置いていかれる
「あれぇ?イルナに…えっと、ウィル、だっけ?何、一緒に来ちゃったの?」
「キ、キルスティ…」
突然目の前に現れた二人を、キルスティがきょとんとした顔で眺めている。とりあえず驚いているようではないらしい。
一緒に転移してしまったウィクトルは、キルスティの部屋の中が珍しいのか、少し落ち着かない様子だ。
「こ、ここは…あのハーブ園の建物か?」
「そうだよぉ」
「こんなに広かったか…?」
「ふふふっ、中は広いんだよ」
得意気に笑うキルスティの様子に、さっきまでの緊迫した空気が一気に緩む。彼女の、この独特の空気は好きだな、なんてイルナが呑気に思っていると、キルスティがイルナの目の前まで顔をずいっと寄せて来た。
「わっ、びっくりした…、キルスティ、近すぎるよ」
「それよりもイルナ、こんな時間に来るなんてどうしたの?」
いつもは昼間に訪れているのに、今は夕方だ。それに今日は一度訪問している。一日に二度も来る事がなかったので、キルスティも不思議に思っているようだった。
「あの、キルスティ。エルフの村に連れて行って欲しい。一か月後じゃなくて、今すぐ」
「え、いいの?」
「うん。一か月後に戻って来れるようにしたいんだけど、できる?」
「勿論できるけど、そっちの人も連れてくの?」
そう言ってウィクトルに視線を向ける。明らかに招かれざる客だ。あからさまに嫌そうな顔はしていないが、とにかく不思議そうに見られている。けれどここまで来てウィクトルも引く気はなく、しっかりと頷いてみせた。
「ああ。イルナを連れて行くというのなら、俺も絶対についていく。でなければ行かせられない」
「ふーん…」
ジロジロとキルスティがウィクトルを不躾に眺める。前から後ろから横からと、ウィクトルの周囲をグルグル回りながら眺め倒され、何か品定めされているような気分になる。
けれどこのエルフの機嫌を損ねれば、自分は置いて行かれる。それだけは避けたいと思うウィクトルは、この耐え難いほどの視線をじっと我慢し続けた。
「あ、あの、キルスティ。この人は…」
王子様だと言おうとすると、ウィクトルに視線で制される。何も言うなと目で語られ、ぐっと言葉を詰まらせた。
散々ウィクトルを眺め倒した後、今度はイルナの顔をまじまじと眺める。そしてようやく納得がいったらしく、キルスティは二人に向かってニッと笑ってみせた。
「ウィルはガイウス様の加護を受けてるね。それに、イルナをとても大切に思ってる」
キルスティの言葉にイルナがぎょっとする。そして思わずウィクトルを見ると、彼は平然とした様子でキルスティを見ていた。
「その通りだ。それで、俺も一緒に連れて行ってくれるのか?」
「それはできない。イルナが望んでいない」
それにはさすがにウィクトルが驚きを隠せず、今度はウィクトルの方が思わずイルナを見た。
「どういう事だ、イルナ」
「…本当は一人でキルスティと行くつもりだったんです。でも転移しようとしたらウィル様が急に手を掴んだので一緒に転移してしまって…」
申し訳なさそうに告げるイルナに、ウィクトルは苛立ちを覚える。どうしてこんなに心配しているのに分かってもらえないのか、それが腹立たしかった。
「俺はイルナを一人で行かせたくない!そう何度も言ったじゃないか!」
「ですが!ウィル様は…ウィクトル殿下です。一国の王子が突然姿を消したら、国が混乱します!それに何も危険な場所に行くのではないのですから、少しだけ私を信じて待ってもらいたいのです…!」
「だが…!」
『キャプティス(捕縛)』
「なっ…!?」
突然キルスティが呪文を唱え、ウィクトルが動けなくなる。その様子を見てイルナが戸惑っていると、キルスティはニッコリと無害な笑顔をウィクトルに向けた。
「しばらくそこで大人しくしててね。もうすぐお迎え来るみたいだし。数分で解けるから安心していいよ~」
「なっ、これを解け!」
「ダメダメ~。『アーロン』、出ておいで~」
にゃ~、と猫の鳴き声がし、どこからともなく大きな猫が現れる。そしてキルスティの足元まで来るとにょきっと後ろ足で立ち上がり、ニィッと弧を描くように口を歪めて笑った。
「お呼びですかニャ、キルスティ様」
「うん。この人間の王子様と一緒にいてあげてくれる?」
「人間の王子ですと!?これは光栄の至りですニャ!勿論ですぞ~」
「あ、あの…キルスティ、この猫…」
突然人語を喋り出す猫にイルナもウィクトルも表情を強張らせる。すると猫は礼儀正しくお辞儀をし、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
「お初にお目にかかりますニャ、王子様。わたくし、猫の妖精ケット・シーの一族、名前はアーロンと申しますニャ。以後お見知りおきを」
「あ、ああ……」
ウィクトルが戸惑うように返事をすると、キルスティがニッコリと微笑む。どうやらこの猫をウィクトルに付けるようだ。
「ウィル、この子を貴方に預けるよ。この子を通してイルナと話ができるようにしておく。イルナが心の底からウィルに会いたくなったら、その時はアーロンがウィルをイルナの元へ連れてってくれるから、それまで待っててあげて」
「だが…」
「もう話している時間ない。そろそろ迎えが来るから。イルナ、行くよ?」
「…うん。ウィル様、どうか私を信じてください。私もウィル様を信じてます」
「イルナ…」
キルスティが空間魔法で時空を歪める。そしてその中に吸い込まれるように、イルナとキルスティが姿を消したのだった。
「ウィル!!」
「殿下!!」
イルナが姿を消すのと入れ替わるように、ユリウスとイエルハルドが室内に入って来る。するとアーロンはさっきとは違い、普通の猫のようにウィクトルの足にまとわりつき、にゃあと鳴き声を上げたのだった。
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パソコン壊れたので更新が遅くなりますが、気長に待ってくれると嬉しいです。




