テオドールの気になる事
「で、一体何の用であんな場所に来られたんですか?」
すっかり元の姿に戻ったロドルフが、自分の執務室で優雅にお茶を飲んでいるテオドールに不機嫌な表情を向ける。けれどそんな態度は全く気にしていないらしく、テオドールは不敵な笑みを浮かべたままロドルフを見た。
「勿論、イルナ嬢の様子を見に来た。まさかルーメン侯爵がいるとは思わなかったが」
「私は魔術師長ですので、いて当然です」
訓練場にいる事は滅多にないのだが、とりあえず平然と言ってのける。するとテオドールが思い出し笑いのように喉の奥で笑うので、ロドルフはさらに不機嫌な顔になった。
「言っておきますが王太子殿下。イルナは第二王子殿下の婚約者です。ご興味を持たれるのはおやめください」
「未来の義妹と交流を持って何が悪い?」
「どちらも未婚の若者だからですよ。そんな事も分からないのですか?」
残念そうな顔でテオドールを眺めると、テオドールも肩を竦める。
「王太子殿下が何をお考えか知りませんが、貴方が娘に不用意に近付かれると、良からぬ噂の的になります。ウィクトル殿下も良い気がしないでしょうし、何より私が不愉快ですので今後はお気をつけください」
「ふっ、はははは!相変わらずの物言いだな、ルーメン侯爵」
「……」
相変わらず読めない王子だと、ロドルフは眉を顰める。あくまで楽しそうにロドルフを眺める姿は、悪意があるようには見えない。それどころかワクワクした子供のような表情だ。それが、何よりも不気味だ。
「ルーメン侯爵」
「何でしょう」
「一応聞くが、今からでもイルナ嬢を私の妃にしてはもらえないだろうか?」
「無理です」
「ぶっ」
肩を震わせて笑うテオドールを、冷ややかな目でロドルフが眺める。この王太子は一体何を聞いていたのだろうか。たった今イルナに興味を持つなと忠告しばかりなのに、何を言い出すのか。
「王太子殿下の婚約者候補は何人もいらっしゃるでしょう。そちらのご令嬢の中からお選びください。イルナを無理にでも妃にと望むのであれば、ルーメン家は隣国にでも引っ越します」
「…何故そこまで私を拒否する?」
「拒否しているのではありません。娘が望んでいないからですよ。それを言うなら何故そこまで娘に執着するのです?」
「別に執着している訳ではない。今のは冗談だから真に受けるな」
「では二度と口にしないでいただきたい」
苦笑するようにテオドールが告げると、ロドルフも疲れたように溜息をついた。
「別に王太子殿下に盾突くつもりはありませんが、ご兄弟の仲を悪くするような真似は感心しませんな」
「弟に相応しい令嬢なのか知りたかっただけだ。あいつは降下すると言っている。別に王族のままいても構わないのに、だ。それと、単純にイルナ嬢が面白そうなご令嬢だと思ったからな」
「イルナはどこにでもいる平凡な娘ですよ。ウィクトル殿下とは偶然知り合い、お互いに惹かれあったと聞いてます。親としては色々と複雑ですが、娘が幸せであればいいと思ってますので」
「王妃になるのも幸せではないのか?」
「幸せは人それぞれですし、娘は王妃の器ではございません。というか、冗談だと言う割りに引っ張りすぎです。これ以上この話題を続けるのであれば、私の執務室から摘み出しますよ」
「ぶはっ!わはははは!!摘み出すと来たか!」
ぜひやってもらいたいとか言いながら爆笑するテオドールを見てロドルフが盛大に溜息をついた。この王子が何を考えているのかいまいち読めない。イルナを狙っているようにも見えるが、イルナに惚れているようにも見えない。ただ興味深い対象なだけで、自分の知りたかった事が分かればすぐに興味が失せてしまうようにも見える。だが、ただ面白そうなだけで興味を持たれてかき回されるのは困るのだ。
「とにかく、イルナと話をしたいのであれば、当然ですが第三者を挟んでお願いします。そしてできれば婚約式が終わるまで大人しくしておいてください。でないと陛下にチクりますよ」
「うっ…、わかった。父上に言われると面倒だな。それにウィクトルに嫌われるのも本意ではない」
「ならお気をつけください。貴方を蹴落とそうとする輩も少なからずこの王宮には存在します。不用意に行動する事の愚かさは重々承知だとは思いますが、気を付けるに越したことはございませんよ」
「そうだな。ま、イルナ嬢には婚約式が終わってから色々と話を聞かせてもらう事にしよう」
「お願いします」
そう言うとテオドールはニッコリと笑い、執務室から出て行った。
「あのクソガキ……アレクに後で苦情だな……」
ただ疲れさせられただけの時間だったと、ロドルフが溜息をつく。
結局イルナの訓練も中断された事を思い出し、ヤレヤレと頭を掻いた。
