遠距離会話
「イルナ…」
少し肩で息をしてウィクトルが呟く。一週間ぶりのウィクトルは寛いでいたのか、ラフな格好だ。それもまた素敵だなんて思うあたり、自分は思っていたよりウィクトルが好きなんだと、どこか他人事のように考えていた。
「ウィル様、お久しぶりです」
「ああ」
何というか、言葉が詰まる。とりあえず、ずっと気になっていた事を話すことにした。
「ウィル様、あの時置いていってしまってすみませんでした。ウィル様のお気持ちは嬉しかったんですが、お立場もあると思って…」
「いや、いいんだ。君が無事ならそれでいい。俺もちょっと感情的になってしまっていたし」
「そう言っていただけると助かります」
ようやくホッとしたイルナはフワリと微笑む。けれどすぐにその表情は陰りを見せ、ウィクトルから視線を外した。
「イルナ?」
気になったウィクトルが尋ねるように声を掛ける。イルナは何かを躊躇うような様子だったが、意を決したように口にした。
「あの、ウィル様との婚約、やっぱりお受けできません…」
「え…」
一瞬、何を言われたのか理解できず、ウィクトルが固まる。じっとイルナを見つめると、イルナも真剣な表情でウィクトルを見つめていた。
「理由を聞いても…?」
ようやく出た言葉は最後まで紡げず、尻窄みになる。イルナは理由を言うのを迷っていると、キルスティが横から割り込んできた。
「わからない?イルナはウィルの身を案じてるんだよ。増幅術師である自分といれば、ウィルが王家から邪魔扱いされるんじゃないかってね」
「ちょ、キルスティ!」
「ホントの事じゃない。現に先代の増幅術師は殺された。王家の邪魔になるって理由で」
キルスティに全て言われ、イルナが唇を噛み締める。それとは真逆にウィクトルは驚いたように目を見開いていた。
「キルスティ、何故その事を君が知っているんだ?」
ウィクトルの様子からして、先代の増幅術師が処刑された経緯を彼は知っているようだ。それよりもキルスティが事実を知っている事の方が不思議らしい。それもそのはず、王国の民達は真実を知らない。真実を知っているのは王家と、ごく一部の貴族だけだ。それなのに一エルフが知っているのはどうしてなのか。
その疑問が分かるのか、キルスティはニッと不適に笑い、イルナにピッタリと寄り添うようにくっついて見せた。
「知られてないなんて、どうして思うんだろうねぇ?エルフは人間よりも神様に近い存在だよ?精霊と対話し、自然を守ってるんだから。むしろ知らない方がおかしいでしょ」
闇の竜が封印された時、他の守護竜達や精霊達が何も見ていない訳がない。そしてキルスティは豊穣の精霊ヴェレスの眷属なのだ。それを聞いてウィクトルが驚く。
「ヴェレス様は増幅術師だったアルセニオと友達だったんだよ。だから次の増幅術師が現れた時に、よろしく頼むって言われてたの。私がイルナに協力してるのはそういう事情だから」
それは初耳だ。色々と情報過多で大変だが、どうやらアルセニオ殿下がヴェレス様に頼んだおかげで、イルナは今こうしているらしい。
一通りの事を聞いて、ウィクトルは溜め息をつく。そしてイルナに視線を向けた。
「事情は、まあわかった。だが、そういう色んな事は置いておいて、イルナに正直な気持ちを聞きたい」
「正直な気持ち?」
「俺と一緒になるのが嫌だから婚約できないのではないのか?」
「それは違います!ただ、私のせいで危ない目にあってほしくなくて…」
嫌いな訳がない。好きなのだ。だからこそ、危険な立場に追いやるのが自分でありたくない。ただそれだけだ。
「わかった。それなら君が不安にならないよう、俺も力を尽くす。それなら婚約できるだろう?」
「え?それはでも…」
無理なのでは、と首を傾げる。けれどウィクトルは静かに微笑み、しっかりと頷いた。
「イルナ。俺を信じて」
迷いのない瞳を真っ直ぐに向けられ、イルナはようやく静かに頷く。それを見たウィクトルは、ホッと息をついて表情を崩した。
「良かった。婚約できないって言われた時は、目の前が真っ暗になったよ」
「それは…ごめんなさい。でも、ウィル様」
呼ばれてウィクトルがイルナを見る。
「必ず信じさせてください」
一瞬目を見開いたウィクトルは、すぐに頷く。
「当然だ。俺の隣は君しかいない」
そう言って久しぶりの甘やかな笑顔をイルナに向けたのだった。




