会議終了
「お、王太子殿下っ!」
まさかこんな場所でそんな暴露話をされるとは思わず、イルナが慌てて立ち上がる。すると隣から冷ややかな空気が漂いはじめ、何となく嫌な予感がする。恐る恐るウィクトルに視線を向けると、ウィクトルが綺麗な笑顔を貼り付けてこちらを見ていた。というか、目が笑っていない。
「へぇ、イルナ。君、エミール王国へ行ってたのか?俺は何も聞いてないけど、セフィロトの樹の森ってどういう事だ?あそこは消えない炎の壁に阻まれた、人が足を踏み入れられない地だと聞いているが」
「え、えっと…その、その件については後でお話します…」
ここで色々と話すわけにはいかない。ウィクトルの怒りは尤もだが、今はまずい。エリクサーの話はできればしたくないからだ。
「ウィル、そう突っかかるな。君の愛しのイルナ嬢が困っているじゃないか」
「妙な言い方はやめてください、兄上。それと、兄上がいくらイルナを気に入っても譲りませんからね」
「なんだ、残念だな」
「ちょ、お二人ともこんな場所でふざけないでくださいませ。困ります…」
突然兄弟で妙な言い合いを始めだしたせいで、イルナの居心地はさらに悪くなる。それを見ていた国王達は、呆れたように笑っていた。
「イルナ嬢に先に婚約の打診をしたのはウィクトルだ。テオドールは残念だが諦めろ」
「こういう事に先とか後とか関係ないと思いますが」
「いや、ルーメン侯爵夫妻には娘を王妃にする気はないと、ずっと昔から断られているからなぁ」
「ではイルナ嬢のお気持ちは?」
なぜこうも食いつくのか分からないが、テオドールはイルナに話を振る。
「兄上!ふざけるのはお止めください!」
「ふざけてはいないぞ?上位精霊と契約できる人間なんて聞いた事がない。エルフの精霊使いでも上位精霊とそうそう契約できないだろう?そう言えばエミール王国で会った時はエルフを従えていたな。それだけでも普通のご令嬢とは違う面白さがある」
「兄上のそれは、ただ面白そうだと言う理由でしょう。そんな理由で弟から婚約者を奪うのですか?」
「まだ発表前だろう?」
突然始まった婚約者の奪い合いに一同がポカンとする。けれど当事者であるイルナは恥ずかしくて消えてしまいたい衝動にかられていた。そして、ついには耐えられなくなり、二人に向かって叫んでしまった。
「いい加減にしてください!こんな時にそんなくだらない話をして、一体どういうおつもりですか!」
「くだらない…」
くだらないと言われてウィクトルがショックを受ける。そしてイルナはキッとテオドールを睨み付けた。
「王太子殿下。この際はっきりと申し上げますわ。私は王妃の座も殿下の隣にも興味はありません。ウィクトル殿下も…殿下だからではなく、ウィル様自身を見て好意を持ったのです。ですのでこのようなくだらない言い合いをされても困ります!」
そう言ってツンと顔を背けた。チラリと隣のウィクトルを見ると、何故か顔が赤くなっている。するとどこからともなくクスクスと笑い声が聞こえてくる。何となく気になって声のする方へ視線を向けると、ローグ伯爵が声を殺して笑っていた。
「い、いや、申し訳ありませんっ…、ですがその、ククッ…、王太子殿下がこうもズバッと振られる様を見るのは珍しく……っ、ぶふっ…」
「ローグ伯爵殿。そんなに笑う事はないだろう」
「い、いえ、すぐに落ち着きますのでっ…」
「全くそうは見えないが」
少々不貞腐れたようにテオドールがそっぽを向く。そんな様子を黙って見ていたマオーラ公爵は「うぉっほん!」とわざとらしく咳払いをし、注目を集めた。
「まあ、殿下の失恋はさておき、イルナ嬢のイフリート召喚はさほど大勢の人々に見られた訳ではありませんので、こちらは箝口令を敷いておけばよろしいでしょう。それよりも殿下と共に飛竜に乗って王宮へ戻ってきた事の方が騒がれております。ここは早めに婚約式を開かれた方がよろしいでしょうな」
