旅の前夜
転移のオーブでエルフの村に戻ったイルナを待っていたのは、一緒に冒険する仲間だった。ただ、イルナが思っていたよりも早く戻って来たので、まだ出発する用意は整っていないようだった。
「明日の朝までゆっくりされれば良かったのに」
カジミールが苦笑を漏らして呟くと、イルナも同じように苦笑する。
「あんまり長くいると戻れなくなりそうでしたので。それにやっぱりこっちが気になってしまって…」
「ううん、イルナが早く戻ってくれて嬉しいよ。パパ、意地悪言わないで」
「意地悪じゃないんだが…」
気を遣ってくれていたのはわかっていたので、イルナもそこは申し訳なく思っていた。そして部屋に集められた他のメンバーを見て、イルナは綺麗なお辞儀をした。
「イルナ・ルーメンと申します。これから数日間ですが、よろしくお願いします」
ふわりと微笑むと、集められたメンバーもニコリと微笑んだ。
「私はシルヴァよ。よろしく」
「よろしくお願いします」
シルヴァはキルスティと違い、褐色の肌をした美女だ。髪はプラチナブロンドでサラサラしている。やっぱりエルフの洗髪方法は興味がある、なんて見とれていると、今度はもう一人の男性が挨拶をした。
「俺はランナル。よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
ランナルもとても見惚れる程の美少年だ。見た目だけだとキルスティと同じくらいに見えるが、キルスティ自体が年齢不詳なのだから、このランナルも自分よりうんと年上かもしれない。
「シルヴァは弓の使い手なんだよ。ランナルは剣術が得意だから。私とイルナは魔法要員だね」
「あ、あはは…そ、そうだね…」
魔法要員と言われる程の事は全くできないが、最善を尽くそう。それしかない。一通りの自己紹介が終わると、カジミールがテーブルの上に地図を広げた。
「では早速。まずイルナ様が得た情報では、生命の木は『エミール王国の砂漠の果てにある、消えない炎に囲まれた場所』にあるとの事ですが、砂漠の果てがネストーレ王国から見てと仮定すると、こちらの方角になりますね」
スッと指を動かし、ネストーレと真逆の方角を指す。確かに砂漠の果てと言われる場所なのだろうが、その先は砂漠ではなく荒野が広がっている。そしてさらにその先は魔の森と呼ばれる魔物が多く生息する森だ。
カジミールの話を纏めると、まずはエミール王国の王都に入り、そこからエミューを借りて進めば3日程で砂漠の果てまで行けるらしい。一応王都で護衛と道案内を冒険者ギルドで頼めばそこまで危険は無いそうだ。
「ギルドには護衛依頼を出しておきます。秘密を守れる者でないといけませんが、そこはギルドマスターにしっかり言っておきます」
「わかりました」
どうやらギルドマスターもケット・シーを飼ってるようだ。遠距離会話ができるようで、すぐに依頼を出せるらしい。けれどイルナは何かを思い出したように慌ててカジミールを見る。
「あのっ、報酬はいくら用意すればいいんでしょうか?」
ハンターに依頼するのであれば、報酬は付き物だ。相場は全く分からないが、イエルハルドがポーションを買い取ってくれているので、そこそこ用意はできる。するとカジミールはニヤリと笑い、テーブルの上にドサッと箱を置いた。
「報酬はコレですよ」
「え…これって…」
そう、まさに目の前にあるのはイルナが作ったスプリームポーションだ。その数二十個。
「これが報酬になるんですか?」
「勿論です。何しろスプリームポーションはこの瓶一つで平民の家族が一年間暮らせる程の金額になりますから」
「え……」
一瞬言われた事を理解できず、キョトンとする。そしてさっきのラルスの反応を思いだし、再びカジミールに視線を向ける。そこでようやく言われた事を理解し、驚きで目を見開いた。
「ええ!?そ、そうなんですか!?た、確かに高価な物だから王族くらいしか買わないとは聞いてましたけど…」
「ええ、そうです」
さらっと言ってるがこの人がイルナに百個も作らせた張本人だ。何となく腹黒さが垣間見えた気がする。
平民の家族が一年間暮らせる金額とは言っても、王族や高位貴族にとっては大した額ではないかもしれない。が、それだけのお金を払って手に入るのはたった一つだ。そう考えるとわざわざ買う人はあまりいないかもしれない。
だが、ギルドでは話が違ってくる。
「この一つで瀕死の重傷者でも瞬く間に傷が癒える代物ですので、ギルドでは重宝するでしょう。現金ではありませんが、快く引き受けてくれますよ」
「ですがハンターさんへの報酬は…」
「それはギルドで用意しますので、心配なさらず」
後から聞いた話だと、こういう報酬での依頼はよくある事らしい。ギルドはハンターを管理する場所だが、危険な依頼も入ってくる。その時不測の事態にも対応できるよう、物品の備蓄も常に気を配っているらしい。
「では明日の朝の出発しますので、今日はもうお休みください」
色々と思うところはあったが、カジミールの有無を言わさない笑顔でこの場はお開きとなった。