突然の訪問者
ウィクトルイルナが遠距離会話をした翌日、イルナは実家の両親に手紙を書いた。内容はウィクトル王子との婚約を受けるというものだ。多分これを読んだら、家は大騒ぎになりそうだが、こちらも覚悟を決めたのだ。それなら返事は早い方がいい。
「キルスティ、手紙を送りたいのだけど、お願いできる?」
「いいよ。何処宛て?」
「王都にいる両親に」
「わかった」
とりあえずはウィクトルの婚約の申し出を受ける旨を伝えないといけない。それと一緒にお願いしたい事も手紙に書く。そして中身をしっかり確認したイルナは、手紙をキルスティに預けた。
手紙を受け取ったキルスティは、それをコンチャに渡す。何故コンチャに渡すのだろうと思ったが、キルスティの事だから大丈夫だろうと、追及はしなかった。
そして、イルナが手紙を出した次の日には、王都にあるルーメン家に手紙がしっかり届いたらしい。執事がイルナからの手紙をロドルフに渡すと、ロドルフは慌てて封を切って中を見た。何故そんなに慌てているのかと言うと、すでにイエルハルドからイルナがエルフの村に一人で行ってしまったとの連絡があったからだ。
「カロレッタを呼んでくれ」
「畏まりました」
執事が恭しくお辞儀をし、退室する。そして数分後にカロレッタがロドルフの執務室に現れた。
「どうかなさいました?」
「ああ、イルナから手紙だ」
イルナからと聞いてカロレッタが驚く。ロドルフから手紙を手渡され、驚いた顔をしてロドルフを見た。カロレッタの視線にロドルフも無言で頷き溜息をつく。
「…イルナが言わなくても、王家からの打診だ。余程の理由がない限り断れんのは確かだが」
「そうですけど…あの子ったらいつの間にウィクトル殿下と親しくなっていたのかしら」
「それについてはイエルハルドが王都に来た時に、締め上げてでも聞き出す」
「まあ、ロドルフ様ったら…」
苦々しく呟くロドルフにカロレッタも苦笑する。けれどすぐさま表情を曇らせ、カロレッタが首を傾げる。
「それにしても、婚約を受けるのはまあ…わかるとして、公表するのはまだ先にしてほしいって…」
「それについては今から登城して国王に謁見してから進言するつもりだ」
「そうですわね…それでは私もご一緒しますわ」
「わかった。すぐに用意をしてくれ」
そう言ってロドルフが立ち上がる。その時執務室にノックの音が響き、ロドルフが「何だ?」と返事をすると、執事が部屋の外から声をかけてきた。
「お話し中申し訳ございませんが、ロドルフ様とカロレッタ様にお客様がお見えです」
「客?誰とも約束はしていないが…」
「それが…」
言いにくそうに口籠る執事にカロレッタが部屋のドアを開ける。するとそこには満面の笑みを浮かべた国王が、ウィクトルを連れて立っていた。
※※※
ルーメン家の応接間にメイドがお茶を運ぶ。そこには仏頂面のロドルフと困った顔をしたカロレッタ、そして終始にこやかな国王と申し訳なさそうにしているウィクトルが座っていた。王の後ろには護衛らしき兵士も数人控えており、人口密度が半端ない。
「で、何しに来た」
「そう不機嫌な顔をするな。儂はただ、一人の親として息子を連れて婚約の申し出に来ただけだろうが」
「ほぉ、何の前触れもなく突然来るとは、それでも国王かお前は」
「これでも国王だぞ」
「知ってるわ!!国王のお前がほいほい気軽に出歩くな!!呼び出せばいいだろうが!!!!」
「いやいや、ロドルフの大切な娘さんをうちの愚息に貰おうというのに、呼び出すなんて事はさせられんよ。それにウィクトルも遠方から戻って来たばかりだったが、きちんと挨拶に行きたいと言い出すんでな、じゃあ一緒に行こうかなーと…」
「アホかあああ!!!!」
バンバン机を叩きながらロドルフが吠える。それを後ろに控える兵士達も何故か同意するように頷いていた。普通であれば忙しい身の国王がこんな風にお忍びで出歩くなんてもっての外だ。けれど息子のお嫁さんの家に挨拶に行ってくる、と書置きして出て行こうとした所をウィクトルに見つかり、今に至っている。
