父と娘の語らい(?)
コンラード領で大量に作ってあったパワーポーションを、もしかしたら必要かもしれないと思い、イルナはいくつか持ってきてあった。
ダフネの訓練が思っていた以上に体育会系だったので、疲れてへとへとになって帰って来たある日、試しに飲んでみた。すると力が漲るように復活し、翌日にも疲労を持ち越すことなく過ごせたのをいい事に、毎日夜にこっそり飲んでいたのだった。
「全くお前と言う奴は……。こんな物を飲んで翌日ケロッとしてるから、どんどん訓練が厳しくなるんじゃないか」
「え、そうなのですか?」
「ああ。ダフネが『鍛えがいがありますね』なんて言うものだからトレーニング内容を確認したら…間違いなく貴族の令嬢にさせるようなメニューじゃなくて驚いた」
「僕も聞いてビックリしたよ。大体姉さん午前中は王族としての勉強してるのに、午後からよくこんなに動けるなぁって関心してたんだけど、父さんが怪しんでさ」
つまるところ、そんなに元気なのは何かやらかしているに違いないと思ったらしい。正直酷いと思うが、間違っていないので言い返せない。
「で、でも、私には魔法の訓練が必要だってお父様も仰ってたじゃないですか。人より劣っているのですから、より努力が必要かと思ったんです。体力ないのも事実ですし…」
「それでパワーポーションを飲んで回復していたら、体力がつくのが遅れるぞ」
「え」
「自然回復してこそ力がつく。それこそ今日のお前のように、限界までトレーニングをした後はしっかり食事と睡眠をとることが一番重要だ」
何て事だ。ラルスが付け足すように説明していたが、戦場や冒険中であればパワーポーションが必要な場面は度々あるので、そういう時に使うものだとこんこんと説明された。
「で、前にも言ったけど、パワーポーションは高いんだから、むやみやたらにガブガブ飲むもんじゃないよ。全く、勿体ない…」
「わかったか?今日からパワーポーションを飲んで体力の回復をする事は禁止だ」
「……はい」
「ダフネにも私からしっかり伝えておく。それと、明日は私がお前の特訓をするからそのつもりでいなさい」
「えっ」
「では二人とも、自室へ戻りなさい」
「はい…」
明日はロドルフが訓練を?そんな事、産まれてこの方一度も無かった気がする。魔術師長である父に、魔法が不得手だから教えて欲しいと何度もお願いした事はあったが、一度も首を縦に振ってはくれなかった。それなのに。
「姉さん」
「は、え?」
ぼーっとしながら廊下を歩いていると、後ろから着いてきたラルスに声をかけられる。思わず間抜けな返事をすると、ラルスが面白そうな顔をしてイルナを見た。
「父さんとの訓練、どんなだったか教えてよね」
「それはいいけど……貴方はお父様に訓練してもらった事あるじゃない」
「姉さんと僕とじゃ違うでしょ。約束だよ」
「わかった…」
※※※
翌日、午後の魔術訓練は宣言通りロドルフがするようだ。ダフネは違う用事があるとかで、今日は王宮を留守にしているらしい。
何だかんだでロドルフに指導してもらえる事を少し楽しみにしていたイルナは、やる気満々の表情で父の前に立った。
「師団長、よろしくお願いします」
「ああ」
お辞儀をするとロドルフも頷く。何をするのかと黙っていると、ロドルフは懐から本を取り出した。
「その本…」
イルナがロドルフに手渡した『無属性魔法の活用法』だ。
「今日はお前に、無属性魔法の訓練をする」
「は、はい」
「……私にこの本は活用できなかった。王宮の図書館へ返却に行ったが、こんな本はここに置いていないと言われたので、お前に持ってきた」
「えっ」
そんなバカな。自分は確かに王宮の図書館でこの本を見つけ、そして魔法を覚えた。貸出カードだって記入したのに、存在しない本とはどういう事だろうか?