イルナの魔法のせいでロドルフがもっさりしてしまっていたので、あの後魔術師団の中で器用な人物に髪を切ってもらい、髭を剃った。そしてその間する事がなくなったイルナは、ロドルフから返された本を読みたいからと、先に家に帰ったのだ。
「それにしても、色々と頭が痛い」
思わずボソリと呟く。執務室にはロドルフしかいないが、護衛の兵士は部屋の前に待機している。ベルを鳴らせば侍女が入室し、テオドールが飲んでいたお茶のカップを片付けて出て行った。
婚約式はもうすぐだ。それまでにできる事はしておきたい。イルナが増幅術師だと言う事は、未だに国王には秘密にしている。それがある意味裏切りのような行為なのかもしれないが、魔王と名乗る男が増幅術師を探し、命を狙っている状態で公にする事はできない。
(最悪の場合、本当に引っ越しだな)
娘と国とを天秤にかけるまでもない。国には優秀な人材や立派な騎士達が沢山いる。だが娘は一人だ。
(一人の娘を差し出して平穏を得ようとする国であれば尽くす事はない。アレクは愚かではないが、中枢にいる貴族達が全員まともという事もない。アレ等を押さえきれない内は、いくらアレクでも打ち明ける事はできん)
整理しなくてはいけない事柄を頭の中で順位付ける。今日何度目か分からない溜息をつき、ロドルフは執務室を後にした。
※※※
「ルーメン侯爵に聞いても、あれでは喋らないな……」
自身の執務室に戻ったテオドールは、椅子に腰かけて頬杖を付きながら呟いた。それを聞いていたキーンが訝しげな顔をする。
「何の事です?」
突然溢した言葉の意味が分からないキーンが訪ねると、テオドールは可笑しそうに喉の奥でクッと笑う。
「勿論イルナ嬢の秘密さ。彼女は見れば見るほど謎が深まる」
「テオドール殿下。彼女は弟君の婚約者ですよ?横恋慕はやめてあげないとウィクトル殿下が可哀想ですよ」
「そんな事は分かっている。ただあの令嬢が秘密にしている事が知りたいだけだ」
それが横恋慕でないと何故言い切れるのか。キーンは呆れたようにテオドールを眺めた後、少し勝ち誇ったように呟いた。
「女には秘密の一つや二つある方が魅力的なんだよ、テオ」
「…誰の受け売りだ?」
「勿論愛する妻だけど」
突然敬語を止めて、以前のように親しげに話す側近の顔をジロリと睨むように見ると、キーンはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「大体何を根拠にイルナ嬢が秘密を持ってると思うんだよ?」
「根拠だと?そんなものいくらでもある」
「例えば?」
「まず、セフィロトの樹を探していた」
王宮の図書館で会った時、イルナはセフィロトの樹を調べていた。知っている事を教えると、とても喜んでいたのを覚えている。
「エミール王国のオアシスでエルフと行動していた」
エルフ自体はそんなに珍しい訳ではない。冒険者として行動している者もいるので、街でも時々見かける。だが、それは冒険者…つまりハンター等の職業者であればだ。箱入りの侯爵令嬢がエルフと行動するのは極めて稀だ。
「そして極めつけは、精霊王と呼ばれるイフリートと契約していた事だ」
火の精霊と契約するのであれば、サラマンダーで事足りる。エミール王国のカーティス国王に聞いた話だと、セフィロトの樹の周囲に常にある炎の壁は、サラマンダー達が作り出していると言う。
そして一定の条件が整わなければ中に入ることは叶わないそうだ。
イルナがその中に入ったかどうかは別として、いち侯爵令嬢がイフリートと契約なんてする事がもうおかしい。だが、実際に契約をしている状況を見れば、あのエミール王国で会った後に契約が成されたと思って間違いないだろう。
「彼女が何の目的でセフィロトの樹を探し、その為に危険を犯してかの地まで赴いたのか。そしてそこで何があってイフリートを従える事ができたのか。知りたいだろう?聞けばイルナ嬢は学園を中退しているそうじゃないか。それも魔法が苦手と言う理由で!もはや謎しかないだろう?」
目を輝かせて語るテオドールを見て、キーンも肩を落とす。こうなってしまっては駄目だ。もう止まらないだろう。
確かにこうして見ているとイルナに好意を持っているようには見えない。ここは下手に刺激せず、協力する方がよさそうだ。
「分かりましたよ。そこまで仰るなら、我が家でお茶会でも開いて妻に探ってもらいます」
面倒だがこの暴走王子を止める為に、妻にも協力してもらおうとキーンは遠い目をしながら決意したのだった。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!
ちょっと立て込んでて更新遅れてます……
気長にお待ちいただけると嬉しいです(^_^;)