「失恋とか言うな」
テオドールがボソッと突っ込んでいるが、淡々と述べるマオーラ公爵に国王も満足そうに頷いている。これに関してはロドルフも反対したくてもできない状況のようで、苦虫を噛み潰したような顔をして国王を睨んでいた。この人、会議中でも全く遠慮がないなと見ている人達は心の中で毒づく。
とはいえ、今はそれよりも議論すべき事がある。
「それで、我が愚息…ルキウスの事ですが」
心なしかマオーラ公爵の表情は暗い。聖竜の子孫だなんて言われて「わーい」なんて喜べるはずもなく、どうするべきか思案しているようだ。
「先程の聖竜ガイウス様の話が本当であれば、アレは聖竜の血を引く者だそうです。にわかには信じがたいが…」
「アラヌス、奥方からそのような話は…」
「聞いていればここまで驚かん。邸に使いを出しているが、多分妻も知らぬ事だと私は考えている」
「…そうか」
ロドルフの問いにマオーラ公爵は淡々と答えているが、相当困惑しているのだろう。何せマオーラ公爵にはルキウスしか子がいない。アラヌスには妹がいたので、最悪妹の子供を養子に貰う事もできるが、ただ、それはルキウスが聖竜になる事を望んだ場合だ。
「現状で言えば、とりあえず当面は聖竜の男巫と言う地位で、カロレッタ殿の補助をしてもらう事になるでしょう」
「だが、聖竜の後継者がいるというだけでも有り難い」
「オールコット公爵、それは…」
第一騎士団長のオールコット公爵の言葉をウィクトルが咎めようとする。が、マオーラ公爵がそれに対して首を横に振った。
「ウィクトル殿下。お気遣いは有り難いですが、現実問題で言えばオールコット公爵の言う通りですよ。聖竜ガイウス様には力を奪われる呪術がかけられている。万が一の場合を考えれば当然の発言です」
「しかし…」
言いかけて言いよどむ。確かに現実問題で言われるとその通りだからだ。
「ここで問答を繰り返しても答えは出ぬ。聖竜ガイウス様の件に関しては、カロレッタ殿の補助をマオーラ公爵令息ルキウスに任命し、街の復興に関してはギルドに協力依頼を出しておけ。それと警備隊達には北の広場へ仮設住宅の設置をさせ、家が壊れてしまった住民達の住居の確保を急がせよ」
「畏まりました」
「オールコット公爵にローグ伯爵。貴殿らは騎士団へ戻り、王都周辺の守衛達と連携を取り、王都の守りをより一層固めよ」
「「はっ」」
「ルーメン侯爵、魔術師団で王都の防衛を強化せよ。防御魔法を各地に展開させ、外部からの攻撃に備えるのだ」
「わかりました」
国王が次々に命令を下す。各自慌ただしく謁見室から退出し、最後に残されたのはイルナとウィクトル、それにテオドールだった。
「あの、陛下。私も御前を失礼しま…」
「いや、そなたは待たれよ」
「え」
国王に引き留められ、イルナが警戒する。一体何を言われるのかと構えていると、ニッコリと微笑まれた。
「そのように怯えずともよい。イルナ嬢、いや、娘になるのだからイルナでよいか?」
「は、はい、勿論です」
「父上、イルナに何の話ですか?」
イルナを庇うようにウィクトルが前に出ると、それを見た国王は楽しそうに笑った。
「見たか、テオドール。あのウィクトルがなぁ」
「本当ですね、父上。女性を見れば嫌そうな顔をしていた弟がここまで変わるとは」
「その辺りについてはお主も変わらんだろう」
「ははは、私はうわべだけ愛想よくするのは得意ですよ」
「そうであったか?」
「そうです」
一体何の話だろうか。不安になったイルナがウィクトルを見ると、ウィクトルはどこか遠い目をしているように見える。どうやらこういうやり取りは日常茶飯事らしい。
「それで、イルナに何の用ですか?」
「おお、そうであった。お前達の婚約式の事だ」
婚約式と言われ、イルナとウィクトルが顔を見合わせる。そしてイルナは恐る恐る国王に訪ねた。
「あの、それって延期できないですよね…?」




