イルナとウィクトル、姿を消す
「それは…思っていたよりも大仰な事だな」
あらかたの説明をイエルハルドにすると、神妙な顔をしたイエルハルドが大きく息を吐く。確かに今ここでそんな話を聞かされるとは思っていなかっただろうし、かなり驚いた事だろう。
「僕はてっきり二人の婚約の話かと思ったけど」
「ユリウス!」
茶化すように告げるユリウスにウィクトルは咎めるように声を上げる。それを少々大袈裟な様子で肩を竦めると、ユリウスは口を噤んだ。
「エルフの話ではイルナの協力が必要だそうだ。だが、彼女一人を行かせるわけにはいかない」
「そうですな。私もそれには同意しますが、だがこの話は国王にしなくてもよろしいので?」
国王と聞き、イルナがピクリと反応する。けれどウィクトルは静かに目を閉じ、そしてしばらく考えた後ゆっくりと首を横に振った。
「父上には言わない。というか、この話をするのであればイルナの事を報告しなくてはいけない。俺はそれを望まない」
「ですが、事が事ですので何も言わない訳にはいかないでしょう。イルナと殿下の婚約の事もあるのですし、聖竜の巫女の選定も控えている。とてもじゃないがイルナがエルフの村へ行くのは…」
「あの、ちょっといいですか?」
ウィクトルとイエルハルドが話をしていると、少し黙っていたユリウスがスッと手を上げる。そして不思議そうな顔をしつつも、ユリウスが思っていた事を皆に告げた。
「選定は一か月後ですよね?ならそれまでに行って戻って来ればいいんじゃないんですかね?」
一瞬全員が黙り込む。
最初に口を開いたのはイルナだった。
「そっか…、そうですよね。何で気付かなかったんだろう…」
「いや、ちょっと待ちなさいイルナ。そんな簡単に決めちゃいけません」
「でも、一か月もあれば戻って来る事はできるかもしれないわ」
「いやいや、コラコラ!ダメです!小父さんは許しませんよ!」
イルナが何かを決意しそうになったのを見て、イエルハルドが慌てて反対する。けれどイルナはもう決めてしまったらしく、ウィクトルを真っ直ぐに見据えた。
「ウィル様。私、行ってきます。ちゃんと一か月後には王都へ行きますから、それまで待っててください」
「だ、だめだイルナ、ちょっと待て」
「ユリウス様、ありがとうございます。私がいなくなると家の人達が心配するので、アミンによろしく伝えてください」
「え、ちょ、今から行くの?僕はそこまで急がすつもりは…」
今すぐにでも発つ勢いのイルナに、その場にいる全員が慌てふためく。けれどそんな彼等を見てイルナは微笑み、転移のオーブを手にしてはっきりと言葉を発した。
「キルスティの所へ」
「イルナ!!!!」
転移する瞬間、ウィクトルはイルナの腕をとっさに掴む。さすがにそれにはイルナも驚き、「えっ!?」と声を上げたがもう遅い。
あっという間に二人はその場から姿を消してしまったのだった。
「なんて事だ…!殿下まで一緒に転移してしまったとは…!」
「イエルハルド殿!急いでエルフのハーブ園へ行きましょう!もしかしたら間に合うかもしれない!」
「あ、ああ、そうだな!ではユリウス殿、案内を頼む!」
「はいっ!!」
突如姿を消してしまった二人の行き先はキルスティのハーブ園だという事は分かっている。その場所もユリウスなら把握している。
だが、馬を飛ばしても間に合うかどうかわからない。
(くそっ!完全に僕の失態だ!もしウィクトル殿下の身に何かあったら…!いや、ウィルとイルナに危険があるなら、僕が側についていないといけないのに…!)
後悔の念にとらわれ、ユリウスがギリッと歯噛みする。けれど今はそんな事を言っている場合ではない。
ユリウスとイエルハルドは急ぎ厩舎へ向かい、馬に飛び乗ると街へ向かって駆け出した。
(間に合え…、間に合ってくれ…!)
ユリウスの悲痛な心の叫びが、日が暮れかかったオレンジ色の空に虚しく消えるようだった。