ヴァルデマー
「ヴァルデマーだと…!?」
「ご存知なんですか?」
ロドルフが驚きと怒りで顔を歪め、カロレッタも青ざめた顔をしている。ロドルフは「信じられん」と呟きながらも頭を抱えていた。
「父さん、ヴァルデマーとは一体誰なんですか?」
ラルスがロドルフに尋ねると、ロドルフは盛大な溜息を付く。そしてポツリポツリと語り出した。
「ヴァルデマー・ヴィンセント。エミール王国の元宮廷魔術師であった男だ」
「え…それじゃあ…」
ラルスが驚き目を見開く。
「私も何度か会ったことがあるが、魔法の才能は人よりも優れていたし、何より勤勉だったが…」
そこまで言ってロドルフは一旦言葉を止める。そして再び口を開いた。
「奴は…かなりおかしな思考回路をしていてな。自分は魔王になるのだと言って、王宮を飛び出したと聞いている」
「「え」」
イルナとラルスが微妙な反応を示すと、ロドルフとカロレッタは無言で頷く。どうやら二人の気持ちが理解できるようだ。
「魔王って…、魔法使いの王様って意味?」
「姉さん、こんな時にボケなくてもいいよ。どう考えても魔王と言えば魔族の王様でしょ」
「ですよね…」
魔族の王にだなんて、とんでもない事を考える人がいるものだ。そもそも、魔族とは言っても森にいる魔物から始まって、人型の魔物も含まれる。ただ、人間の言葉を喋らないので、意思の疎通は難しいはずだ。それに彼等(と言っていいのか分からないが)魔族は人間をも捕食する。普通に危ないと思うのだが。
「まあ普通はイルナのように人間が魔王になろうとするとは思わんからな。最初は世迷言だと思い、エミール国の誰も奴を相手にしなかった。だが奴はある日突然いなくなり、そしてそれから数年後に人の言葉を理解する魔物が現れだした」
「まさか…『キング種』の魔物の事ですか?」
「そうだ」
ラルスが言った『キング種』とは、魔物の中でもひときわ能力の高い者の事だ。例えばオークの集団がいたとして、その中にボスのように存在するオークを『オークキング』と呼ぶ。オークキングは他のオークよりも知能も力も数段強い。オーガであればオーガキングがそれに該当する。
「そう言えば最近魔物の討伐に出た騎士団の中でも、時折人語を喋る魔物を見るとの報告がありました。まさかそれって…」
「ああ。おそらくはヴァルデマーの仕業だろう。イルナの話から確信が持てた」
「な、何故私の話で確信が持てたのですか?」
「封魔の杖だ」
「え?」
「封魔の杖を持ち出し、各地の守護竜達の力を奪っているのであれば、その力を持って魔族を制圧し、知識を与えているのだろう。奴は魔術師団にいる頃、魔物も人間の言葉を覚えられるのではないかと、常々言っていたからな」
だからと言って全ての魔族が一介の魔術師に従うとは思えない。するとカロレッタがイルナの疑問を解決するかのように、ロドルフの話に付け足した。
「実際の魔王は封印した闇竜ゲアトルースよ。ヴァルデマーがその封印に使った杖を封印の間から引き抜いたのであれば、闇竜の力も宿っているはず。魔族達はヴァルデマーに従っていると言うよりも、ゲアトルースの魔力を持つヴァルデマーが、彼の僕だと思っているのかもしれないわね」
「でもキルスティはヴァルデマーは闇竜を復活させようとしていると言ってました。自分が魔王になりたいのであれば、復活なんてさせないのでは…」
「そこは何とも言えないわね。彼の考えている事は私達には理解できないもの」
「そういう事だ」
どちらにしても静観する事ができない案件だ。アウキシリアの事はひとまず置いておいても、闇竜の復活の話は国王に報告しなくてはいけない。
「イルナ、ラルス。私は今から王宮へ向かう。国王陛下に今の話を報告しなくてはいけないからな」
「私も行きますわ。ガイウス様にも報告をしないといけませんし、それにこれはエミール王国にもお伝えしないといけないでしょうね」
「そうだな…。元々はエミール王国の宮廷魔術師だ。かの国も無関係とは言えないだろう」
「僕も行きます。騎士団長とも話をしないと」
三人が慌ただしく動き出す。ラルスは自室に戻り、騎士団へ向かう為に着替えるようだ。ロドルフとカロレッタも登城の準備を始めた。
イルナは自分が何をすべきか考えてみたが、今は何もできそうにない。とりあえず報告は済んだのだし、一旦自分の家に戻ろうかと考えたその時、カロレッタがイルナに声をかけた。
「イルナ。私は反対したのだけれど、一か月後の聖竜の巫女の選定に貴女も出る事になっているわ。近々コンラード領の貴女の家に招待状が届くと思うから、心の準備をしておいてね」
「え」
じゃあね、とだけ言い残し、母は扉の向こうへと姿を消す。
残されたイルナは母に言われた言葉を理解するのに、数分を要したとか。




