透明になる
イルナ達が立ち去った後を呆然と眺めていたテオドール達の元に、一人の男性が近づいてきた。
「殿下、馬の休憩終わりましたよ。商人からも…て、どうかしたんですか、間抜けな顔をして」
「…間抜けとは何だ、キーン」
「え、ご自分で気付いてないんですか?というか全員似たような顔してるけど、一体何があったんだ?」
テオドールの言葉を何気にスルーした男は、周囲にいた兵士達に視線を向けた。すると少し気まずそうにしながらも、その中の一人が声を出す。
「いえ、その、ルーメン侯爵令嬢がいらっしゃったので、驚いてしまって…」
「え、ルーメン侯爵令嬢って、まさかイルナ嬢が?ここに?」
「何だ、お前知り合いなのか?」
「はぁ、妻が幼馴染なんですよ」
キーンの言葉にテオドールが少し驚いた顔をした。この男はキーン・オニール伯爵と言って、テオドールの側近だ。どうやらさっきの騒ぎの時にはこの場にいなかったようだ。
キーンは辺りを見渡して不思議そうな顔をする。
「で、イルナ嬢はどこへ?」
「さあな。方角からしてエミール王国の王都に向かったんだろう」
「なら向こうで会えるかもしれませんね。妻に言ったら羨ましがられるだろうなぁ」
少し残念そうな顔をしてキーンが呟く。それを残念そうな表情でテオドールが眺めていたので、不思議そうにキーンが首を傾げた。
「何です?」
「お前、イルナ嬢が何故こんな場所にいるのか気にならないのか?」
「え、旅行でしょう?」
「旅行ねぇ…」
ただの旅行でエルフ達と一緒にいるものなのか。そうは思ったが考えてもわかるものでもないのも確かだ。テオドールは気を取り直し、周囲に待機していた兵士達に声をかけた。
「休憩は終わりだ!各々持ち場に戻り準備が整い次第出発するぞ!」
「「「「はっ!!!!」」」」
全員が敬礼をして返事をする。こうして一行はエミール王国の王都に向け、再出発したのだった。
※※※
テオドール達より先に出発したイルナ達だったが、こちらは徒歩になる為またテオドール達と遭遇するんじゃないかとイルナは心配していた。それをキルスティに告げると、何やら考えた後に全員に向けて魔法をかけた。
『己の姿を隠せ』
キルスティが呪文を唱えると、4人の体のまわりがキラキラと輝きだす。そしてゆらりと空気が揺れたように見えたかと思うと、スーっと体が薄くなった。何となく向こうの景色が透けて見える。
「え…これ…」
「姿隠しの魔法だよ。会得するの大変だったんだから」
えっへんと自慢するようにキルスティが言うが、ランナルがプッと笑いだす。それをシルヴァが肘で小突く。
「ランナル、失礼だよ」
「だってキルスティってば、若干不完全な魔法を胸張って自慢してんだもんっ、おかしいじゃん…プククッ」
「いいじゃない~っ、それでも難しいんだから!」
ランナルに笑われてキルスティが膨れる。その様子を黙って観ていたイルナは、なにかを考え込むように眉間に皺を寄せていた。
「どうしたの、イルナ?暑い?気分悪い?」
「えっ、ああ、違う違う!そうじゃなくて…」
「?」
不思議そうに眺めるキルスティをイルナもじーっと見つめる。そして、真面目な顔でキルスティに問い掛けた。
「キルスティ。今の魔法を私にもう一回かけてもらえない?」
「いいけど、重ね掛けしても効果は変わらないよ?」
「うん、大丈夫。それでいいから、お願いできる?」
「いいよ~。じゃあいくね」
すうっと息を吸い込みイルナに向かって手をかざす。そしてさっきと同じ呪文をキルスティが口にした。
『己の姿を隠せ』
『増幅せよ』
ブワッとイルナから光が放たれ、キルスティを包み込む。そしてキルスティの手から放たれた魔法の威力が目に見えて増幅され、イルナの姿は完全に消えてしまった。
「え…これが…」
「す…っげえ、増幅魔法じゃん!」
「イルナ、すごい!」
上手くいったようで、イルナは透明になっている。三人がそれぞれ興奮したように声をあげていたが、肝心のイルナが全く見えない。
「キルスティ、これちょっと不便じゃない?皆に私の姿が見えないんだよね?」
「確かにそうなんだけど、この魔法は……あ」
「どうしたの?」
「さっきの人達が来た」
「え?」
キルスティの言葉に全員が振り返ると、テオドール一行が馬に乗ってこちらに向かってきている。こちらの姿は認識しづらいはずだから、このままだと完全に事故になる。4人は慌てて進路からそれるように少し離れた。
すると、あっという間に追い付いたテオドール達がイルナの目の前を通りすぎていく。こちらに気付いた様子もなく、そのままエミール王国の都へと去っていった。
『解除』
突然キルスティが解除の魔法を唱える。透明になっていたイルナや半透明になっていたキルスティ達の姿が完全に視認できるように戻った。
「もう行っちゃったしいいでしょ」
「そうだね。てゆーかさ、俺達も馬に乗ってくれば良かったよなぁ」
「何言ってるのよ。馬なんてエルフの村で飼ってないでしょ」
「シルヴァがケルピーを狩ってくればいいじゃん」
「絶対嫌」
とても嫌そうな顔をしているので、本当に嫌なんだろう。ケルピーとは何だろうかとイルナが考えていると、キルスティが親切に説明してくれた。
「ケルピーは湖に棲む食人馬だよ。無理矢理背中に乗ろうとすると、湖に引きずり込んで食べちゃうんだ。けど、馬勒を付ければ人に従うから、結構便利なんだ~」
「へ、へぇ…危ない馬なんだね…」
「魔獣だからねぇ」
それなのにさらっとシルヴァに捕まえろと言う辺り、ランナルもかなり鬼畜だ。シルヴァが嫌そうな顔をするのも頷ける。
「そんな事よりも早く行こう。徒歩だとあと半時くらいで街に着くから、その足でギルドへ行くよ」
「はーい」
「わかったわ」
ランナルとシルヴァが頷く。転移オーブのおかげでそれほど長旅にならずにエミール王国まで来られたのは本当にラッキーだ。キルスティがエミール王国に来た事があるようなので、転移できたのだが。
「さっきの姿隠しの魔法はねぇ、本当はお互いにそこに居る事を認識していれば、相手の姿を見る事ができるんだよ。見えなかったのは見えなくなると思って見てたからなんだぁ」
イルナにさっきの魔法の説明をキルスティがしてくれた。パーティー全員が姿隠しの魔法を使ってしまうと、お互いがわからなくなるから使いにくいね、と言ったからだ。
それよりもシルヴァはイルナをじっと見つめ、そして感慨深げに呟いていた。
「本当に増幅術師様だったんですね」
どうやら半信半疑だったらしい。それを聞いて苦笑すると、ランナルがシルヴァに同意する。
「そうだよなー。最初は普通の女の子にしか見えないなーと思ってたけど、あんな事ができるなんて驚いたよ」
頭の後ろで手を組みながらランナルも呟く。
「そうね。私も人の魔法に『増幅』をかけたのは初めてだったから、できるかどうかわからなかったもの」
「「え」」
イルナの言葉に二人が同時に驚く。そしてポソポソと小さな声で「マジかよ」だの「すごいわ」だのと呟いていた。
そうこうしているうちに街の入り口に辿り着く。
身分証を見せて街に入り、ギルドに向かって真っ直ぐに進んだ。




