イオアンナ・グランという令嬢
イオアンナが学園に入学した頃、すでにイルナは学園を中途退学していた。なので二人に明確な接点はない。けれどイオアンナは密かにイルナの事を知っていた。何故なら自分のデビュタントであった夜会で見掛けたからだ。
漆黒の艶やかな髪に白磁の肌、琥珀色の大きな瞳には長い睫毛がびっしりと生え、人形のような美しさを持つイルナは、自分とは真逆の魅力を備えていた。
ブロンドの波打つ髪とエメラルドの瞳の美少女であるイオアンナにとって、彼女との出会いは衝撃的だった。
自分はどこにいても目立ち、その容姿を誉められ、男性達にちやほやされていたのに、ひっそりと壁の花になっている彼女から目が離せない。そう思うのはイオアンナだけでなく、周囲の男性達も同じだという事にも気付いた。
聞けば自分よりも二つ年上で、決まった相手もいないらしい。相手は侯爵令嬢だというのに、王立学園を中途退学したと聞いた時は、勝手に勝ったつもりにもなった。
自分は聖属性魔法が使える。学園でも先生や他の生徒達にも一目置かれる程に上達していた。イルナの母であるカロレッタが聖竜様の巫女だという事を知ったのもその頃だった。
(あんな中途退学するような娘より、私の方が聖竜の巫女に相応しいに決まってる)
いつの間にかそんな事を思うようにもなっていた。そんな時、夜会で初めて王太子であるテオドール殿下を見たイオアンナは、彼の見惚れるような美しさと気品に、一瞬で心を奪われたのだ。
(聖竜の巫女よりも、殿下の妃になりたい)
けれど所詮イオアンナは男爵令嬢だ。普通に考えても王太子妃は無理だろう。
もやもやする気持ちを抑えながらも、叶わぬ想いを抱えていたイオアンナだったが、その時世間ではルーメン侯爵のご令嬢が、王太子妃候補の中でも有力だという噂がまことしやかに流れていた。ルーメン侯爵令嬢と言えば、あのイルナ・ルーメンだとすぐに分かった。
(悔しい…、ただ家柄がいいというだけで負けるなんて…)
イオアンナは学園では大人しく控えめな少女を装っていた。そうした方が男性の受けがいいからだ。代わりに他の貴族の令嬢達からは少し敬遠されている。だが、そんな事はどうでもよかった。他の令嬢と同様に、イオアンナも優良物件を捕まえる為に必死だったからだ。
身分はどうする事もできないが、自分の価値を上げる事は努力次第でいくらかはできる。どうせテオドール王太子殿下の隣に立てないのであれば、誰であっても同じだ。それならばなるべく上位貴族の令息を射止めたい。そう思っていた矢先の、王太子妃候補の噂だ。悔しくないはずがない。
そうこうしている内に王太子妃の話はいつの間にか無くなり、今度は国中に『聖竜の巫女の選定』の通達が出回った。その時、侍従の一人がこう言った。
「聖竜の巫女として認められれば王太子妃も夢ではないかもしれないですよ」
その言葉に再び希望を持ってしまった。両親に話すと無駄だと言われたが、それでも聖竜の巫女にはなってほしいらしい。巫女に認定されれば国からかなりの補助金が出る。グラン領はそれ程裕福な領地ではないので、普通に有り難い話だからだ。
けれどイオアンナは失敗したくない。あの美しい王太子の妃になる為に、何とかしなければと必死に考えた。そして両親が考え出した『聖女』として領民に崇められる事で、聖竜の巫女として認められる事を実践する事にしたのだった。
幸い、学園で培った聖属性魔法で簡単な治療はできる。それを民に施し、好感を得ようと動いた。両親は巫女に選ばれる為ならとイオアンナに奉仕活動を勧めた。
侍従の青年は教会の神父に子供の頃世話になっていたらしく、施しを行う場所として教会を借りるのは難しくなかった。
後は選定の場で巫女として認められれば、王太子妃に一歩近付ける。万が一選ばれなかったとしても、聖女として民達から認められている自分を無下にはできないだろう。
(やってやるわ。私を見下していた上位貴族の令嬢達を見返してやる。そして、イルナ・ルーメン侯爵令嬢を出し抜いて、どちらが本当に魅力のある淑女か証明してやるわ!)
闘志を燃やしながらイオアンナが息巻いているのを、イルナはこの時全く知らないのだった。




