オアシスで再会
翌日、イルナ達は朝食を終えた後、カジミールの邸の前に集合した。前日に紹介されたシルヴァとランナルも荷物を持って待機している。イルナの荷物は用意できる程持っていなかった為、カジミールが用意したようだった。
「いいですか、イルナ様。砂漠は水分補給が命です。しっかりと定期的に水分を採るようにしてください。それと直射日光は日焼けの原因になりますので、必ず外套を着用し…」
「長、長、忠告が長いですよ」
「長はイルナ様を心配してるんだ。意外~」
シルヴァとランナルが呆れたように呟くと、カジミールはギロリと二人を睨む。
「当然心配してますよ。イルナ様は侯爵令嬢、砂漠の旅なんて経験ありませんからね。それに大事な増幅術師様ですから」
それを言われると二人もぐっと言葉を詰まらせる。そして不思議そうにイルナをジロジロと眺め出した。
「それにしても…イルナ様が増幅術師だなんて…」
「うんうん、そうだよなぁ。俺なんて増幅術師の護衛って聞いて、てっきり男だと思ってたし」
「確かに過去の増幅術師は男性でしたが、そうという決まりはないですからね。それよりも二人とも、イルナ様とキルスティをしっかり守るんですよ」
「「はい」」
何となく蚊帳の外だ。どうやらこの二人はイルナが増幅術師だと言う事に驚いているようだ。
そこへキルスティが遅れて走って来る。肩にはコンチャが乗っていた。
「お待たせ~、じゃあ行くよ!」
「キルスティ、気を付けるんだよ」
「はいパパ!じゃあみんな手を繋いで。エミール王国へ転移!」
「え、いきなり!?」
イルナが驚いて声を上げるも、一瞬にして辺りが光に包まれる。そして恐る恐る目を開けると、エミール王国の王都付近のオアシスに転移した。
「ここは…」
「エミール王国のオアシスだよ。街中に突然人が現れたらパニックになるでしょ」
「なるほど…」
キルスティの言う通り、突然転移で人が現れれば騒ぎになるだろう。目立つのは本意ではないのだし、ここは素直に任せるしかない。そもそも旅らしい旅をした事がないのだから、勝手もわからないのだ。
そんな事を考えていると、ふいに背後で怒鳴る声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、シルヴァとランナルが兵士らしい人物に絡まれている。
慌てて二人に駆け寄ると、そこには意外な人物が数人の兵士と共に立っていた。
「お、王太子殿下…!?な、何故ここに…、それにどうしたの、二人とも」
「君は…イルナ・ルーメン侯爵令嬢じゃないか」
まさかのテオドール王太子殿下が目の前にいる。驚いてしまったが二人の様子がそれどころではない。兵士達と向かい合い睨み合っている。
「ねえ、どうしたの?」
いつの間にか人間に変装したキルスティが、シルヴァとランナルに問い掛けた。するとそれを見ていた兵士の一人が鼻で嗤いながら吐き捨てるように口を開く。
「お前の連れか?そこのダークエルフは。魔に堕ちたエルフ等と一緒にいるとは嘆かわしい」
「え?」
どうやらシルヴァをダークエルフだと罵っているようだ。それを見てテオドールが呆れたように溜め息をつく。
「よさぬか、お前達。この者が何かした訳ではあるまい」
「しかし殿下!ダークエルフが彷徨いている等放置できません!然るべき対処を…」
「あのぉ~、ちょっといいかな?」
緊張感のない間延びした物言いで、キルスティが手を挙げる。それを不愉快そうに見た兵士は、苛立ちながら「何だ!」と答える。するとキルスティはニコリと微笑み、一歩前に出た。
「ダークエルフって何の言いがかり?そもそもエルフに『ダークエルフ』なんて種類はないけど」
「はあ?何を言っている。ダークエルフは存在するだろう。馬鹿なのか?」
「馬鹿は貴方だよ。ひょっとして『ドラウ族』の事を言ってる?それならエルフと間違えても仕方ないけど…、侮辱だよね?知らないからって許されると思ってる?」
「な、何だと!?」
馬鹿にされたと思った兵士が顔を真っ赤にして怒り出す。けれどそれすら不快そうに見たキルスティは、盛大に溜め息をついた。
「ドラウ族とエルフの違いも見分けられないなんて、それでも王太子付きの騎士なのぉ?勉強して出直してきなさ~い」
「なっ、貴様!殿下の前で俺を侮辱する気か!許さんぞ!」
「それを言うならこの子を『ダークエルフ』と罵って侮辱した貴方を私は許さないけど?」
「キルスティ、待って!」
「もうよさぬか!」
イルナとテオドールが同時に叫ぶと、その場が一瞬にして静まり返った。そしてテオドールが一歩前に出たかと思うと、シルヴァに頭を下げた。
「部下が失礼を。申し訳ない」
「で、殿下っ!?」
王族が頭を下げるなどあってはならない。ぎょっとした兵士が慌てて制止しようと駆け寄った。
「な、何故殿下が謝るのです!」
「お前が謝らんからだろう」
「そ、それは…」
「己の非を認められないようでは、騎士失格だぞ。それに彼女の言うドラウ族が我々の言うダークエルフだと言うのは間違いではない」
チラリとキルスティの方を見るが、キルスティは納得していないようだ。
「だから、その呼び方やめてくれないかなぁ。ドラウ族はエルフになれなかった亜種。それを『ダークエルフ』だなんてエルフと同じ括りにされるのは不本意だし…」
「キルスティ」
まだ何か言いたげなキルスティの言葉をイルナが遮る。そしてテオドールを真っ直ぐ見据え、ハッキリとした口調で告げた。
「殿下。この人達は私の大切な仲間です。そちらの方達がどう思おうが、何もしていないのにいきなりこんな風に罵られる謂れはありませんわ」
「イルナ嬢…」
「ですのでご無礼は承知ですが、このまま去らせていただきますわね」
「ちょっと待ってくれ」
とっととこの場を去ろうとしたイルナをテオドールが呼び止める。不本意だが相手は自国の王太子だ。仕方なく足を止めると、テオドールが不思議そうにこちらを見ていた。
「その、さっきのはこちらが悪かった。だが、その、君は何故こんな場所にいるんだ?その三人は仲間だと言ったが、一体どういう事だ?この事はウィルは知ってるのか?」
質問が多いな、とイルナは困る。どれもこれも答える義理もないが、だからと言って答えられるかと言えば、答えられない内容だ。
うーんと少し考えたイルナは、口元を弧を描くように笑顔を作り、人差し指を唇の前に立ててにこりと笑った。
「それは私とウィル様の、二人だけの秘密ですので言えません」
「な…」
思わぬイルナの妖艶とまではいかないが魅力的な微笑みに、テオドールや護衛の兵士達が一瞬見惚れる。それを見ていたキルスティは、「行こう」とだけ告げて歩きだし、それにイルナとシルヴァ、ランナルも続く。
我に返ったのは、イルナ達が随分と進んだ後だった。