「お前が借りた時に書いた貸出カードはあったが、違う本の名前になっていた。つまり、お前以外は認識できん本のようだな」
そう言ってイルナの手に本を乗せる。
「まずはお前がこの本によって得られた力を見せてみろ」
「……」
そうは言っても何を使えばいいのか思案する。とりあえず当たり障りのないモノをと思い、呪文を唱えた。
『成長せよ』
ロドルフに向かって『成長』の魔法を放つと、ロドルフの髪と髭がニョキニョキと伸びた。
「あ」
まさかそうなると思わず、イルナが目を見開く。伸び続ける毛を見てイルナが慌てて手を引っ込めるが、ロドルフはすっかりもっさりしたおじさんになってしまった。
「す、すみません!こんな風になるとは思わなくて…!」
「何だこれは。増毛の魔法か?」
「い、いえ。増毛の魔法は知らないですけど、今のは『成長』の魔法だったんです」
「…まあいい、髪は切れば問題ないからな。それよりお前が今使えるのはどんな魔法か教えてくれ」
「は、はい」
もっさりした父親に違和感を抱きながらも、イルナは自身で使えるようになったのと、キルスティとの特訓で使えるようになった魔法を数える。
「えっと、『増幅』『成長』『増大』『探索』『防御』『重力』『爆発』……」
「ちょっと待て、まだあるのか?」
「あ、そうですね。『反射』と『姿隠し』はまだマスターしてないんですけど…ああ、そうだ、『隕石』もまだだったわ」
「……」
「あ、ちなみに他にも色々ありましたが、興味深かったのが『停止』『睡眠』『吸収』『沈黙』『混乱』と言った戦闘補助魔法ですかね。『速度半減』とかもあっ……」
「イルナ、少し落ち着け」
ロドルフがこめかみを押さえながら眉間に皺を寄せている。毛がモサモサになっているので、お年寄りがしんどそうにしているようにしか見えない。お年寄りではないが。
「まずは整理するぞ。『探索』や『防御』はその本でなくとも知識として知られている。使える者もいるし、そこは不思議に思われる事はないだろう。お前はまだ使えないと言っていた『反射』も、聖属性魔法で使用されている」
「はい」
「だがその他が異端だ。元々魔術師が使う無属性魔法で、現在使用が確認されている呪文の中に『睡眠』『沈黙』がある。お前が言ったその他の魔法は誰も使っていない」
「そうなんですか」
なるほど、この辺は知っておく必要があるだろう。増幅術師だとばれないようにする為には、あまりに物珍しい魔法は人前で使わない方がいい。逆に世間で流通している魔法に関しては、使えるようになっておかないといけない。
「ちなみに、お前の使う魔法の呪文は精霊文字だ。精霊文字でないと使えないのであれば、精霊文字で呪文を唱えた後にすぐさま普通の呪文を唱えられるように練習しておけ。精霊文字の呪文を小声で言えば、誰もお前が古の呪文を使っているとは思わんだろう」
「あ、なるほど。順番は逆でもいいんでしょうか?」
「そこは自分の得手のいい方にすればいい。お前が普通の魔術師だと思わせれば問題ないのだからな」
「わかりました」
呪文を二度唱えるなんて上手くできるだろうか?早口で練習したら舌を噛んでしまいそうだ。が、ロドルフはイルナの事を考えて言ってくれているのだから、とにかく色んな角度から増幅術師だとバレないようにしないといけない。
「では防御魔法を唱えてみろ。私はお前に攻撃魔法を撃つ。それを防げ」
「は、はい!」
ロドルフが構える。それを見てイルナもスッと手を前に出す。集中力を高め、魔法を放った。
『守りを固め敵を防げ、魔法防御!』
『氷の刃!』
ゴオッと大きな音と共に魔法がぶつかり合う。ロドルフが放った氷の刃がイルナに向かって放たれたが、ガキン!と音をたてて弾け飛び、氷がキラキラと輝きながら散っていく。
