聖竜とルキウスとカロレッタ
ヴァルデマーの襲撃から一週間後、ルキウス・マオーラ公爵令息の聖竜の男巫任命式が執り行われた。神殿の衣装を身に纏い、恭しく跪く様はとても神々しく、見物に来ていた人々が思わずホゥと溜め息をつく程だった。
ルキウスはしばらくカロレッタの指導の元、聖竜ガイウスの世話をする事になるが、実はそんなにする事は多くない。ただ、毎朝聖竜の加護を受け、その力を以て王都の防護魔法をかけ直す。神殿の警備は聖竜の守護者に選ばれた者達が交代で行っているので、巫女と男巫は聖竜の力の調節や、各地にある神殿に送っている加護に不備がないかチェックする。神殿への加護は特別なオーブを各地の神殿に設置しており、こちらとあちらを繋いでいる。転移はできないが、そのオーブを使って遠距離会話も可能だ。
『ルキウスよ』
「はい、ガイウス様」
『お前が望めばいつでも竜の姿になれるよう、竜穴を開こう』
「ありがとうございます。ですが、人に戻れなくなると困るので、少し考えさせてください」
どうやらガイウスはルキウスを竜にしたいらしい。自分の孫の孫…とにかく子孫なのだから、そう思うのは不思議ではない。が、ルキウスは今まで人として生きてきた人生があり、それらを捨てる事に抵抗しかないのだ。
だが、そんなルキウスの言葉を聞いてガイウスが首を傾げる。
『ルキウス、竜になっても人に戻れる。何も一生竜の姿でいなければいけないという事はないぞ?』
「え…それはどういう…」
ガイウスの言っている意味が理解できなかったようで、今度はルキウスが困惑している。そこへカロレッタがやってきて、クスクスと笑いながらルキウスに近付いた。
「ルキウスくん。ガイウス様は人の姿になる事もできるのよ」
「えっ」
「でないと人と子なんて成せないでしょう?」
「あっ…」
知らなかったとルキウスが目を丸くする。
『言ってなかったが、人間の姿で生活しつつ、都合のいい時に竜の姿に戻る事ができる。もう一つ付け足すが、竜穴を開く方がお前の魔力もできる事も格段に増える』
「……」
そう言われてルキウスの心が揺らぐ。
あの日、ルキウスが聖竜の血をひいていると聞いた後、家に帰ったルキウスは母親に竜の事を聞いてみた。が、肝心の母はきょとんとしていたのだ。父であるアラヌスも真剣に母と話をしたらしいが、どうやらお伽噺のようにご先祖様には竜の恋人がいた、くらいに聞かされていたようだった。
ルキウスの見た目は父親と母親の良いところを半分ずつもらっているようで、とても整った顔立ちだ。ただ、目の色は母親から譲り受けていて、美しい紫色をしていた。それなら母も竜になれるのかと思ったが、母は魔力が少ないので無理らしい。目の色も光の加減で変わったりしないので、そういう兆しがない場合は竜化できないとガイウスが言っていた。
とにもかくにもルキウスが晴れてカロレッタのサポートになり、ガイウスの補助をする事になったのは運が良かったのだろう。神官の力を使って呪術の影響を解除できないのか、配属されたその日から試行錯誤し続けた。その間もガイウスに魔力の提供をするのだが、二人になったおかげでカロレッタの負担も随分と減ったのだ。
「ルキウスくんが男巫に選ばれて良かったわ。巫女の選定に来る女性は最近変な野心がある子ばっかりだったから」
「え、巫女の選定ってカロレッタ様がなられてから今回が初めてでは…」
「そんな訳ないわ。実際ひっそりと何度も募集して、面接してたわよ。だって私もいい歳だし、引き継ぎもして育てないといけないでしょう?でもねぇ…」
神殿で密かに募集しての面接は、残念なものだったと言う。巫女になれば補助金がもらえるからと、金策に困っている弱小貴族の娘や、優良物件との結婚を夢見て来る貴族の娘、何を思ったのか一攫千金狙いのような平民の娘等々。聖属性の魔法を使えるからと、威張り散らすご令嬢もいたらしい。実際今回もそんなのが何人かいた。
「王立学園の生徒から選定するって話もあったんだけど、ガイウス様が首を縦に振ってくださらなくて、今まで私一人でズルズルとね」
『実際にカロレッタ以上の人材がなかったであろう。聖属性魔法が使える事と私に仕える事は意味合いが違ってくる』
「では私はやはりガイウス様の血族だからでしょうか?」
『それもあるが、それだけではない』
似たような台詞を選定の儀の時にも言っていたなぁなんてルキウスが思っていると、ガイウスは静かに微笑みながらルキウスに告げた。
『お前の魔力が美しいからだ』
「え…」
意外な回答にルキウスの目が丸くなる。
『お前ならわかるだろう。見返りを求めず、ただ世のために尽くせる人材かどうかは、その者の魔力を見ればわかる。お前は男であるが、淀みない美しい魔力の持ち主だ。それが私の血族であるのはこの上ない喜びだ』
「ガ、ガイウス様…」
まるで自分自身を認めてもらったかのような、いや、まさにそんな賞賛を聖竜にもらい、嬉しくないはずがない。父親は宰相だが、自分は貴族同士の腹の探り合いという芸当はできる性格ではない。そこはアラヌスも分かっているからこそ、文官にするでもなく、ルキウスが望んだ神官になる事を否定しなかった。
領地経営にしても、マオーラ公爵家の家人達は優秀だ。後に領地に引っ込んだとしても、上手くやっていくくらいはできるだろうと思っていた。最悪従兄弟に譲ってもいいとさえ考えていたのだ。
『お前の穢れなき魔力は私の聖なる魔力と相性がいい。カロレッタも、年齢を重ねても汚れぬ美しさがあるのだ。私の力になるのはそんな美しい魔力だ』
何だろう、涙が出そうになる。カロレッタも優しげな表情でルキウスを見つめていた。
「ありがとうございます…」
心からそう思った。そして、自分にしか出来ない事が目の前にあって、それがどれだけ人の役に立つかを考えれば、ルキウスにもう迷う気持ちは一切なかった。
ぐっと表情を引き締め、改めてガイウスを見る。そして決意を込めた顔でルキウスは迷いなくガイウスに告げた。
「私を…私の竜穴を開いてください」
ルキウスの言葉に満足そうに聖竜がうなずく。こうして、カロレッタが見守る中、ルキウスは竜族としての力を手に入れるのだった。
主人公かよ!と、自分で突っ込んでます( ´-`)




