを?接点ありました?」
「実は…何度か遭遇したのだけど、その、遭遇した時が特殊で…」
「特殊?」
「どういう事ですの?」
ルキアとドロテア二人に問いかけられ、イルナは一瞬迷う。
「…秘密、守ってくれるのなら話すわ」
「「勿論よ!」」
二人の声が揃う。それを聞いてイルナは話せる範囲で二人に今までの事をかいつまんで話す事にした。
コンラード領でポーション作りをし、イエルハルドの軍で買い取ってもらっていたこと。
ウィクトルと街に散策に出た時に偶然ハーブ園でエルフに会ったこと。
そしてエルフにポーション作りの協力をしてもらいながら、魔法の訓練をしてもらっていた事。
ポーション作りの腕を見込まれて、エルフの長に依頼された事。
その為の材料を取りに行く途中、王太子殿下に遭遇した事。
素材集めの最中にイフリートと出会い、何故か契約する事になった事等。
そこまで一気に説明し、気が抜けたのか大きな溜め息と共にイルナが脱力する。そしてイルナの話を黙って聞いていた二人は驚いたように固まっていた。
「前から思っていたけど、イルナって話題に事欠かない令嬢よねぇ」
感慨深そうに言われてるが、どうにも褒められている感じはない。どちらかと言えば哀れんでいるようにも聞こえる。
「そんな事はないと思うけど」
「そんな事あるわ。大体エルフと友達になるとか、令嬢がエルフと隣国に旅に出て高位精霊と契約して帰ってくるとか、どこの冒険話よ。あ、私貴女を題材にして物語でも書こうかしら」
絶対に売れるわよ、と目をキラリと輝かせる。止めてほしい。
「からかわないで。それで、王太子殿下にはご報告するの?」
「あら、察しがいいわね」
「王太子殿下の側近のキーン様の奥様だもの。流れ的には王太子殿下の知りたがってる事を探ってくれとか言われてるんじゃないの?」
「うふふ、その通りよ。でも……そうねぇ、全てを報告する必要はないのだろうけど、貴女まだ隠し事あるでしょう?」
「え」
鋭い指摘にイルナがビクリと動揺する。ドロテアはキョトンとしていたが、イルナの反応を見てルキアは満足そうに頷いた。
「やっぱりね。今私達に教えてくれたのは、外に漏れても問題ない情報ではなくて?」
「言いふらしていい内容ではないわよ?」
「ええ、それは勿論。だけど、キーン様には報告するわ。王太子殿下の好奇心を削ぐ為にも必要だし。でも他の人には秘密にしてもらえないのなら、キーン様にも言わないと約束するわ」
そう言われてイルナが驚く。
秘密にしてと言って話したが、最悪誰かに言われてもいいと自分で判断した内容だった。ルキアに言えば最悪王太子の耳に入る事も考えていたのだ。
「……いいの?」
「私は友達の方が大事ですもの」
「…っ、ありがとう!」
「ふふっ、これで貴女の回りを嗅ぎ回るのを止めてくれればいいのだけどね」
「?」
最後の言葉は小さくて聞き取りずらかったが、ルキアが微笑んでいたので気にしないことにした。
こうして、この日のお茶会は無事に終了したのだった。