妖精ケット・シーの能力
イルナが姿を消して一週間が過ぎた。コンラード領での探索が終わったウィクトル達は、一旦王都へ戻る事になっている。聖竜の巫女の選定の儀式があるからだ。
ウィクトルは聖竜の守護者として、選定の場にいなければいけない。コンラード領から王都までは一週間程かかるので、あまりゆっくりしていられなかった。
「世話になったな、イエルハルド殿」
「いえ、お気になさらず」
出発の見送りでイエルハルドは国境まで一緒に来ていた。お忍びとはいえ、第二王子だ。何かあっても大変だというのと、後は単にウィクトル達が心配だったのもあった。
イルナが消えてから明らかに元気がないウィクトルに、ユリウスも苦笑すら出ないようだ。未知の場所へと消えてしまった婚約者が、当たり前だが心配で仕方がないようだった。
「ではイエルハルド殿。次は王都でお会いできるのをお待ちしてますよ」
「ははは、それよりもお二人がまたこちらに来られる方が早いかもしれませんぞ」
「それは否定できませんね」
ユリウスとイエルハルドが楽しげに言葉を交わす。
「出発する」
ウィクトルの言葉にユリウスも無言で頷き、一行はコンラード領を後にした。
※※※
イルナは今どうしているのだろうか、とウィクトルは考える。とりあえずはエリクサーを作る為にエルフの村に行くと言っていたのだから、危険はないと思いたい。だが、エルフは人ではない。考え方が全く違うと思った方がいいだろう。人とは価値観も違うだろうし、優先順位も違うだろう。
初恋に浮かれている訳ではないが、心配なものは心配だ。特にイルナはどこか世間知らずな所があるように思える。侯爵令嬢なのだから、ある程度の事は知っているようだったが、それは貴族社会の中だけのものであって、広い意味での世間は知らないだろう。
「心配だ…」
思わず漏れた言葉にハッとなる。口元を押さえた時はもう遅く、しっかりユリウスに拾われていた。
「イルナの事?」
「…ああ」
隠してもしょうがないし、きっとユリウスは分かっていて聞いているのだろう。素直に頷くとユリウスも複雑そうな表情を浮かべていた。
「なるようにしかならないんじゃないの?それに、話がしたいのなら、そこの猫にでも頼めばいいんでしょ?」
「アーロンです二ャ!ユリウス様は意地悪だ二ャ!」
忘れていた訳ではないが、アーロンがいる。この猫の妖精はキルスティがイルナと話をする為に置いていったのだ。頼めば会話くらいさせてくれるだろう。けれどウィクトルはユルユルと小さく首を振る。
「いや、それはしない。イルナが覚悟を決めて出ていった事に水を差したくない」
「ご主人様エライ二ャァ~!イルナ様のお気持ちを考えてるんです二ャ!」
「単に話すのが怖いだけだったりして」
「ユリウス」
ジロリと睨み付けるとおどけたように肩を竦める。けれどユリウスの言っている事は当たっていた。自分がイルナと話したくても、向こうが煩わしいと思っていたらと思うと、どうにもこちらから行動を起こせないでいたのだ。
「イルナ様ならお元気そうです二ャ。心配しなくても大丈夫です二ャ!」
「何でそんな事アーロンが知ってるの?」
「それはです二ャ、向こうにいる我が一族と情報交換してるからです二ャ」
方法は秘密だとか言っていたが、どうやらイルナと会話させられるくらいだから、あちらにいる仲間と意思交換くらいはどうという事はないらしい。
「なら良かったじゃん。僕達も王都まで安全じゃないんだから、イルナの事はひとまず置いておいて、無事に帰る事に専念しよう」
「そうだな…」
ユリウスの言う事はもっともだ。ウィクトルは自分の顔をピシャリと叩いて気合いを入れ直し、姿勢を正して真っ直ぐに前を向く。王都に着くまで先は長い。それまでに馬上であっても出来るだけの事をしておきたい。
「アーロン、君はどの程度の事までできるんだ?」
ウィクトルがアーロンの能力を殆ど知らないのは、単に他に頭が回らない程にイルナを心配していたからだが、せっかく猫の妖精が一緒にいるのだ。利用しない手はない。するとアーロンは待ってましたかと言うように、唇をニィっと弧を描くように歪め、不適な笑みを浮かべた。
「嬉しい二ャ。ようやくご主人様は私を使ってくれる気になった二ャ!」
「そういうのいいから早く教えなよ」
「ユリウス様はせっかちだ二ャ」
意気揚々とするアーロンに冷めた視線を向けると、アーロンが不満そうに目を細める。猫の表情はよくわからないが、機嫌を損ねられても困るのだ。ウィクトルはなるべく穏やかにアーロンに問いかけた。
「俺はアーロンを頼りにしてるが、君のできる事が分からないと頼み事もできないだろう?どういう事が得意なのか教えてくれると助かるんだが」
「勿論です二ャ!」
自分の胸をドンと叩き、アーロンが胸を張って馬の背に立つ。落ちないのかと心配したが、どうやら杞憂らしい。
それからアーロンの説明を受けた。
彼ができる事はまずは隠密。これは何と無く予想がついていた。何しろこの猫の妖精、気配が全くしない。足音もしない。という事で、コンラード邸では訓練された兵士でさえ、アーロンに気付かないのだ。ある意味恐ろしい存在だが、これは個々に能力差があるらしい。
そして離れた仲間と意識の疎通ができる。これはキルスティから聞いていたので、何となく理解していたが、具体的な事は全くわからない。が、それは追々理解すればいいだろうと、ウィクトルとユリウスはそれ以上突っ込まなかった。
「隠密と離れた場所の仲間と会話ね…。どっちにしても、隠密行動の一環のようなものかな」
「そうです二ャ。そもそも猫と偽って人間に飼われる事をステイタスとしてるの二ャ。秘密を知る事は楽しみの一つでもある二ャ」
「なるほど。ではアーロンのできる事はその二つかな?」
ユリウスがニッコリと笑いながら問いかける。するとアーロンは首を少しだけ傾け、質問に答えた。
「そうです二ャ~、後は大した事は二ャいんですが、『探索』の魔法が使える二ャ」
「「え」」
アーロンの最後の呟きに、ウィクトルとユリウスが見事にハモったのだった。