「な、何……」
ロドルフが驚いたように目を見開く。勿論イルナを傷つけるつもりは無かったが、こうも簡単に防がれるとも思わなかった。
イルナの様子を見ても、衝撃一つ届いていない。
「…イルナ」
「は、はいっ」
「今度は普通の呪文だけを唱えてみろ」
「えっ…で、でも…」
「やるんだ」
「…わかりました」
再び双方が構える。イルナが先に防御魔法を唱えた。
『魔法防御!』
『氷の刃!』
再びロドルフの魔法がイルナを襲う。今度はその勢いに押され、イルナが吹っ飛んだ。
「うわあっ!!」
ドスンと音をたてて尻餅をつくが、怪我はなさそうだ。
「今度は精霊文字での防御魔法だ」
「うっ……は、はい……!」
再び防御魔法を展開する。そしてその後も何度か魔法を試したのだが、ロドルフが難しそうな顔をして考え込んでいた。
どうでもいいが、もっさりしたままだが。
「……なるほど、興味深い」
「何がですか?」
ロドルフの呟きを拾うように問いかけると、ロドルフも隠すつもりはないようで説明を始めた。
「お前の魔法だが、単体で唱えるよりも両方を唱える方が二重掛けの効果が出るらしく威力が増す。ただ、魔法の二重掛け等あまりする者はいないが」
魔法を二回唱えても、二回同じ魔法が放たれるだけで、威力が上がる事は殆どないらしい。なので二重掛けの効果を出すにはより正確に早く呪文を唱え、二度の魔法を一度で放つイメージを持たないと難しいとの事だ。
「お前の魔法は精霊文字での呪文を後に唱える方が威力が上がる。憶測だが増幅術師の能力の恩恵だろう」
「そ、そうなんですか…」
「最初に普通の呪文を唱え、その後に精霊文字での呪文を唱える。威力の増大効果があると言っていいだろう。だが、やはり『増幅』の魔法を掛けた時が一番威力が上がっていた」
つまり、二重掛けも威力の増加効果があるが、やはり威力を上げる為には増幅の魔法が一番という事だ。
「……だが、これは私が実験を横道に逸れてしまった為に分かった事だ。そもそもの精霊文字での呪文を誤魔化す為の訓練と言うのであれば、先に唱えるより後から唱える方が、魔法の効果的にも不自然にならんだろう」
「威力がより増える方ではだめなのですか?」
「それをするとお前の能力を過大評価されてしまう。勿論お前の能力はすばらしいのだろうが、残念ながらそれを世間に公表するような危険は犯せん」
「増幅術師とばれない為ですね」
「そうだ。…すまんな」
「いえ、私の為を思っての事ですので気にしてません」
そう言って微笑むと、ロドルフもどこかホッとしたようだった。そこへ、訓練場の扉が開く音がする。二人が入り口に視線を向けると、ここに来るはずのない人物が訝しげな表情で訓練場に入ってきた。
「王太子殿下…!?」
イルナが思わず声を上げるが、テオドールはロドルフをじっと眺めている。
「イルナ嬢。この男は?」
「えっ」
どうやらもっさりした姿のロドルフのままだったので、誰かわからないようだ。
「ロドルフ・ルーメンでございますよ、殿下」
「は?」
ロドルフが丁寧にお辞儀をすると、テオドールがきょとんとする。そしてまじまじとロドルフの顔を眺め、次の瞬間驚きの表情で詰め寄った。
「ルーメン侯爵か!は!?え、いきなり色んな毛が伸びすぎじゃないか!?」
「まあ色々ありまして。すぐに整えますのでお許しください」
「い、いや、そういう事じゃなく……、え、一体何をしたら一日でそんな事になるんだ?」
テオドールの疑問は尤もだが、ここでイルナの魔法のせいだとは言えない。ハラハラして見守っているイルナだったが、ロドルフはしれっと適当な返事をした。
「朝起きたらこうなってましたよ」
そんな訳ない。
この時二人は同じことを頭の中で突っ込んでいたのだった。