「その、申し訳ありません、ルーメン侯爵。父は少々…考えなしの所もあるんですが、本来なら私がルーメン侯爵にきちんと挨拶をしないといけないと言ったのを聞いて、嬉々として自分も行くと聞かず…」
「いや、両家の大切な事だからな」
「父上、少し黙ってください」
申し訳なさそうに頭を下げるウィクトルに、ロドルフとカロレッタが慌てる。
「いや、王子殿下が頭を下げるのはいかん。悪いのは全てこのおっさんだ。殿下は謝らないでください」
「そうですわ、ウィクトル殿下。それと無事に戻られて何よりです」
「ありがとうございます、お二人共。それと、イルナ嬢との婚約の件ですが、お許しいただけないでしょうか?」
「うむ…」
悩むふりをしているが、実際イルナも了承しているので、受けるしかないのだが。目の前の国王がニコニコしているのを見ていると、どうも素直に頷きたくない衝動に駆られる。
「…アレクが嬉しそうな顔をしているのが腹立つが、イルナから手紙が丁度届いた」
「イルナ嬢からか?して、なんと書いておるのだ?」
「婚約を受けると言っている。だが、発表はまだしないでほしいとも書いてある」
「そうですか…」
「な、何故だ!すぐにでも婚約発表するつもりだったのに!!」
「知らん。娘が帰ってきたら聞いてくれ」
投げやりな態度のロドルフだったが、国王は気にならないらしい。ウィクトルにすればイルナのその申し出は何となく理解できた。
自分は唯一無二の存在になって、自分にしかできない事をしたいと言っていた。そんな彼女を応援したい気持ちもある。それにイルナを婚約者として側に置けるのだから、多少の事は目を瞑ろうとも思っていた。
「ルーメン侯爵、私はイルナの意志を尊重したい。彼女が納得するまで、婚約は伏せておきましょう」
「いいのですか?」
「はい。元より私は自由で素直なイルナが好きになりましたから。彼女のしたい事が終わるまで、協力はしても邪魔をするつもりはありません」
「…わかりました。では、詳しい日程やその他の事は、イルナが戻ってからという事でよろしいですね?」
「勿論です」
ウィクトルが頷くと、ロドルフも少し表情を緩めた。それをつまらなさそうに国王が眺めていたが、ロドルフはガン無視だ。その様子を見てカロレッタがくすくすと笑いだす。
「ロドルフ様、少しくらいアレクサンデル国王とお話してあげてくださいな。ウィクトル殿下、少しだけ私のお茶に付き合ってくださいませ」
「勿論よろこんで」
「なっ、カロレッタ」
「父親同士、言いたい事を言ってくださいませ。では私はこれで」
優雅にお辞儀をし、カロレッタが退出する。それにウィクトルもついて行き、室内にはロドルフと国王、それと護衛騎士達だけになった。とはいえやはり人口密度はまだ濃いが。
「なあロドルフ」
「なんだ」
「何でお主はそこまでイルナ嬢に過保護なのだ?かのコンラード辺境伯に預けたのも、彼女の身を案じての事であろう?」
「……」
イルナは王立学園を中退している。その事についてあらぬ噂をたてる輩は確かにいた。けれど噂を聞いたからと言って、娘を無能扱いし、ましてや領地でもない辺境伯領へ放り出す等、らしくない行いだ。
「何も言わんのか?」
「言うような理由はない。あの時はイルナは貴族に向いていないと思ったからだ」
「そうか…」
何かを隠しているのは分かっていたが、やはり言うつもりはないのだろうと国王は息を付く。そして徐に立ち上がると、護衛騎士に目配せした。
「邪魔したな。儂はそろそろ帰るが、続きは聖竜の巫女の選定後にイルナ嬢を交えて話そう」
「ああ…、すまん、アレク」
はじめて申し訳なさそうにロドルフが呟いたのを聞き、国王も片方の眉を上げる。が、すぐに声を上げて笑い、ロドルフの肩をポンポンと叩いた。
「なぁに、構わんよ。お前と儂の仲だ。ではまたな」
見送りはいらんぞ、と言い残し、ウィクトルを置いて国王は帰ってしまったのだった。